第20話


 先程マンフレットが食堂に入って行ったのを確認をしたエーファは意を決して食堂の扉を開け放った。

 レクスからテーブルマナーの手解きを受けて一ヶ月と半月。先日彼からお墨付きを貰えた。


『もう十分だと思うよ。これならマンフレットにギャフンと言わせる事が出来るね』


 ニーナも他の使用人達も皆口を揃えて似た様な事を言っている。エーファには良く分からないが、何故か皆どうしてかマンフレットに「ギャフン」と言わせたいらしい。


「マンフレット様、おはようございます!」


 食堂へ入り既に席に着いていたマンフレットに挨拶をすると、彼は珍しく目を丸くしてこちらを見た。その様子を見て、気張り過ぎて思いの外声が大きくなってしまったと急に羞恥心が湧き起こる。いきなり失敗してしまった……。


「……あ、あぁ、おはよう」

「⁉︎」


 これまで挨拶をして返して貰えた事はなかったので、驚き過ぎて今度はエーファが目を丸くした。呆気に取られて暫し立ち尽くしていると「座ったらどうだ」と声を掛けられた。



(大丈夫、大丈夫……。レクス様も褒めてくれたもの)


 レクスから教授された通りに背筋を正しナイフとフォークを手にして食事を始めた。

 まだまだ改善する点は多々あるが、以前に比べたらマシだと自負出来る。


『先ずはもっと自分に自信を持った方が良いよ』


 レクスの言葉を思い出し気持ちを落ち着ける。

 これまでマンフレットの前では緊張をして余裕なんて全く無かったが、今ならほんの少しだけ余裕がある。エーファはマンフレットの様子を窺いながら食事をしていると、ある事に気が付いた。


(マンフレット様、もしかして……)


 今朝のメインはクリーム煮なのだが、ある野菜だけを避けて食べていた。先程のサラダも先に避けて端に寄せ、最後に一気に口にしていた。それはニンジンだ。


(好きな物は最後に取って置くタイプなんですね)


 レクスから彼の好物はニンジンだと聞き知っているので納得をする。マンフレットの意外な一面を見て内心エーファは笑ってしまった。今日のお茶請けはイチゴゼリーだったが、彼の為にニンジンゼリーに変更しようと密かに決めた。



「エーファ」


 無事何事もなく食事を終え席を立つ。すると以前なら直ぐに立ち去るマンフレットから呼び止められた。瞬間エーファに緊張が走る。もしかして何か粗相でもあっただろうか……。


「あーその……先日レクスが君の覚えが早いと褒めていた。ギーや他の使用人等も感心している」

「いえ、まだまだ至らない所も多いので。マンフレット様に恥じぬ様善処します」


 それだけ返答をして丁寧にお辞儀をし踵を返すと、今度は腕を掴まれた。


「マンフレット様……?」


 驚いて彼の顔を見ると目が合うが直ぐに逸らされる。暫しそのままの状態で黙り込む彼にエーファは戸惑う。


「あの……」

「頑張ったな」

「え……」


 聞き間違いじゃなければ今彼が褒めてくれた? エーファは呆然としてマンフレットを凝視するが、次の瞬間には彼は掴んでいた手を離すと背を向け足早に去って行ってしまった。



「お疲れ様でした、エーファ様」

「ギーさん。遅くなりましたが、こちらこそレクス様に講師をお願いして頂きありがとうございました。お礼を言わなくてはと思っていたんです」


 常時マンフレットの側に控えている彼と話す機会はそう滅多にない。ずっと講師の件での直接お礼言いたかった。


「私などに勿体無いお言葉です、痛み入ります。この短期間で素晴らしい成長を遂げたとレクス様も感心なさっておいででした。それにマンフレット様も」

「……」

「彼の方は、気難しく難儀な方です。昔から完璧を理想とされ他者にも己にも妥協を許さない。その一方で感情表現が下手で、口も悪い。全く困ったものです」


 苦笑し話す彼を見てエーファは眉を上げる。彼もまたマンフレットの様に何時も無表情なのに珍しい。


「ただ最近は少し人間味が出てきた様に思えるんです。これもひとえにエーファ様のお陰だと思っております」


 彼はそこまで話し終えると一瞬だが笑った。そしてまた無表情に戻ると俊敏な動きと完璧な角度でお辞儀をし去って行った。


 

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