第6話 真実

 九月十三日

 給食の後、トイレ掃除をしながらふうっとため息をつく。たっちゃんが必死に謝る姿を思い出していた。

「コウちょっといいかい。少し二人きりで話したいことがあるんだけど。」

 モップを持ったプリンスが突然話しかけてきた。今日のプリンスの担当は男子トイレじゃなかったと思うけど。

「どうしたの?」

「たっちゃんについて話があるんだ。」

 プリンスの顔はすごく真剣だ。

「昨日、たっちゃんがゆきを預かるって言った後に解散したじゃん。僕も普通に家に帰っていたんだけど、ふとした拍子にたっちゃんに貸した漫画を返してもらってないことを思い出したんだ。それで、僕はたっちゃんの家へ向かった。」

 僕はうん、とあいづちを打つ。

「たっちゃんの家の近くまで来ると、なぜかたっちゃんがまだ家の前にいたんだ。僕は何を思ったのか陰からこっそりのぞくことにした。そしたら、たっちゃんがゆきを家に入れずにそのまま道に逃がしていたんだ。」

 僕の心臓がまたバクンと鳴った。

「僕はたっちゃんの行動を見て一瞬動けなくなってしまった。それでも、少ししてからばれないように静かにその場を離れたんだ。コウはどう思う?」

 プリンスが話を終え、僕の顔をうかがっている。僕は頭が真っ白になっていて、なにも言葉を返せなかった。たっちゃんがわざとゆきを逃がした。なんで?どうして?

「僕は放課後たっちゃんを呼んで問い詰めるつもりだ。いつもの公園で待っているよ。リー君にも声を掛けているからね。」

 それだけ言うとプリンスは去っていった。まだ頭は混乱しているけど、もしプリンスの話が本当なら、たっちゃんがゆきを逃がした理由が知りたい。

***

放課後、僕たちは桜公園に集まった。最初はみんな黙り込んでいたけど、プリンスが沈黙を破った。

「たっちゃん、昨日解散した後の話だけどね、貸していた漫画を返してもらうために実は君の家まで行っていたんだ。そこで君がゆきを自分で逃がしているところを見てしまったんだ。どういうことか説明してくれるかい?」

「僕からもお願いだよ、たっちゃん、ほんとにゆきをわざと逃がしちゃったの?」

 たっちゃんの目が一瞬大きく見開かれた後、口元がぐにゃっとゆがんだ。

「なんや、ばれとったんかい。そうや、俺は自分でゆきを逃がした。というか預かる気なんかさらさらなかった。」

 たっちゃんの言葉に僕たちは凍り付いた。

「なんでかって?」とたっちゃんは続けた。

「それは、ケイちゃんのことが嫌いやからや!なにがうれしくて嫌いなやつの猫を探して、届けなあかんねん。仮に猫のせいでケイちゃんが死んでしまうとしてもそれが運命なんと違うか?運命に逆らってまで俺は助けようとは思えへん。これが理由や!」

 たっちゃんの大声が津波のように僕たちを覆っていく。

「なんでそんなにケイちゃんのことが嫌いになったの?」

 僕は思わず質問していた。

「お前らは知らんやろな。俺はあいつのグループにいじめられとったんや。小学三年の時に。一人だけしゃべり方が違うってだけやで。毎日のようにばかにされて、机に落書きもされとった。周りのやつらもそんなおれを笑って見とった。学校に行くのが怖くて辛くて夢でいっつもうなされとったんや。それでも学校に行き続けたのはいつか絶対にあいつらを見返すためや。結局、小四の時にケイの両親が離婚して俺へのいじめもなくなったけど、あの時の恨みはいまだに消えてへん。お前らに俺の気持ちが分かるか?」

 たっちゃんとケイちゃんたちの間でそんなことがあったなんて、全く知らなかった。言い返す言葉が見つからない。たっちゃんの立場なら、たしかにケイちゃんの猫探しを手伝うなんて無理なのかもしれない。

「ごめん、そんなことがあったなんて全然知らなかった。」

 僕とプリンスとリー君は下を向くことしかできない。気が付くと、辺りはすっかり暗くなっている。九月も中盤に差し掛かり、日がどんどん短くなっていた。

***

 結局、ゆき探しはたっちゃん以外の三人で続行することになった。ダメ元で前に捕まえた寝床に行ったみたけどやっぱりいなかったので、前と同じように「明日の夜は何が食べたい?」作戦を進めることにした。

