いつかじゃダメだと幼馴染に告白する決意をした俺だけど、彼女も同じだったらしい

久野真一

いつかじゃダメだと幼馴染に告白する決意をした俺だけど、彼女も同じだったらしい

 桜が咲き誇る春の庭。


「このちゃん、ありがとう!おかげで勉強が凄く楽しくなったよ!」


 満面の笑みでにお礼を言う女の子。


「これくらい当然だし。五花いつかちゃんが頑張った結果」


 照れくさくてぶっきらぼうにそれだけを返す僕だ。


「ううん。私、これまで学校が辛かったの。それは学校の勉強に全然ついていけなかったから。全部、全部、このちゃんのおかげだよ!」


 五花ちゃんはほんと大げさなんだから。


「それとね。……いつか、このちゃんのことを勉強で追い越せたら伝えたいことがあるんだ」

「今じゃダメなの?」

「うん。だから、いつか伝えるから。それまで覚えててね?」

「わかった。約束」

「約束だよ?」


 小学校のいつだっただろうか。子ども同士の他愛ない約束。


◇◇◇◇


「夢か……」


 受験勉強の合間の仮眠。気がつけば夜の10時過ぎとだいぶ寝ていたらしい。


(そんな約束もあったな)


 五花いつかはきっと忘れてるだろう。

 俺も記憶の片隅に置いていた程度だ。

 にしても、あの時の彼女は何を伝えたかったのだろうか。


 まあ、それはそれとして。


じゃ駄目だよなあ)


 大学受験を来月に控えた一月五日いちがついつかの夜。

 色褪せた天井を見上げながらぼやく。


 いつしか好きになっていた幼馴染の冷泉五花れいせんいつか

 中学に上がる時は「きっといつか……」と先送りにした。

 高校に上がる時も「同じ高校だし、いつか……」と先送りにした。

 いつか、いつかとチャンスを先送りし続けて気がつけば大学受験の時期。


 ずっと想い続けた一階下の幼馴染はもう寝ているだろうか。

 ふと耳を澄ませてみるとアニメキャラと思しき声が聞こえてくる。


(アニメか……)


 いつもながら思う。

 下の階から音漏れするとか、マンションの防音には問題がありありだ。


「まーそのおかげで今の関係があるんだから文句は言えねえけど」


 俺、近衛拓人このえたくとと一階下でアニメを見ているであろう彼女、冷泉五花れいせんいつかは伝統だけが取り柄の地方都市にあるファミリー層向けマンションで生まれ育った幼馴染の関係ってやつだ。


【このちゃん、もう寝た?】


 バイブ音に気づいてスマホを手に取れば想い人からのメッセージだった。


【起きてる。アニメ鑑賞会のお誘いか?】

【そのとーり!以心伝心だねっ!】


 五花はこのテンション高い文面通りの賑やかな性格だ。


【さすがにパターン読めるっての】


 そっけない返事を返すも内心ちょっと嬉しかったりする。


【ま、いっか。今、暇でしょ?】

【暇っちゃ暇だけど受験生だぞ】

【息抜きもじゅーよー。違う?】

【それもそうだな。じゃあ、10分後に】

【おっけー。窓の鍵は開けといてね】

【もちろん】


(さて、と……)


 今頃ベランダの非常用階段を伝って俺の部屋に向かっているであろう

幼馴染を出迎える準備をしながら、ふと考える。


(こうしていられるのもあとちょっとだな)


 少し感傷的になってしまう。

 俺たちは二人とも学費の都合で県内の国立大志望。

 受験に受かったとしても離ればなれにはならない。


 でも、五花は理学部志望、俺は工学部志望。

 学部が違えば会う機会も減るだろう。

 それに、彼女は性格も容姿もいい。

 大学になれば学部やサークルの男子が放っておかないだろう。


 これ以上告白の決断を先送りしたら、絶対後悔する。


(でも、今からどうすれば)


