第10話 鉱山の町
実験室にいる4人の体組織が採取され、細胞結合と培養に取り掛かる。
手際よく作業に入るヴァヴァは、すでに最終工程の雷刺激を流す準備をしていた。
「さて、大佐の細胞はどうなるかのぉ」
刺激を与えられたガラス皿の培養液が、結合した細胞を中心に、ふわっと同心円状に波打った。細胞は、もこもこと動き出し、細胞分裂が始まった。
「なんだ、こんな急成長するもんなのか?」
「何言ってんだい。大佐が成長を早めろと、けしかけた結果がこの動きだ」
「そうなると、上手くいったのか?」
「大佐とアタシの細胞がくっついて増殖を始めた。培養液の成長に必要な栄養分は数倍だから、ガラス皿じゃ細胞組織が乾いてしまう。そっちのガラス筒の蓋を開けな、移すよ」
「おう、待ちな」
エルドラド大佐が、培養液で満たされた大きなガラス筒の蓋を開け、ヴァヴァが成長を始めた細胞組織をゆっくり流し込んだ。
「もう、小エビくらいの大きさになってるな。これ、性別あるのか?」
「おそらく、性別はあるが、産み分けが出来る研究レベルではない。まずは、成長が進むか、観察するしかあるまい。さて、次をやるかのぉ」
ヴァヴァは、同様手順でドリィとイスイの体組織もヴァヴァの細胞結合を試みた。この実験も、細胞分裂がみられ、他のガラス筒に移された。エルドラド大佐は、我が子を見るかのように、ガラス筒にへばりついて様子を見ている。
「大佐、ガラス筒に触れすぎて温度上げないようにしておくれよ。培養液が循環しているから、温度が保ててるんだ。煮えさせたら、培養体は、おじゃんだ」
「お、おぅ。繊細なんだな」
「ところで大佐。前も言っていたように、培養体の生存力を上げるには水晶振動が必要。ガー坊を見れば、よく分かる。だから、明日以降でなるべく早めに、水晶採掘に向かいたい。許可してもらえるかね?」
「それは、急いでもらう。加工も必要だろうからな。護衛の二人がそのまま同行してもらう。今廃坑になっているがモンスターや何かしらの動物が入り込んだ報告はない。ただ、地下水の浸水や漏れ出している量は増えているだろう。採掘場所は、非常に限られていると思ってほしい」
「そうか。ま、行ってみないとどうにも分からんな」
その後も、エルドラド大佐は成長する培養体を眺め続け、部下が迎えにくるまでガラス筒から離れなかった。
慌ただしく作業に追われたため、皆クタクタだった。1階に戻ると、ガー坊は床に横になり、すぐ眠りについた。その姿を見てドリィが言う。
「眠れるっていいよな」
監視任務ということもあるが、ドリィとイスイは睡眠をしない体になっているので、じっとして体力回復を待っている。
魔道具工房の1階奥のベッドで、ヴァヴァは横になった。しかし、寝付けない。今後のことを思案し、どう策を練ったものかと考えていた。こういう時、紙に書き出すと考えがまとまりやすいのだが、痕跡を残すことは、エルドラド大佐だけでなくドリィとイスイにも発見されてしまうので、必死に自分の脳内でまとめ上げるしかなかった。
しばらくして、ようやくヴァヴァも眠りについた。
それから数日、いつでも廃坑に向かう準備ではあったものの、悪天候により待機が命じられた。片足義足の老婆と何を考えているか分からない転生培養体を荷台に乗せて向かったとしても、何の成果も上げられないだろう。なので、エルドラド大佐が用意した地図で順路を再確認している。
今、反王国の拠点となっている鉱山の町は、鉱物資源の採掘を目的として作られた場所。荷物運搬には地上と地下共にトロッコ列車があったが、今は跡形もない。線路も再利用して建築資材や武器防具の一部になっている。
ヴァヴァがいる魔道具工房の裏側から廃坑となった鉱山が見える。直線距離では近いが、林を抜け、むき出しになった岩石をよじ登っていくのは賢くない。魔道具工房の整備された道の交差点を左に進み、分岐点をまた左に進むと鉱山入り口が見えてくる。通常だと徒歩30分程度、今回の参加者だと2時間以上かかってしまう。
次に廃坑の地図を確認する。採掘が何年も行なわれ、さまざまな鉱石が産出された。その結果、王国は交易で栄え、次第に労働者への産出量を増やすよう王国政府による指示が過度になり、落盤事故を引き起こす結果となった。
廃坑は3層あり、1層は落盤事故により立ち入り禁止、2層も落盤があり、他の鉱脈を探し、掘り進めると地下水脈にぶつかり、撤退を余儀なくされた。
3層も硬い岩盤に阻まれ、避けるように掘った結果、3方向に道が別れた。1つは地下水脈、2つ目は事件現場となり、反王国側が立ち入り禁止を決め、多くの岩石を積み上げ、入れないようにしてある。王国からの救助隊が来ず、見捨てられた形となった出来事は、一般には公表されていない。1層2層の落盤事故は、少々の負傷者はいたものの3層は多くの作業者が生き埋めとなり、大きな岩石を取り除くには発破しかなく、それは取り残された作業者のとどめを刺すことを意味する。どうすることも出来ず、残された作業者は丁重に弔われながら通路が塞がれた。
そして、3つ目の道が今回の目的地。採掘途中で王国への反乱機運が高まり、反王国として鉱山労働者たちが結束した。そのため、目的の水晶等が採掘できるであろうと期待されている。
「しかし、この雨なんだい?季節外れにしては振り過ぎだろう?」
「えぇ、ヴァヴァさん。噂では王国の魔法使い集団が大雨の被害をもたらしているとか」
「イスイよ、晴れたとして数日経たないと行けぬ場所なんじゃろ」
「途中の道が石畳というわけでもないので、荷車がぬかるみにハマってしまいます。気がはやるのですが、あえて準備を念入りにするという日々かと・・・」
「そうじゃな。瞑想でもして、魔力を高めるか」
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