「ゆきのことちゃんと見つけられるかな?あと二週間しかないけど。」

「きっと大丈夫さ!なにせ僕達にはカラオケがあるんだから。」

「大丈夫。」

 プリンスとリー君が僕を慰めてくれる。そうだな。弱気になっても仕方がない。

「よし、ゆきを探しに行こう!」

 それから、一週間ゆきの姿を見ることはなかった。

***

 俺はみんなを裏切った。あれだけ必死になって捕まえたゆきを逃がしてしまった。葛藤がなかったわけやないけど、あの時のつらい思い出がまだ胸の中に残ってるのに、ケイちゃんを助けるなんて俺にはできひんかった。あの時、俺の気持ちをぶつけた後コウ達は三人でゆきを探し始めたみたいだ。だけど、もう後には引けへん。

この一週間、俺は町中にあるケイちゃんの張り紙をはがして回っていた。こんなことしても意味ないと思うけど、なにかせずにはいられへんかった。つくづく自分の性格の悪さが嫌になる。口は汚いし、嫌な事しか言わへんし。俺はどうしたらよかったんやろう。

「何やってるの?」

 張り紙をはがしているところを誰かに見られた。急にうしろから話しかけられる。振り向くとライムがそこに立っていた。

「別に。」

「もしかして、ケイの張り紙をはがしてた?」

 ライムが薄ら笑いを浮かべて俺に聞いてくる。

「だったらなんやねん。」

「あんたもケイのこと嫌いなの?でも、そんなことしても無駄だよ。だってゆきは私の家にいるもん。」

たつやは耳を疑った。

「どういうことや、ゆきがお前の家におる?」

「うん。一週間前ぐらいかな?学校からの帰り道にたまたま見つけたの。あいつ、うちらにハブられてもまるで気にしてないみたいな態度とってるじゃん。正直むかつくよね。だから、ケイが必死になって探してるゆきを隠して困らせてやろうって思ったの。」

「フーン。」

俺は適当なあいづちを打つ。

「実際、どんどん落ち込んでいくケイを見るのは楽しかったわ。後一週間ぐらい経ったら、登校時間とかに逃がそっかな。朝にいきなりゆきが現れて焦るケイを見るのも面白そう!」

「じゃあな。」

 ライムと話しているとなんだか嫌な気分になってくる。ライムと反対方向に歩き出した俺の背中にライムがまだ話し続けている。

「ねぇねぇ、なんでケイのこと嫌いなの?あ、そっかあんた私らにいじめられてたもんね。あの時アイツ、私らのリーダーみたいな顔してたし嫌いになるのもしょーがないね。でも、誤解されてたら嫌だから言うけど、あの時からあのグループのリーダーは私だったから。」

 コイツは何を言っているんだ。

「お前がリーダー?」

「ケイが私より上なわけないでしょ。あの時もケイに前に出てアンタに悪口言ってもらってたの。」

「なんでわざわざそんなことしてたんや?」

 ライムが得意げに胸を張った。

「ダイが当時ケイのこと気になってるっていう噂が流れてたの知ってる?でも、私はダイが好きだったの。だから、ケイの評判を下げないと!って思ったわけ。おかげで私はダイと無事に付き合うことになった。まぁ当の本人は私の思惑なんて気づいてないと思うけどね。」

 俺は大きな勘違いをしていたのかもしれない。俺はさりげなくスマホの録音停止ボタンを押し、その画面を目の前にいるライムに見せつけた。

「得意げにべらべらしゃべってくれてありがとう。お前が今しゃべったことは全部このスマホに録音した。これをクラスで公開されたくなかったら、今すぐゆきを俺に渡せ。」

『ジュディの人参』作戦だ。映画『ズートピア』からとった即席作戦だ。

 最初、ぽかんとしていたライムもだんだんと状況が分かってきたのか、顔を真っ赤にして怒り始めた。

「はぁ?アンタ何してんの。身の程わきまえなよ。今すぐ、録音したデータを消して!また、いじめられたいの?」

 ライムが大声でまくし立ててくる。でも、大声でまくし立てるんわ俺の十八番やぞ!

