第4話 決意

 クラスメイトのケイちゃんが死んだ。「ケイ」ってこんなに難しい漢字だったのか。ネコを助けるってどういう状況なんだろう。人って車にはねられただけで死んじゃうのか。色んな疑問が一気に頭の中に浮かんでは消える。今まで味わったことのない喪失感の理由は自分でも分からない。

あの新聞を見た後、みんな呆然としていて長い沈黙が流れていた。やっとのことでのどの奥から声を出す。

「この記事って僕らの学校の話で間違いないんだよね」

「そうみたいやな。俺らと同じ桜小学校の六年って書いてあるし。」

「いつも教室の隅っこにいる暗めの子だよね。僕はあまり話したことないけども。」

 みんなひねり出すようになんとか言葉を発している。

「コウとプリンスは五年生になるまでケイとクラスが一緒になったことないし、リー君は今年転校してきたばっかりやから知らんと思うけど、昔はめっちゃ明るかってんで。ライムのグループにおったんやから!」

「そうなの?どうしてあんなに変わったんだい。」

「四年生の途中で急に雰囲気が変わって、クラスの友達もケイを避けるようになったんや。たしか、両親の離婚が原因やったんかな。」

「そんなことがあったとはね。」

「結構きつい性格やったし、もともとケイをよく思ってなかったやつも多かったんとちゃうか?」

「その言い方はないでしょ。」

 たっちゃんの言い方になぜだかすごくムカッと来た。

「とにかく、これで未来の僕たちが町中のどこにもいない理由がわかったね。今日は九月三十日でケイちゃんが亡くなってからちょうど二日後。学校のみんなはケイちゃんのお葬式に行ってるんだ。」

「そういうことか。」

 小学生の僕たちは目の前の現実を正面から受け入れることはできず、話は脇道に逸れていく。

ケイちゃんの話をぽつぽつしていく内に、最初こそショックを受けていたみんなもこれといった関わりがなかったからか、だんだんとケイちゃんの死を受け入れ始めていた。でも僕はまだ受け入れられなかった。

「みんな、僕達でケイちゃんを助けられないかな?」

 みんなが目を見開いて僕を見た。

「何言ってんねん。未来を変えるんは無理やろ。俺らはこの世界の物に指一本触れることが出来へん。それに俺らが助ける義理もないし。」

「やってみないと分からないでしょ。確かに触れることはできないけど、今回みたいに情報を得ることはできるじゃん。」

 それに、と僕は続ける。

「僕はケイちゃんが両親が離婚してからどれだけ寂しい思いをしてきたのかが、ちょっとだけ分かるよ。どんな気持ちで猫を助けに行ったのかもなんとなく分かるんだ。僕もお父さんと二人暮らしだし。確かに僕たちはたまたま一か月後の未来に来て、たまたまケイちゃんの未来を知っただけかもしれない。でも、もう知っちゃってるんだし、知らないふりはできなくない」

