第3話 夏休み
七月二十一日
今日は終業式なので学校はお昼で終わり。学校中が賑やかだ。
教室ではクラスで一番目立っている女子で、読モもやっているライムちゃんとその取り巻き達が大きな声で話している。
「家族で沖縄に行くんだけど、お土産何がいい?」
「ライムちゃんがくれるなら何でも嬉しいよ!」
「フーン。」
「ダイキくんとは遊びに行くの?」
ダイキくんはライムちゃんのさわやかイケメン彼氏である。
「デートの約束はいっぱいしてるの。でも、私も読モの仕事で結構忙しいのよね~。」
「「「すごーい!」」」
ライムちゃんの取り巻き達の声がそろった。
「ありがと。」
楽しくおしゃべりしていたライムちゃんが不意に窓際の席をちらりと見て意地悪く笑った。
「まぁ、あのコはいつも通り本ばっかり読んでそうだけど。」
取り巻き達もクスクス笑っている。
窓際の席にはケイちゃんが座っている。ライムちゃん達の陰口と視線を物ともせず、もくもくと本を読んでいる。ケイちゃんは長い髪と小さな顔が特徴的な女の子だ。いつも真面目に勉強ばかりしていて、他の子と話しているところを見たことがない。僕も話したことはないんだけど、なんとなく気になってしまうのはなぜだろう。
「夏休みの宿題は早めに終わらせとおくんだぞ。」
先生が浮かれている生徒に喝を送っている。みんなの楽しそうな予定を聞きながら、僕たちは夏休みの予定を立てていた。
「とりあえずカラオケに行きまくって、タイムスリップを研究しようじゃないか。」
「そうだね!今日から早速行こう。」
「せやな。」
***
終業式から一週間が経った今日、僕たちは近所の虹色公園に集まっていた。夏休みに入ってからは毎日カラオケに通って、時空間移動のルールも大体理解できた。あと毎回時空間移動って言うのはしんどいからタイムスリップって言うことにしている。
「この一週間で分かったタイムスリップのルールをもう一度整理しよう。」
僕は人差し指を一本立てて胸の前に掲げた。
「第一のルール。時空間移動は得点を九十点以上とらないと発生しない。ここが一番大事なところだね。」
指を二本立てる。
「第二のルール。タイムスリップ先の時代は曲の中で最初に出てくる時間を示す単語で決まる。創世のアクエリオンだったら《一万二千年前》。アスノヨゾラ哨戒班だったら《明日》がそれぞれのタイムスリップ先になった。また、タイトルに時間を示す単語が入っている場合はタイトルの単語が選ばれる。ちなみに、江戸時代みたいに時間の指定があいまいな場合はその時代の中のランダムな時間に飛ぶみたいだ。」
指を三本立てる。
「第三のルール。タイムスリップ先では物や人に触れることはできない。また、タイムスリップ先の人や動物は僕たちの姿を見ることができない。つまり僕たちは過去や未来に行くことはできても影響を与えることはできないってことだ。」
指を四本立てる。
「第四のルール。カラオケルームの終了時間になると、自動的に元の部屋に戻される。逆にこれより早く戻りたいと思っても、自力で戻ることはできない。」
「ほんまきっついルールやで。せっかくタイムスリップできるのに、なかなか九十点以上取られへんし、行けたとしても石ころ一つ触られへん。しかも自由に戻られへんから、一日に何回もタイムスリップしたかったらその度に受付せなあかん。」
「たしかに厳しいルールだよねぇ。僕の美しい歌声が無ければ、タイムスリップできる回数も半減しちゃうだろうし。」
「たしかに結構面倒くさいよね。でも、第三のルールに関しては良くできたルールだと思うけど。過去や未来で好き勝手に出来ちゃったらそれこそ世界がめちゃくちゃになっちゃうだろうし。」
「ルールも確認し終わったし、本題に入ろうや。」
たっちゃんはさっそくスチール缶の貯金箱とかんきりを手に持ち、今にも貯金箱を開けようとしている。そうなのだ。今日公園に集まったのはみんなの貯金を持ち寄ってカラオケの資金をかき集めるためだ。夏休み中タイムスリップを最大限楽しむためにはお金がめっちゃいる。だから、みんなでお金を持ち寄ろうということになったのだ。
僕、三万円。たっちゃん、二万五千円。プリンス、一万円。リー君、五万円。 みんなの貯金を合わせると、十万円ちょっとになった。半分はリー君の貯金だけど。リー君は実は超が付くお金持ちだ。
「よっしゃ!これだけ集まったら夏休み中カラオケに入り浸れる!」
「うん!みんなはどの時代に行きたいとかある?」
「恐竜見たい。」
「僕は百年後の世界がどうなっているか見てみたいな~。」
「やっぱりタイムスリップと言ったら金儲けやろ!宝くじ当てたる!」
「だけど、まずはカラオケで高得点をとる練習からだね!」
僕がそういうとみんなはげんなりした顔をした。
とはいえ、カラオケの練習さえちゃんとすれば、今年の夏休みの日記は◎間違いなしだ!