「お前こそ、自分の立場わきまえんかい!俺のこのデータ一つでお前が築き上げてきたもん全部なかったことにできるんやで。おとなしくゆきを渡せ。あと、そんなしゃべるんやったらもっと韻踏んだ方がいいんとちゃうか?ライムだけに。」

「ゆき渡すからデータは消してよ。」

 今度は別の意味で顔を真っ赤にして悔しそうにしている。

「約束する。」

 こうして、俺は期せずしてゆきを手に入れることができた。あいつらに謝らんといけへんな。

***

 たっちゃんがゆきを学校に連れてきたのは、事故が起こる一週間前の木曜日だった。大きなバッグの中にゆきを入れてきたみたいだ。。

「たっちゃん、その猫ってまさか・・・。」

「うん、ゆきや。俺が捕まえてきた。ケイに渡しに行こ。お前らにも謝らなあかん。」

 たっちゃんがバツの悪そうな顔をしている。

「どうしたんだい急に?らしくないじゃん。」

「ケイに対する俺の気持ちは誤解の部分もあったんかもしれへん。だから、ゆきは責任持って俺が連れ帰ったきた。これは俺の謝罪の気持ちや。あの時は勝手に逃がしてほんまにごめん。」

 あのたっちゃんが深々と頭を下げている。

「たっちゃん変わったね。何があったの?」

 ライムちゃんがずっと下を向いていることと関係があるのだろうか。いつもの取り巻き女子たちが心配している。

「別に、完全に許せたわけやない。ちょっと考え直しただけや。」

「ふーん、僕達こそたっちゃんの事情をよく知りもせず責めちゃってごめん。」

「いいねん。あの時ゆきを逃がしたことはほんまに反省してる。できれば仲直りしたい。」

「もちろんだよ、たっちゃん。」

 僕達は泣きながら四人で抱き合った。その後すぐケイちゃんにゆきを渡しに行った。ケイちゃんは大はしゃぎはしなかったけど、めっちゃ嬉しそうだった。(「学校に持ってきたらダメでしょ!」て言われちゃったけど。)

 でもケイちゃんの笑顔が見られて嬉しかった。

 放課後、ケイちゃんが僕たちを自分の家に案内してくれた。ゆきも久しぶりの我が家に帰れて居心地が良さそうだ。

***

 放課後、僕たちは未来が変わったかを確認するために内心どぎまぎしながらカラオケに行った。歌う曲はIDOLISH7の「Sakura Message」だ。プリンスが歌った。

「時空移動入力確認。《7日後》に設定。移動を開始します。」

ここは九月二十九日。あの事故の日から一日後の世界だ。急いでコンビニで新聞を確認する。ケイちゃんの記事はない。全ページなんとか確認したけど、たしかにケイちゃんの記事はどこにもなかった。僕たちはついにやり遂げたんだ。

「やったね、コウ!」

「うん。みんな本当にありがとう!」

『ここでニュースです。九月二十八日午前八時ごろ、H市の桜小学校の生徒である田中慧さん(十二歳)が小学校への登校中、歩道に突っ込んできた車と接触し死亡した。運転手の男は三十九歳で事故当時居眠り運転をしていたと見られています。』

目の前のおじさんが腰のベルトから下げているラジオから大音量で不穏なニュースが聞こえてきた。

「今のニュースみんな聞いた?僕の聞き間違いじゃなければケイちゃんのニュースだった気がするんだけど。へへへ。」

 変な笑いが口からこぼれた。周りのみんなも放心状態になっている。 

「き、気のせいじゃないかな、さすがに。ゆきを無事捕まえて事故の原因をなくしたと思ったら、まったく違う原因でやっぱり同じ日の同じ時間に事故が起きちゃうってねぇ。こんなのまるで。」

「まるで、ケイちゃんがここで死ぬのが彼女の運命のようだ。」

 リー君がプリンスの言葉を引き継いだ。でも、そんなのってひどすぎる。どんなにがんばっても未来が変えられないのならタイムマシンなんて存在したらいけないんじゃないのか。あまりにも残酷すぎる。

「もう手の打ちようがなさそうだね。残念だけど、僕たちはやれるだけやったと思う。コウもそろそろ現実を受け入れる準備をした方がいいかもしれないよ。」

「こんどこそあかんっぽいな。残念や、ほんまに。」

 みんなうつむいている。僕が最初にケイちゃんを助けようって言いださなければ、みん

なをこんなに悲しませる結果にはならなかっただろう。もう僕らは十分やった。その通りだ。そもそもこれまでほとんど関りのない子を助けようっていうのが間違いだったのかもしれない。

「みんな、ここまで本当にありがとう。僕のわがままに付き合わせてしまってごめんね。特にたっちゃんにはつらい思いをさせてしまったと思う。僕も今回の件で諦めがついたよ。今までのことは全部忘れよう。あのカラオケにももう行かない方がいいね。前みたいに公園でサッカーしようぜ。」

「うん!そうしようか。」

「よしゃ。」

「うん。」

 僕達はもうカラオケに行かないことにした。

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