第19話


「彼女、凄く飲み込みがいいよ。テーブルマナーだけじゃなくて、立ち居振る舞いやダンス、楽器とかも色々とやって貰ってみたけど、どれも筋は悪くない。寧ろちゃんと教えれば、彼女の姉君よりも才能を発揮するかも知れない」


 エーファの講師にレクスが就き一ヶ月余り。お節介な事にレクスは頼まれたテーブルマナーのみならず他の事柄も彼女に手解きをしている様だ。

 マンフレットは仕事の合間にちょこちょこと様子を窺いに来ている。何時もの様に扉の隙間から彼女の姿を確認すると、レクスが何やらエーファに声を掛けると此方へと向かって来た。マンフレットは音を立てない様に慌てて踵を返すが、廊下に出て来たレクスに肩を掴まれた。


「君もさ、本当は気付いてるんだろう。エーファ嬢とブリュンヒルデ嬢は違い過ぎる。無論それは外面の話じゃない」


 レクスの言う通り外面の話ではない。ただそれすらブリュンヒルデと比較しなければ、エーファだって世間一般的には優れた容姿をしている。ただ比較対象が最高位だった故、誰もが錯覚を起こしているだけだ。対比があればそれは尚際立つ。彼女を見れば誰もが嫌でもブリュンヒルデを思い出す。それ故、延々とエーファはブリュンヒルデと比較され続ける。ブリュンヒルデがいなくなった今も尚。それはあの両親によって生み出された偶像の為に。


「彼女も姉君と同じ様に教育を受けていたら、今頃は誰もが認める淑女と呼ばれていた筈だよ」

「……だろうな」


 乾いた砂が水を吸う様に、この一ヶ月余りの間にエーファは次々に才能を発揮していった。どれもまだ齧る程度だがそれだけでも十分断定出来る。

 

 初めから違和感は感じていた。伯爵家の娘が、使用人と同じ様に雑務をこなして食事まで作れる筈がない。姉であるブリュンヒルデはそんな素振りは一切なかった。その事からして、ソブール家の特別な教育という訳でもない。そしてテーブルマナーが決定打だ。どんなに下級貴族であろうと、テーブルマナーくらいは嗜みとして覚えさせる。無論ブリュンヒルデは完璧だった。単純に考えて、エーファが意図して両親から教育を受けさせて貰えなかった事は明白だ。

 更にいえば、エーファの飲み込みの早さが物語っている。あれだけ吸収が早いのに、これまで教育を受けて来たなど有り得ない。


「それに、凄く素直で優しくて良い子だ」


 それに加えて少し抜けてはいるが聡い。判断力や人を従える力を持っている。

 ギーから伝え聞いた話では、使用人達はエーファからのアドバイスを得てから格段に仕事の効率が上がったと感謝しているのだという。一人一人の事をよく見ており、適性を判断してそれに応じて役割分担を采配したり、余った時間にはお茶や菓子を振る舞い感謝を示す。

 シェフが話していたそうだ、エーファの料理は独学なのだと。誰かに教わった事はなくレシピを見て作り、少しずつ改良を加える。あのキャロットケーキが一般の物より食べ易いのは彼女の努力の賜物だった。


「そんな事、お前に言われるまでもなく……夫である私が一番良く分かってる」

「はい、はい」

 

 大袈裟に肩をすくめるレクスに、無性に腹が立つ。悔しくて仕方がなかった。


 こんな感情を自分は知らないーー。

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