***
―初めて歌う曲でも高得点とれるメモ
・マイクの音は小さめに。
・エコーはゼロに設定する。
・音程をできる限り正確に覚える。具体的には歌う前にその曲を十回聞く。その際、同時に小声で歌うと効果アップ。
・お腹から声を出す。
・こぶし(演歌歌手みたいな歌い方)をきかせたり、ビブラート(オペラ歌手みたいに声を波立たせる)を意識したりしてボーナス得点を狙う。
・曲のリズムに合わせて体を揺らす。
***
カラオケで安定的に九十点以上取れるようになってきたので、本格的にタイムスリップをすることにした。
最初の行先は積もった雪が見たいということで氷河期になった。歌う曲はポルノグラフィティのの「極上ランディング」だ。僕は三回目で九十二点を出した。練習のたまものである。
《時空移動入力確認。【氷河期】に設定。移動を開始します。》
目を開けると、一面の銀世界だった。実際には寒さを感じなくても、なんとなくすずしく感じて気持ちがいい。
「めっちゃ気持ちええやんけ!」
「やっぱり雪景色は美しい!」
「そうだね!」
みんな初めての氷河期にテンション爆上がりだ。そんな中、リー君がなぜか下を向いている。
「リー君どうしたの?」
「いや、カラオケのリモコンが付いてきているみたいだから。」
リー君が地面から持ち上げたものを見ると、確かにカラオケのリモコンだった。前来たときは気付かなかったけど。
「リモコンなんかこんな場所で何に使うんや?」
「色々機能があるっぽい。」
リモコンをいじっているリー君を見ていると、突然後ろから大きな影が伸びてきた。
「うわ!マンモスや!やばい!」
全身が長い毛に覆われた巨大な生き物が後ろから迫っていた。確かに教科書で見たマンモスに似ている。
「みんな大丈夫だよ!マンモスはこっち見えてないし、そもそも触れられないから!」
「分かっていても怖いもんだねぇ。すごい迫力だよ。」
みんなでマンモスを鑑賞していると、リモコンをいじっていたリー君がおおと声を上げた。
「みんな、この生き物はマンモスじゃない。ナウマンゾウだ。」
リー君がリモコンをのぞき込みながらしゃべっている。
「マンモスじゃないの⁉というかなんで分かるの?」
リー君がリモコンのモニターがみんなに見えるようにしながら説明し始めた。
「このリモコン、カメラが付いている。カメラでこの生き物を映すと、ほら。」
リモコンのモニターを見ると目の前いるナウマンゾウが映っていて、その横に『ナウマ
ンゾウ』という吹き出しが出ていた。
「すご!こんな機能あるんだ。」
「吹き出しをタッチすると、さらに詳しい情報とかも出てくるみたい。」
『全長 3.68メートル、幅 1.65メートル、肩までの高さ 2.89メートル 体重4.2トン』
「すごい技術やな~そのリモコン。」
「美しいリモコンだね。」
その後も、『オオツノジカ』や『ハナイズミモリウシ』、『ヘラジカ』などたくさんの動物と出会った。
新たに発見したこのリモコンを使って、僕たちは氷河期の日本を全力で楽しんだ。
***
八月八日 (月)天気 くもり リー ハオラン
今日は江戸時代に行った。江戸は相変らず人がいっぱ
いで面白い。大通りには色んな商人がいる。魚、野菜を
はじめ、金魚、ところてんを売る人。特に灰を買い取っ
ている商人がいてびっくりした。『灰買い』というらしい。
買い取った灰は、布の脱色や畑の肥料として使ってい
たようだ。江戸時代のリサイクルはすごいなと思った。
***
八月十五日 (月)天気 晴れ 山田 プリンス 太郎
