第2話 四人組
七月十九日
朝、八時前に教室に着いた。まだクラスには数人しかいない。
「たっちゃん、おはよう!」
見慣れた坊主頭の男に声を掛ける。
「おはよ。今日はいつもより学校に来るの早いやん。どうしたん。」
たっちゃんが眠そうに眼をこすっている。
「聞いてくれ!昨日すごいことあった。」
「なんやねん。」
「昨日な、一人でカラオケで歌ってたのに気が付いたら異世界にいて、それで異世界人に襲われそうになって、気が付くとまたカラオケに戻ってた。どう思う?」
「コウ、アニメの観すぎやで。カラオケしていたらいきなり異世界に行くって意味分からんし。カラオケが好きすぎておかしくなってもたんか?」
「本当なんだって!今日一緒に行こ。もし、異世界に行けなかったら僕がカラオケ代全部出すからさ!」
僕が全身を使って、たっちゃんに力説しているとリー君とプリンスもやってきた。
「なんの話?」
「僕らも混ぜてもらおうか。」
「また、コウがカラオケ行こって言ってるねん。」
「二人とも聞いて!今日の放課後カラオケに行こう。不思議なことが起こるから!僕を信じて!」
「カルト教団の勧誘?」
「コう、ついにおかしくなってしまったのかい?」
あきれ顔の三人を横目に僕は大きな声で叫んだ。
「とりあえず、放課後校門前集合!」
***
放課後、僕たちは例のカラオケ屋にやってきた。
「こんなところにカラオケ屋あったんやな。」
「前と違うカラオケ屋探してたら、たまたま見つけたんだ。最近できたみたいだよ。」
「どうして君は別のお店を探していたんだい?」
「細かいことはどうでもいいでしょ。」
一人でこっそり練習するためとは言えない。
「カラオケ四人で二時間お願いします。」
「はい。」
「あと、部屋は一〇二号室がいいんです!」
「構いませんよ。では、伝票をもって一〇二号室にどうぞ。」
気のせいかもしれないけど、受付のおじさんがにやっとしたように見えた。
「変わったカラオケ機やな~。」
「かっこいいっしょ!じゃあまず僕が創聖のアクエリオン歌うから。歌い終わった後、不思議なことが起きるかもね!」
「君の美しくない歌声を最初に聞かないといけないのか。」
みんな不満そうだ。リーに関しては完全に自分の携帯用ゲーム機に没頭しているし。
イントロが始まり、僕はマイクを握る。
〈四分四十四秒〉
全力で歌った。点数は何点かな。
『88点』
前よりは下がっちゃったけど、まぁまぁ良い点数だ。よし、始まるぞ。と、身構えていたがそのまま採点が終わり、広告が流れ始めてしまった。
時空間移動が始まらない。なんで?
「コウ、結構うまくなってるやん。でもなんも起こらへんで?薄々そんな気はしとったけど。」
「やっぱり。」
「どういうことだい?」
みんな、顔に怒りの表情を浮かべている。
「そんなはずはないんだけど!」
「もう俺が歌うから、ええな!」
前と同じ条件のはず。なのになんで転移が始まらないんだろう。思い出せ、あの時の状況を。あの時と何が違う?①同じカラオケ屋。②同じ受付のおじさん。③同じ部屋(一〇二号室)。④同じカラオケ機。⑤同じ曲・・・。⑥点数、が違う!前回は確か九十四点だった。で、今回は八十八点。前よりも低い。これが原因かもしれない。次はなんとなく九十点以上を目指して歌ってみよう。
考えてる間にたっちゃんは歌い終わったみたいだ。歌っている曲はOrangestarの「アスノヨゾラ哨戒班」だ。難しい曲だけどよく歌えたな~。
『92点』
ん?
《時空移動入力確認。【明日】に設定。移動を開始します。》
《3,2,1》
「なんやねんこれ!」
「なに、これ?」
「一体なにが起こってるんだ。」
「き、来た!」
《ブオン》
部屋全体が大きく揺れ、青い光に覆われた。
急いで辺りを見渡す。
「ここは、同じ部屋?」
でも、何かがおかしい。誰かが歌っている。歌っているのはプリンス?部屋中にX JAPANの「Forever Love」が響いている。あの揺れと光の後すぐにこんなしっとりとした曲歌えるかな?
「おい!なんで俺らの分身がおるねん!プリンスめっちゃ歌っとうし。」
「僕は歌ってなんかいないよ!だれなんだこの美しい歌声の主は。」
たっちゃんとプリンスが慌てふためいている。
「ちょっと待って。」
リー君がたっちゃん(分身)の持っているスマホを覗いている。
「今日は七月十九日だ。でもスマホには七月二十日って書いてある。」
僕の頭の中で電撃が走った。たっちゃんが歌い終わった後に流れた《時空移動入力確認。【明日】に設定。》というアナウンス。リーがスマホをも見て気付いた日付。そして、昨日の出来事。あれは、1万二千年前の日本だった。
「僕達は【明日】にタイムスリップしたんだよ。だから目の前のいる分身は明日の僕達なんじゃないかな?」
みんなが僕の方を見た。
「ああん?そんなんありえへんて。」
「でも、それ以外に今の状況を説明できる?」
たっちゃんは六人でぎゅうぎゅうに埋まっているカラオケルームを眺めながら、顔をしかめた。
「もし明日にタイムスリップしているとするなら、僕たちは明日もカラオケに行くってことになるね。」
ふと、リー君の方を見ると僕(分身)の近くで色々調べているようだ。
「明日の僕達に触れられない。しかもこいつらには僕たちのことがまったく見えてないみたい。」
たっちゃんが僕(分身)の目の前で変顔をかましているが、僕(分身)は全く笑う素振りを見せない。いつもの僕なら確実に笑っているので、やはり見えていないのだろう。
「外に出てみよう!」
僕たちは外に出て町の中を散策した。未来とは言え、すぐ明日の世界だからか正直ほとんど違いはない。ぶらぶら歩いていると、昨日と同じ電話の音が聞こえ、気が付くと元のカラオケルームに戻っていた。
みんなはまだ信じられないというような表情を浮かべている。
「明日も来ようや。色々調べたいねん。」
「賛成。」
「僕も賛成だよ。」
「うん。色々調べよ!」
みんなで肩を並べて帰った。
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