第5話 猫を追え
九月二日
放課後、桜小学校の周辺から猫の張り紙を探し始めると三十分ぐらいですぐに見つかった。
『ねこを探しています。 名前 ゆき
ゆきについて
・種類 マンチカン ・性別 メス
・年齢 3才 ・色 ホワイト
・性格 人懐こい ・体重 2.5キロ
特徴
ゆきは基本的におとなしい子ですが、夜は元気に動くこともあります。
見かけた方や、保護された方はご連絡をお願いします。
田中 美穂
連絡先 ×××―××××―×××× 』
張り紙には真っ白なかわいい猫の写真も添えられている。
「この張り紙で間違いなさそうやな。」
「うん。」
「これでやっと猫ちゃんを探すことができるわけだね。」
「よし、さっそく探し始めよう!」
意気込む僕をリー君が手を挙げて制止する。
「ちょっと待って。どの範囲を探すかは決めておいた方がいいんじゃない?」
「確かに、やみくもに探し回っても見つかりそうにないなぁ。」
僕はまたあの新聞記事の内容を思い起こす。
「ケイちゃんは登校中に事故にあったんだよね。ということは、ゆきも学校の近くにいたってことにならないかな?」
たっちゃんがひゅーと口笛を吹いて、やるやんと言う。
「そういえば、猫の行動範囲は半径五百メートルぐらいって聞いたことがあるよ。」
「コウとプリンスが言ったことを合わせると、学校から半径五百メートルを探せばええってことになるんかな。」
「一応その倍の半径一キロメートルにしよ。」
リー君の意見にみんな賛成した。
「あの事故の日まで、あと二十六日。四週間弱だね。僕たちのミッションはそれまでにゆきちゃんを見つけて田中さんに渡すこと。ゆきが見つかれば、田中さんが道路に飛び出す理由もなくなる。」
みんながうなずく。
そこから、一週間僕たちはゆきをひたすら探し回った。
***
土曜日の午後、もう十回は探したであろう学校近くの自販機の下をのぞいてため息をついた。
「見つからないね・・・。」
「町中を隅から隅まで探してんのになんで見つからへんねん!」
「今考えてみると、見つからないのが普通なのかもしれないねぇ。なにしろ、僕たちが見た未来では一か月間見つかってなかったんだから。」
プリンスの言葉がぐさりと刺さる。事故の日まで三週間を切っている。このまま見つからなければ同じ未来をたどることになる。胸の奥で暗雲が立ち込めだすのを感じた。
いきなりプリンスに背中をぽんと叩かれた。
「カラオケで気晴らししない?久しぶりに僕の美しい歌声を聞かせてあげるよ。」
***
僕たちは一週間ぶりにカラオケに来ている。
プリンスがBUMP OF CHICKENの「天体観測」を歌い始めた。ロックなメロディーとプリンスの細い歌声が部屋中に響いている。
『95点』
「時空移動入力確認。《午前二時》に設定。移動を開始します。」
「あれ?《午前二時》もタイムスリップの入力になっちゃうのかい。」
僕たちは真夜中の街に飛び出した。人がほとんどいない街はしんと静まり返っている。白い街灯で所々照らされた道を歩きながら、普段は見られない深夜の街に心をわくわくさせる。
「すごい。同じ街なのに全然違って見えるね!」
「道ばたに座り込む酔っ払いとかちょっと怖そうなおじさんとか夜の町はおもろいな。」
僕たちが夜の町を走り回っていると、例によってリー君がリモコンをのぞき込んでいる。
「リー君またリモコン見てるの?真っ暗で何も見えないんじゃ。」
「いや、これはすごい大発見かも。ゆきを救えるかもよ。」
「また、なんか見つけたんか⁉」
リー君がこくりとうなずいて、リモコンの画面をこちらに向ける。リモコンの画面には目の前の景色が映っている。ただ、まるで昼の映像かのように明るくはっきり映っている。
「リー君これって。」
「うん、リモコンを通すと外の景色がまるで真っ昼間みたいに明るく見える。つまりこれを使えば夜の町も昼と同じようにゆきを探せるってことだよ。」
「そういえば、ネコは夜に活動が活発になるって聞いたことがあるねぇ。」
僕たちは今まで明るい時間にしか探してこなかった。けど、このリモコンを使えばゆきの動きが活発になる夜に探すことができるのか!
