第3節 怪談を求めて


「加賀美さーん、これ本当に一人で見るつもりですか?」


 日に日にデスク脇に積まれていく段ボール箱を指さしながら、隣の席の同僚がうんざりしたように声を掛ける。


「そうですよ、バイトくんたちに任せましょうよ。ただでさえ、最近は徹夜続きなんですから」


 向かいの席からも賛同の声が上がる。しかし、私が無言で首を振ると、二人も諦めたように自分の仕事に戻っていった。


 百物語に使われる怪談は、当然100話だ。百物語を名乗りつつも、尺の都合でそこまでやらない企画も多いが、今回はきっちりかっちり完遂させる。


 しかし、100話あれば何でも良いわけではない。テレビとして公共の電波に流す以上、一定の質を担保しつつ、放送条件を満たしたものでなくてはならない。


 企画の段階では、内訳は以下のように決定している。


 ・事前に視聴者から公募したもの……70話


 ・当日出演者のオリジナルによるもの……10話


 ・VTR出演者のオリジナルによるもの……10話


 ・剣持教授監修によるもの……10話


 公募と教授監修の80話は、局のアナウンサーや声優を男女5人ずつ起用する予定だ。再現VTRの案も出たが、あまりに経費が掛かり過ぎてしまうし、百物語の臨場感を伝えるためにスタジオの様子を放映することに主眼を置いた。


 当日出演者は司会を除くと10人。これには教授も含まれており、他にはタレント、俳優、お笑い芸人、政治家、評論家、作家など多岐に渡る。


 自前で怪談を用意するばかりか、残り99話をひたすら聞き続ける必要があり、また百物語に特有のもしてもらうため、打診の段階で固辞されることもしばしばだった。


 最終的には教授の仲介もあり、各分野から番組に相応しい顔触れを集めることが出来た。あとは当日になってキャンセルが出ないことを祈るばかりである。


 一方、VTR出演者は事前収録となるため、内容としても箸休めのような立ち位置を期待されており、些かバラエティ色の濃い面々となった。この辺りは部の専売特許であるためにつつがなく進行した。


 そして、私は先述した視聴者公募の70話を選定するため、連日送られてくる手紙やメールに目を通しているところである。


 採用の暁には幾らかの懸賞も用意されているが、ここまで大量に集まるとは想定外であった。


 今回の特別番組は深夜帯を含む10時間半にも及ぶ長時間となるため、業界内だけでなく世間一般からも大きな注目を浴びていた。


 事前の番宣や告知も大々的に行われ、いまや某24時間番組にも匹敵するほどの認知度を獲得したといっても過言ではない。


 それだけでなく、百物語を限りなく伝統に則って再現するという触れ込みのため、文化面からも意義ある催しと捉えられているようだ。その辺は教授を監修に引き込んだ成果が出たということだろう。


 番組に関心が寄せられるほど、その場面に自らの怪談が取り上げられることの価値は上がる。そんな功名心や自己顕示欲のようなものが、こうした応募の増加に繋がっていると思われた。


 最初は企画に懐疑的であった局内も俄かに活気付いていく。しかし、そのような高揚感に反して、私は差出人に一つずつ目を通しながら、周囲に悟られぬよう密かに溜め息を吐いた。


 ……やはり、ないか。


 数が集まることは願ったり叶ったりだ。その分、話の質や選択肢は広がるし、番組の視聴者も増えていくことだろう。


 それでも、逆なこともある。この中に彼の名前があったらと、そんなことはないと分かっていながらも、淡い期待が生まれてしまうのだ。


「もうすぐだよ……もうすぐだから、ね」

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