 受験までは自由登校。デートに誘える空気でもない。


「こうやって言い訳してるから俺は駄目なんだよな」


 決めた。一月中に一度遊びにデートに誘おう。

 口実は受験の息抜きでも何でもいい。その時に告白するんだ。


「何が駄目なの?」


 気がつけば、ガラガラと窓を開けて部屋に入ってきた彼女の不思議そうな顔。

 もこもこの暖かそうなパジャマ姿が可愛らしい。


「いや。なんでもない」


 危ない危ない。ぼーっとしてた。


「じゃあ、鑑賞会はじめよっか!」

「おう」


 というわけで。

 最近話題の尽きないファンタジーアニメを二人してみることになったのだけど。

 ちなみに座布団を置いて隣同士で見るのが俺たちのいつもの習慣だ。


「ん?この話、前に見なかったっけ」


 ディスプレイから映し出されるのは既に二人で見たはずの第13話。

 現在、最新で配信されてるのは16話のはず。


「13話好きだからもう一度見たくって。いいでしょ?」

「別にいいけどさ……」


 こちらを見る瞳がやけに真剣なことに違和感を感じる。

 まるでとても重要なことを伝えようとしてるような。


「やっぱ癒やされるよねー。受験勉強の息抜きにピッタリ」


 ぼーっとアニメを流し見しながらの語り合い。

 俺達のいつもの光景だ。

 コロナ禍の真っ最中もこうやってよく雑談してたのを思い出す。


「嘘つけ。さっきもアニメ見てただろ」


 階下からの音漏れを思い出しながらつっこむ。


「音漏れしてたかー。だからこのマンション嫌なんだよね」


 言いながらごろんと座布団を枕に仰向けに寝っ転がる幼馴染。

 こうも無防備なのは喜んでいいのだろうか。


「別にいいけど。五花はアニメ見てても余裕で合格圏だろ?」


 第一志望から第三志望までオールA。共通テストの模試も完璧。

 塾もいかずトップクラスの成績を維持してるのはこいつくらいだ。


「このちゃんもでしょ?」

「俺は塾行って勉強して、ギリAだから。そっちと違って気は抜けないの」


 同じA判定でもBとの境目のAな俺。

 S判定があればとってそうなこいつとは地頭が違うのだ。


「ほんと天才型は性質が悪い」

「普通に授業受けてただけだよ」


 全く気負いなく言ってのけるのだから、素なのだとわかる。


「予習復習なしでオールAでもはや嫌味だぞ」


 自覚が薄いとか性質が悪いにも程がある。


 アニメをバックグラウンドミュージックとして語り合う。

 こんな風に話が逸れるのもいつものことだ。


「このちゃんが昔教えてくれたから。今でも感謝してるんだよ?」


 気が付いたら五花は正座して微笑んでいた。

 嘘じゃないのがわかるから、本当に照れる。

 好きな女の子からとなればなおさらだ。


「そんなこともあったな」


 今でこそ才女の名を欲しいままにしてる五花だが。

 小学校の頃、勉強は落ちこぼれだった。

 対する当時の俺は苦手科目特になし。


◆◆◆◆


 「どうすればこのちゃんみたいに勉強できるようになるの?」


  ある日の放課後だった。

  泣きそうな顔で家を訪れた五花に言われた俺はといえば。


 「基礎をしっかりすること。五花は基礎と応用がごちゃごちゃになってるんだよ」


  一ヶ月くらいみっちりと勉強のコツを教えてやったのだった。

  元々、才能はあったんだろう。

  コツをつかんだ立花の成績はめきめき伸びて今に至る。 


◇◇◇◇


「ようやく……このちゃんを勉強で追い越せたね」


 どこか感慨深そうに言う彼女は今、何を思っているのだろうか。


「完敗。五花は元々勉強の才能はあったんだろうさ」


 地力だけでオールAとなれば、さすがに認めるしかない。

 元々、中学、高校と上がるに連れて徐々に学力は追い付かれていた。

 この冬に至っては完全に追い越されてしまった。


「ふっふー。大学に入ったら今度は私がこのちゃんに勉強教える番だね」


 ドヤ顔でもしてるかと思えば、ただ嬉しそうに言われると言葉に詰まる。


「学部が違うだろ、学部が」

「理系共通科目とかあるでしょ?」

「地力でなんとかしたいけど……もしものときは頼む」


 正直、昔彼女に勉強を教えていた身としては恥ずかしいけど。

 大学の講義ともなればついていけないこともあるかもしれない。


「うんうん。素直でよろしい」


 調子乗ってるなあと思うけど、言い返す気にもなれない。


『いつかは、いつかは……と私は決断を先送りし過ぎた』


 13話の山場のシーン。

 主人公が過去の決断を後悔しているところにさしかかる。

 ピッ。唐突に映像がストップする。


「うん?どうしたんだ?」


 彼女の手元を見るとリモコンが握られていた。

 どうやらこいつが止めたようだけど。


「このシーン、好きなんだ。私もいつか……って決断を先送りにしてたから」


 モニターを見ながらの彼女の真剣な横顔。

 こんな横顔にも見惚れてしまう。