みんなで話しあって、夜にゆきの寝床を探すのが一番いいんじゃないかということになった。作戦名は『フォロー・ザ・キャット・アット・ナイト』に改められた。
「まず翌日の夜にタイムマシンで飛んで、ゆきを見つけて追いかけて、ゆきの寝床を見つける。そして、次の日の放課後見つけた寝床に行って、ゆきを捕まえよう!」
「「「おう!」」」
***
月曜日の放課後、僕たちはSHISHAMOの「明日の夜は何が食べたい?」を歌って火曜日の夜に飛んだ。選ばれたワードは《明日の夜》だけど、タイムスリップした時間は二十四時頃だ。リモコンを使ってネコ探しを始める。作戦通り、リモコンを通して探すと昼間と同じように探せる。遠くの方で動く物体もばっちり発見することができる。
探し始めて一時間程経った時、プリンスが声を上げた。
「見つけたよ!あそこ。ほら!」
プリンスの指さす方を見つめるとかろうじて白い小さな動物が見えた。元気に動き回っている。一週間、必死に探しても見つけられなかったゆきが一時間で見つかった。作戦変更してよかった!
「こっからゆきが寝床に帰るまで追いかけるわけやな。」
二時間ゆきを必死に追いかけやっとのことで寝床を見つけた。
「ゆき、こんなところにいたのか。」
ゆきの寝床は僕の家から五十メートルぐらい離れたぼろぼろの空き家だった。灯台下暗しってやつかな。
《プルルルルルル》
寝床を発見してすぐにカラオケに戻された。
翌日の放課後僕たちはダッシュで昨日見つけた寝床に向かった。
「いた。みんな、シー。」
白くて小さなネコが空き家の中の畳の上ですやすや眠っている。僕は人差し指を口に当てながら、ゆっくりとゆきの方に向かった。空き家の中に入ると床が古いせいか一歩踏み出すたびにミシミシなる。ゆきは目前だ。そーっと、そーっとゆきに手を伸ばす。
『がしっ!』
ゆきの体を両腕で包み込んだ。
ゆきがみゃうっと小さく鳴く。でも暴れたりはしなかった。
「ゆきを、捕まえた。捕まえたよ、みんな!」
「よかった。」
「美しい猫ちゃんだね。」
「やったやんけ!」
これでケイちゃんを救えるぞ!
「さっそく、ケイちゃんに届けよう!」
「家はどこなんだい?」
「あ。」
「誰も知らんのちゃうか?」
「盲点だった。」
「ど、どうしよ。せっかく捕まえられたのに。」
「明日学校で渡せばいいんじゃない?先生には怒られるかもしれないけど、それしか方法はなさそうだよ。」
「たしかに。」
「じゃあプリンスの案で行こう。あ、でも明日までゆきはどうしようか。僕の家は妹が猫アレルギーだから預かれないんだ。」
「俺が預かるで。家族みんな猫好きやし。」
「ほんと?じゃあお願いするね。」
「任せとけい。」
いつにも増して頼もしいたっちゃんの目はいつもの目と少し違って見えた。
***
翌朝、変な胸騒ぎがしたので僕は足早に学校に向かった。学校に着くと、プリンスとリー君がたっちゃんを問いつめていた。
「ゆきが消えたってどういうことだい?」
「正直に話して。」
「だから、朝起きたらゆきを入れとった押し入れがちょっと開いとっていなくなってたんや。急いで家中探したけど、どこにもおらんかった。すまん。」
たっちゃんは申し訳なさそうに下を向いている。
「すまんじゃ、すまないよ。あんなに苦労して見つけたのに、どうするつもりだい?」
僕は恐る恐る話しかける。
「みんなおはよう。ゆき、いなくなっちゃったの?」
「たっちゃんに聞いてくれ。」
プリンスは顔を真っ赤にしている。こんなに感情をあらわにしているプリンスは初めてだ。
「たっちゃんどういうことなの?」
「ゆきがいなくなってもたんや。俺の不注意や申し訳ない。」
たっちゃんは平謝りしている。
「悪気はなかったんでしょ?じゃあ仕方ないよ。今から全力で探せばまた捕まえられるよ!みんなもたっちゃんを許してあげて。」
「コウがそういうならいいけどさ。」
「うん。」
「ほんまにすまん。」
その後のことはほとんど覚えていない。ただぼーっと授業を受けた。
まだ、二週間ある。まだ、間に合う。でもゆき探しは振り出しに戻ってしまった。
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