第17話



「そんなに力を入れなくて良い。これはフォークで身を押さえながら、骨に沿って骨と身の間にすべらせるようにナイフを差し入れて身を浮かせ……」


 マンフレットはエーファの背後に回り込み、ナイフとフォークを握らせるとそのまま彼は手を重ねながら魚を綺麗に切り分けていく。突然の事にエーファは驚きなされるがまま呆然とする。

 彼の端麗な顔がエーファの顔の直ぐ側にあり、まるで後ろから抱き締められている気分になってしまう。彼の息遣いが鮮明に聞こえ、恥ずかしくなる。一気に顔が熱を持ち、触れられている手が異様に熱い。


「あ、あの……」

「こんな初歩的なマナーも身に付けていないのか? これでは食事会になど招待を受けても到底出席は出来ないな」


 冷たく言い捨てられた瞬間、先程まで熱っていた身体が嘘の様に急激に熱が引いていく。代わりに冷たい汗が背を伝うのを感じた。


「申し訳ありません……」


 彼は溜息を吐くと自分の席に戻りまた食事を再開した。その後彼はエーファを一瞥もする事もなく食事を終えると早々に食堂から出て行った。

 エーファは彼が綺麗に切り分けてくれた魚を口にするが、余りよく味が分からなかった。それをただ淡々と口に運んだ。




「苦手な事は練習あるのみです!」


 あれからエーファはマンフレットと一緒に食事をする事が怖くなってしまい、食堂で鉢合わせると「エ、エメのご飯を忘れていたので……」「お、お腹が痛いので……」など言い訳を並べては逃げ出していた。だが逃げてばかりではダメだとニーナに相談すると意外な提案をされた。


「奥様、ギー様に頼んで講師を探して貰いましょう。そして奥様の華麗なテーブルマナー捌きを見せつけて、旦那様にギャフンと言わせるんです‼︎」


 テーブルマナー捌きとは一体……? エーファはニーナの勢いに戸惑う。それにあのマンフレットが「ギャフン」なんて絶対言わないと思う。ただエーファもニーナの提案には賛成だ。確りとマナーを学び、誰に見られても恥ずかしくない様になったら……また彼と一緒に食事をしたい。

 エーファがマンフレットに嫁いで約五ヶ月。彼の妻でいられるのは後七ヶ月だ。悔いのない時間を過ごしたい。



 ニーナがギーに講師の話をした翌日には、講師が決まったと報告を受けた。流石マンフレットの執事だ、仕事が早過ぎる。


「やあ、エーファ嬢。久しぶりだね」


 少し緊張しながら講師の待つ部屋に入るとそこには良く見知った人物が待っていた。


「あの、もしかしてレクス様が先生何ですか?」

「僭越ながら俺が君の手解きをさせて貰うよ。宜しくね」


 どんな怖い講師かと勝手に想像を膨らませて内心不安だったが、まさかレクスが講師とは……エーファは脱力をする。


「ギーから話は聞いたよ。マンフレットは相変わらず冷淡で酷い奴だね。でも、彼の口の悪さは今に始まった事じゃないからさ、そんなに思い詰める事はないよ」


 レクスと最後にお茶をしてから二ヶ月程が経つ。久々に彼に会って、やはり優しい人だと実感をした。


「私が至らないのがいけないんです。マンフレット様は間違った事は仰ってません……」


 彼から言われた言葉を思い出し項垂れるエーファの頭を、ぽんぽんと優しくレクスが撫で慰めてくれる。本当にいい人だ。


「大丈夫だよ。テーブルマナーなんて直ぐに覚えられるからさ。そうしたらマンフレットを見返してやろう?」

「はい!」


 この日からエーファは、レクスからテーブルマナーの指導を受ける事になった。

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