「名前が五花いつかだけに、なんてね」


 と思えばこちらを見て、そんなジョークをかましてくる。


「そういうのは要らんから」

「ね。このちゃんはの約束覚えてる?」


 約束。覚えてるのなんて一つしかない。


「お前も覚えてたのか?」


 あんなちっさい頃の約束を。


「一度も忘れたことはないよ。ずっとね。言ってもいい?」


 気が付けばだいぶ距離が近い。

 手を伸ばせば触れられそうなくらいに。


「ああ。ちゃんと聞くよ」


 ふざけたことを言うことも多い五花だけど、マジのときは声色が違う。


「私は……冷泉五花れいせんいつかはずっとあなたのことが好きだったよ。勉強のことを好きにさせてくれたあの時から。でも、あのときの私はあなたに釣り合うとは思えなかったから。だから、いつか、勉強で追い越せたときは想いを告げよう、ってそう決めてたの」

「……そうか」

「気づいてた?」

「いや。ひょっとして……くらいには思ったけど勘違いかもしれないしな」


 なら、自分からアプローチすればいいのにできなかった臆病者だけど。


「勘違いじゃないよ。このちゃん、私の恋人になってください」


 顔全体を紅潮させて、でも、正面から俺の目を見ながら、

 幼馴染は想いを告げたのだった。


「俺もずっと五花のことが好きだったぞ」

「嬉しい」

機会が来ると言い訳して、先送りしてたけどな。さっきのアニメの主人公みたいに、な」


 ようやく五花の思惑に気づく。


「わざわざ13話にしようって言ってきたのはこのためか」


 過剰演出にも程があるけど、彼女らしい。


「なかなか策士でしょ?」


 ふふーんと得意げだ。


「ストレートに告白してこいよ」

「アニメ鑑賞しながら告白とか私達らしくない?」

「そりゃそうだが……ロマンチックとは程遠いな」


 ま、それはそれとして嬉しいのは確かだ。


「ちっちっち。ロマンチックはこれから。明日、予定ある?」

「無いな。受験勉強の予定だったけど」

「息抜きにデートしようよ。もちろん恋人として、ね」

「元々は俺から誘うつもりだったんだけど……先越されたな」

「それはまたいつか、ね。五花だけに」

「天丼はいいから」

「ギャグにしないと照れくさいの!」


 一見、元のの雰囲気に戻った五花だけど、

 挙動不審……は失礼か、どことなく落ち着かない雰囲気だ。

 距離もさっきより微妙に遠い気がする。


「普通に照れてくれた方が彼氏としては嬉しいんだが?」

「う……がんばる。それじゃ、下に戻るね」


 慌てて立ち上がろうとする彼女に、


「待てって。別にもうちょっと居てもいいだろ」

「恥ずかし過ぎて死にそうなの!」

「いいから」


 もう少し一緒に居たい。強引に抱き留めて、

 

「キス、していいか?」

「え?ええ?それは、いいけど……明日じゃダメ?」

「俺もずっと先送りしてたからさ」

「も、もう。こだわるんだから……わかった」


 言いつつ素直に目をつむってくれる彼女が愛しくて。

 そっと唇同士を合わせるだけの口づけを交わしたのだった。


「そ、それじゃ。今度こそおやすみ……また明日ね」

「また明日。楽しみにしてるぞ」


 ベランダから階下に降りようとする彼女を見送ろうとしたその時だった。


「あのね。ほんとに、ほんとにこのちゃんのこと大好き。お付き合いが順調に続いたら、いつかは結婚したいくらいに。それじゃ、また明日!」


 一方的にそれだけを言って部屋に戻ってしまった。

 あとに残された俺はといえば。


「それはちょっと反則だろ……」


 身体中が熱い。そこまで大好きをぶつけられて平静でいられるわけがない。

 

(明日、寝不足だったら恨むぞ)


 なんて思いながらも。

 今頃ベッドで悶えているであろう

 幼馴染で今は恋人の彼女を想いながら寝床に入る一月五日いちがついつかの俺だった。


◇◇◇◇


「言っちゃった。言っちゃった。結婚したいは行き過ぎだったかなあ」

 

 あんなセリフを言ってしまった自分が恥ずかし過ぎてベッドで転げ回る私。


「にしても……このちゃんからキスしてくれるなんて予想外」


 嬉しすぎて、この顔を鏡で見たらきっと不気味ににやけているだろう。

 幼馴染で今は恋人の男の子を想いながら寝床に入る一月五日いちがついつかの私だった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

今回のテーマは「いつか」。いつかは未来のことでもあり、過去のことでもあり、五日のことでも、また、ヒロインのことでもあります。


アニメを見ながら雑談に興じる二人の空気感を楽しんでいただけると嬉しいです。

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☆☆☆☆☆☆☆☆

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