第8話 実験
軽く昼食を済ませ、いよいよ次の培養体作成に取り掛かる。
地下の実験室でヴァヴァは、蓋付きガラス皿を3つ用意し、それぞれ半分くらいの深さまで培養液を満たした。
「いいかい、これまでのやり方を説明する。しかし、全て失敗した内容じゃがな」
そう前置きをして、ヴァヴァは手順を見せながら説明した。
まず、エルドラド大佐を始めとする複数の反王国特殊部隊が、暗殺等さまざまな活動時に対象となる相手の体の組織を入手し、持ち帰ってくる。そして、魔道具工房に持ち込み、専用冷凍庫で保存。
培養実験時に解凍した体組織は、極めて薄い酸溶液で外側の膜を溶かし、体組織の核(1)を取り出す。同様に別の体組織の核を取り出し、培養液に核(2)を入れる。この核を瞬間凍結させ、半分に切る。その後、核(1)と核(2)を入れ替えて、少しずつ温めながら微弱な雷刺激を与えると、核が結合して細胞分裂を始める。成長が確認できたら、ガラス筒の培養液内に移して成長を待つ。
「はい、質問よろしいですか?」
「なんじゃ、イスイ」
「相手の体の一部を持ってきたというのは、人間だけが対象ですか?」
「正直分からん。大佐が知らぬ所で戦えば、種族はさまざまだろうし、モンスターということもあるじゃろ。あの大佐だぞ、ヒポのためならヒポ自身も培養対象で持ってくるだろうねぇ」
「・・・あはは、ぁ~、そうですねぇ。それじゃ、人間とモンスターが合成されることもあったわけですか?」
「まず、そういうのが培養失敗理由として考えられる」
今度はドリィが質問した。
「いろんな工程を説明してもらってるけど、その道具って王国の職人が作ったってこと?」
「いんや、アタシが長い年月かけて作り出したし、作り出すよう脅された。もちろん、大佐にな。いつの頃からか実験自体、魔道具作る一貫でもあるから面白くなってきたがね。専用冷凍庫なんて、アタシが水が入った金属の筒を氷魔法で凍結させ、箱の中を冷やしている。一般には普及しないというか、出来んわなぁ。他には、雷刺激は雷魔法を針に流す。この加減も、すごく苦労した。このビリビリした感じを溜め込めればいいんじゃが、その実験には大佐が反対してな、『その時間は培養体が量産できてからにしてくれ』だとよ」
「核ってなんです?」
「体組織を小分けすると細胞って卵みたいに包まれたもののがある。その中心部分にある大事なものってことで覚えておきな。ガラスの研磨技術で細かな物が見えるようになった。メガネの応用で、これは他国のものらしい。」
また、イスイが質問する。
「これまでうまくいかなかったというのに、ガー坊が形になっているのは何故でしょう?」
「・・・正直分からん。試した体組織の組み合わせも記録に残しているが、初めての組み合わせではないはず」
「そうなんですか~。生物の神秘というものですかねぇ」
ヴァヴァは、分からない振りをした。いくら親しみやすくなったとはいえ、ドリィとイスイの役割は監視も兼ねているので秘密をべらべらと打ち明けてはいけないと、ヴァヴァは思っていたからだ。
うまくいかない培養体実験。あらゆることを試すしかなく、時間だけはたくさんあった。その中で、ずっと避けていたヴァヴァ自身の体組織を使うこと。予想では、他生物の体組織に比べれば細胞活性が高いので、『生きよう』とする能力が高い。一般的の生活をしていれば、おそらく終わることのない体。
隠れて行なった実験では、ヴァヴァの体組織を軸とした組み合わせでは細胞分裂を始めたものがあった。それに気付いたヴァヴァは強酸を加え、分裂を止めた。もちろん、この研究記録は残さない。エルドラド大佐に覗き見されるため。
ヴァヴァは、専用冷凍庫から3つの体組織が入った容器を取り出した。不自由な足だが、素早く移動する。凍結した体組織が中途半端に解凍され、壊れるのを防ぐためである。まず、1つの容器から体組織を取り出し、拡大レンズで確認しながら細胞を切り出す。同じ工程を別の体組織でも行ない、培養液の入ったガラス皿に切り出した細胞を半分に切断。4つになった細胞を異なるもの同士を接合する。
それから、ヴァヴァは、培養液の入ったガラス皿に金属棒を2本差し入れ、実験室壁際にある金属の取っ手を握り何か唱えた。ビッビッと音がして、壁から天井に取り付けてある長い管を光が走る。流れ着いた場所が、ガラス皿の金属棒で培養液が少し波打った。しばらくすると、接合された細胞のうち1つが膨らんで縮む動きを始めた。
一連の工程を見て、ドリィとイスイは息を飲んでいる。
「なんじゃ、お前さんらは、こういうの見たことないのか?魔法の儀式と似てるだろ。ま、これは、魔法と錬金術の合わせた実験じゃ」
「そう言われても、魔法儀式に縁はないし、実験も限られた場所でしか行なわれないと聞いてまして」
イスイが答えた。次にドリィが聞いた。
「その辺の道具って売ってあるもんですか?」
「ガラスは注文するが、他の道具は手作りと応用だな。始めの体組織を取り分けるものは、スプーンの中心を残すよう削った極細のヘラ。細胞を半分に切ったのは、水晶の破片を薄く磨いて裁縫で使うマチ針の先に松ヤニで固定させた微細ナイフ。細胞に
刺激を与えたのは、最弱の雷魔法を金属線に伝わせて、雷が壁から天井を走りながら効果をじわじわ弱めて、細胞が動き出すのに丁度良い刺激で培養液の中に流れる。この雷が流れる線に良い呼び名が決まらんでな、ぐるぐる線と見たままで言っておる」
「・・・ま、伝われば呼び方はさまざまあるもんでしょ」
その時、ガー坊は情報量が多くて、天井を見てぼんやりしていた。
「どれ、今回は1つ反応があったが、その後はどうかな」
ヴァヴァが、ガラス皿を見ると培養液に入っている細胞は動かなくなっていた。ドリィとイスイは、息を漏らした。
「さっき動いていたのに・・・」
「ドリィ、分かるか。これをずっと繰り返している。培養液を濃くしてもダメかもしれん。次の体組織を試すぞ」
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