今日は一日中カラオケで歌い続けました。本当は美し
く歌って一発で九十点以上出す予定だったんですけど、
全くいい点数が出せなくて、カラオケルームにかんづめ
になってしまったんです。
たっちゃんに言われた「その歌い方で下手なん、めっ
ちゃダサいな。」という言葉を僕は一生忘れません。
***
八月十八日(木)天気 晴れ 中島光太
今日はbuck numberの「ネタンデルタール人」を歌い
ました。そのあとジュラ紀の日本に行き、たくさんのき
ょうりゅうを見ました。アロサウルスやステゴサウルス
ににたきょうりゅうもいてすごくテンションが上がりま
した。
ただ、カラオケのリモコンをきょうりゅうに向けても、
名前が表示されませんでした。たぶん僕たちが見たきょ
うりゅうはまだ日本で発見されていないのだと思います。
友達のプリンスが大きな肉食きょうりゅうににらまれ
てちびってしまったのも今ではいい思い出です。
***
八月二十八日 (月)天気 雨 藤森 達也
今日はゴジマジPの「おちゃめ機能」を歌って、百
年後の未来に行った。そこでめっちゃ不思議なことが
起こった。未来の世界はすごく進化していた。見たこ
とない超高速の乗り物が空を飛び交い、歩いている人
はみんなスマホの代わりに『N・Kグラス』という不
思議なメガネをかけていた。
ところが、まばたきしている間に世界の様子が一変
した。町中が急に薄暗くなり、壁は落書きだらけにな
っていた。でもここが同じ百年後の未来だってことは
なんでか分かった。
あの一瞬で何が起こったんやろう。
***
僕たちは一か月後の未来に来ていた。
この不思議なカラオケ機にはおすすめ曲の欄がある。ただし、歌詞の中に時間を示す単語が入った曲に限る。今日はそのおすすめ欄の一番上に出ていた當山みれいの「Love Me Crazy」を歌うことにしたのだ。
「今日の日付どうなってる?」
リー君がリモコンをのぞきこんだ。
「九月三十日。」
「ちょうど一か月後って訳やな。ほな一か月後の俺らが何しとうか見に行くか。」
「どこにいるのかな?今日は土曜日だよね?カラオケにはいない見たいけど。」
「とりあえずいつもの公園に行こ。」
「そうだね!」
いつもの虹色公園に行ってみたけどやっぱりいない。土曜日の午後なのに、公園にもカラオケにもいないのはちょっとおかしい。いつも僕らはそのどちらかにいるのだ。
「ほんまにおらへんやんけ!なんか不安になってきたわ。」
たっちゃんもリー君もプリンスもどことなく不安そうだ。
「誰かの家にいるとかかな?」
「誰もみんなで遊べるゲーム持ってへんのに?今まで家で遊んだことも数えるほどしかないやろ。」
「この一か月間で誰かが買ったのかもしれないよ?」
「うーん。」
みんなで頭を悩ませていると、リー君が突然地面に落ちているぼろぼろの新聞紙に目線を落とした。
「みんな、これ見て。」
リー君が落ちている新聞紙をリモコンに映すと、画面に大きく新聞が表示された。
『九月二十八日午前八時ごろ、H市の桜小学校の生徒である田中慧さん(十二歳)が小学校への登校中に走行中の車と接触し死亡した。田中さんは道路の真ん中で動けなくなっているネコを助けるために歩道から道路に飛び出し、後ろから走ってきていた軽トラックにはねられたと見られる。』
僕の心臓がバクンと鳴る音がした。
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