僕はたんたんと続ける。

「このまま何もせずにクラスメイトがただ死んでいくのを見るなんて僕は嫌だな。」

 リー君が僕の背中をポンポン叩いた。

「コウ、涙ふき。ケイちゃんのことは僕も手伝うよ。」

「え?」

 自分の目に触れると涙があふれ出ていた。全然泣くつもりはなかったのに、なんでかな。

プリンスがうなずいている。

「僕も力を貸そう。」

「泣くほどやったんかい。あ~も~分かった分かった俺も手伝うって!」

たっちゃんはすねたようにそっぽを向いている。

遠くでカラオケルームの電話の音が聞こえた。

***

現在に帰った後、僕たちは虹色公園に来ていた。

「救うと言ってもどうするつもりだい。まさかケイちゃんに直接、君は一か月後に死ぬから用心するようにとでも言う気じゃないだろうね?」

「そんなことしないよ!一応考えがあるんだ。みんなあの新聞に書かれてあったことをよく思い出してほしい。」

「車にはねられた、みたいなこと書かれてあったよな。」

「猫を助けるためじゃなかった?」

僕はリー君の方を指さしてそれだよ!っと言う。

「ケイちゃんは猫を助けるために車道に飛び出しちゃったんだ。だったら、僕たちが先にそのネコを捕まえちゃえばいいんじゃない?」

「なんやねんそれ!どこのネコかも分からへんのにどうやって捕まえるんや。」

「もちろんただの野良猫だったらどうしようないよ。でも自分と全く関係ない猫を助るために自分の命を懸けるかな?」

「つまりあの事故の時、ケイちゃんが助けようとしていたのは飼い猫だったてことかい?」

僕はたぶん、とうなずいた。

「とりあえず、明日もう一度未来に行って猫の情報を集めよ。」

 リー君の意見に賛成して、僕らは解散した。

 明日から久しぶりの学校だ。ケイちゃんは来ているだろうか。

***

 始業式はあっさり終わった。放課後の教室でみんな久しぶりに会う友達と夏休み中の自慢話に花を咲かせている。

 ケイちゃんも来ていた。いつも通り一人だけど。それでも生きているケイちゃんに会えてちょっと嬉しかった。

 ダイキ君とライムちゃんは夏休み中にケンカでもしたのか顔を合わせようとしない。ライムちゃんはどことなく不機嫌だ。ケイちゃんにちょっかいを掛けようとしている。

「はぁ、始業式だるかった~。ケイ夏休みどうやった?どこいったか教えてよ。」

 ケイちゃんは無視している。

「何もなかったから答えられへんの?かわいそ~。」

 僕は見ていられなくて二人の間に止めに入った。

「なんか用?」

 ライムちゃんがするどい目つきで僕をにらんだ。

「いや、なんでもないけど。その。」

「キモ!」

 一応止められたかな?なんかすごい心に傷を負った気がするけど。

 放課後、僕たちは再び「Love Me Crazy」を歌い一か月後の未来に来た。今回の目的はケイちゃんの猫についての情報集めだ。

「おい、ケイの記事なんか書いてあるか?」

 たっちゃんが小声でおじちゃんの後ろにいる僕に話しかける。僕はリモコンを使って、新聞を画面に映し出す。昨日見たのとは別の新聞だ。このリモコンを使えば、映っていないページもめくって見ることができる。

「ちょっと待って。」

 見つけた!

『九月二十八日午前八時ごろ、H市の桜小学校の生徒である田中慧さん(十二歳)が登校中、道の真ん中で猫を抱いている状態で走行中の車と接触し死亡した。事故のきっかけとなった猫は元々田中さんが飼っていた猫であり、一か月ほど前から行方不明になっていたという。田中さんが近所に張り紙をしたり、聞き込みを行う姿が目にされていた。事件当時田中さんはずっと探していた猫が見つかり、周囲の状況が見えなくなっていたことがうかがわれる。』

ビンゴ、と思わず叫んだ。

***

「明日から放課後はみんなで手分けしてケイちゃんの猫を探そう!『フォロー・ザ・キャット』作戦だ。」

 未来から帰ってきた僕らはカラオケ屋の入り口で作戦会議をしていた。時刻は十八時を回っており、辺りはだんだんと暗くなってきている。

「がむしゃらに探しても見つからないんじゃないのかい?」

「うーん。」

「ケイちゃんが張った張り紙は探すのはどう?」

 リー君がメガネをくいと中指で掛けなおす。

「めっちゃいいやん!じゃあ先に張り紙探して、猫のイメージつかんでから探そう。」

「とりあえず、ケイには俺らが猫を捜していることも悟られへんようにするんやな?」

「うん、その方がいいと思う。僕たちが猫を探し回っていることがケイちゃんにばれると色々とまずいしね。」

「よし、明日からがんばるぞ!」

「「「おー!」」」

 僕たちはこぶしを天に突き上げた。

 翌日の放課後、僕たちはさっそく猫の張り紙探しを始めたのだった。

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