カラオケランデブー
@kumatokimito
第1話 一人カラオケ
時刻は朝七時四十五分。ちょっとばかし暗めの部屋。机にはジンジャーエールとウーロン茶。タブレット型リモコンで曲を入力。カラオケ機に送信。BGM音量、マイク音量、エコーも忘れずに調整。前奏が流れ始め、マイクを握る。隣にいる髪の長い女の子がそんな僕をじっと見ている。僕は大きく息を吸い込んだ。
***
七月十八日
「あっついなぁ」
夏休みが近づき、セミの鳴き声が日増しに大きくなっていた。蒸し蒸しとした暑さの中、一人で町はずれの見慣れないカラオケ店の前に立ち、額の汗をぐいっと拭う。僕は前回カラオケに行った時のことを思い出していた。
そう、あれは一週間前だ。僕は小学校の友達とカラオケに行った。メンバーは度の強いメガネをかけていつもゲームをしているリー君、人一倍強気で肌が真っ黒に焼けてる坊主頭のたっちゃん、肌が白くナルシストなプリンスと僕の四人だ。僕たちは順番に歌っていった。みんなそこそこうまい。そして、僕が歌う番になった。
何を隠そう、僕はカラオケが大好きだ。幼稚園にいた頃からカラオケに行きまくっている。学校の友達と行くのは初めてだけど、正直自信があった。しかし。
―コウめっちゃ下手やん!六十七点て。
―むりゲ―。
―コウ君、美しくない。
悔しかった。
それから一週間、歌い方のコツを調べて発声練習も毎日した。そして今日ついに一人カラオケなるものに挑戦することにしたのだ。いつもと違うカラオケに行きたくて、スマホのナビで「カラオケ」と調べて一番上に出た店に行った。お店の前には二十四時間営業と書かれたのぼりが立っている。
受付にはいかにもジェントルマンみたいな見た目のおじさんがにこやかな面持ちで立っている。
「カ、カラオケ三時間お願いします。」
「お一人でよろしいですか?」
「は、はい。お願いします。」
「かしこまりました。では、一〇二号室になります。この伝票は帰るときに持ってきてくださいね。」
「あ、ありがとうございます。」
よし、受付は余裕だったな。ちょっと緊張したけど。
ドリンクバーでジンジャーエールを入れた後、部屋に向かう。一〇二号室か。部屋に入って、カバンを置く。まずは採点の設定を入力。初めて見るカラオケ機だけど、最新型かな?青い光がカラオケ機の側面からもれ出ていてかっこいい。よし、今から三時間ひたすら歌うぞ!僕の歌のレパートリーは一般的な小学生とは一線を隠している。
一時間。
優里「ドライフラワー」73点、高橋洋子「残酷な天使のテーゼ」79点、あいみょん「マリーゴールド」83点、Official髭男dism「ミックスナッツ」52点、YOASOBI「夜に駆ける」79点、米津健氏「Lemon」79点、中島みゆき「糸」86点、King Gnu「白目」42点。
二時間。
秦基博「ひまわりの約束」85点、サザンオールスターズ「TSUNAMI」82点、星野源「恋」84点、ポルノグラフィティ「アゲハ蝶」79点、Ado「踊」67点、Ado「新時代」69点、Ado「阿修羅ちゃん」63点、Ado「うっせぇわ」67点。
Ado歌いすぎて、のどが完全につぶれた。もうやめといたほうが良い?うっせぇわ!
三時間。
SMAP「世界に一つだけの花」85点、いきものがかり「気まぐれロマンティック」85点、緑黄色社会「Mela!」79点、AKINO「創聖のアクエリオン」94点。まぐれですごい得点出ちゃった。
《時空移動入力確認。【一万二千年前】に設定。移動を開始します。》
《3,2,1》
え⁉な、何?
直後、ブオンという音とともに僕の体が大きく震える。部屋全体が青い光に包まれた瞬間、カラオケの部屋が消えた。というか、カラオケの店自体が消えた。そして、うっそうとした森のど真ん中にいた。
***
小動物の鳴き声と葉っぱのこすれる音だけが響いている。ほっぺたが痛い。痛すぎる。さっきからずっとほっぺたをつねっているのに、夢から覚めない。ただただほっぺたが痛いだけだ。 つまりこれは、現実ってことなのか。
そうなると、普通に怖い。周囲に大きな木がいっぱいあって薄暗いのだ。よく見渡すと、すぐ近くに小さな川が流れている。そういえば、山で迷子になったときは川の下流に向かえば良いってどこかで読んだ気がする。僕は恐る恐る元々カラオケの部屋があった範囲を出て川に沿って進んでみることにした。
しばらく進むと、はるか遠くに煙がのぼっているのが見えた。(あそこを目指そう。誰かいるかもしれない。)
最初こそゆっくり歩いていたが、だんだん焦ってきて走り出す。十分以上森の中を走り続けた。生い茂る植物をかき分け、かき分け進みやっとのことで森の外に顔を出すと、目の前に大きな村が広がっていた。
映画の撮影地かな?そこら中に社会の授業で習ったような三角形の家(たしか竪穴式住居)が建っているし、みんな植物を編んで作ったような服を着ているし、見たことないぐらい大きな角のある鹿をさばいている人達もいる。怖いけど、話しかけるしかない。やっと見つけた人間だ。
声を掛けようとした瞬間、気がついてしまった。すぐ隣に何かいる。荒々しい鼻息を肌で感じる。恐る恐る振り向くと、人とゴリラの中間ぐらいの生き物が、目を見開いて僕をじっと見据えていた。いや普通にマッチョすぎる人間だ。手には先のとがったするどい石器のヤリを構えている。
「ま、待ってください!僕、急にここに飛ばされたんです。それでわけわからなくて、煙が上ってるとこに向かって走ってきただけなんです!」
必死の説明もむなしく、その生き物は大きく振りかぶってやりを投げつけてきた。僕の真後ろに向かって。投げたやりを目で追うと、僕の体の数倍はあろうかという大きなイノシシが倒れていた。(僕じゃなくて後ろのイノシシを倒そうとしていたのか。)
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、突然遠くでカラオケルームの電話が鳴る音が聞こえた。
《ブオン》
気が付くと、元いたカラオケルームに戻っていた。でも心臓はバクンバクン鳴っている。部屋の電話がプルルルルと鳴り続けている。
「はい。」
「お時間です。」
「え!あ、はい。すぐ出ます!」
体中の汗がと心臓の鼓動がさっきの体験が現実であることを教えているようだった。さっきのは何だったんだろう。
僕は走って家に帰った。
***
朝日が部屋中を明るく照らしている。
「もう朝か。」
なかなか寝付けなかった。早く学校でたっちゃん達に昨日の出来事を話したい。でも、昨日帰ってからお父さんにカラオケの話をした時は「大変やったな~」で済まされちゃったし、信じてもらえるかな?
とにかくもう一度、今度はみんなであのカラオケ屋に行って、創聖のアクエリオンを歌おう。そして今度こそあの世界がなんなのかを見極めるんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます