第6話 培養体

 ヴァヴァは、ドリィとイスイに催眠術をかけ、二人が何者か調べている。


 ゴン! ゴン!


 ドリィとイスイへ次の質問に入ろうとした時、ドアをノックする音がした。


「ヘェックション!ぁ~ちきしょうめぇ」


 ドンッ!


 ヴァヴァは大きなくしゃみのフリをした大声と同時に右手の杖を床に突いた。


「おい、ヴァーさん、年寄のくしゃみってなんでそんなに大きいんだ?」


 入り口からエルドラド大佐が入ってきて、ヴァヴァに言った。

 ドリィとイスイは、すぐさま席を立ち、敬礼をする。


「気合だよ。気合い入れないと、くしゃみがまっすぐ飛んでいかないんだよ、大佐」

「何に対しての気合だよ。しかし、この甘ったるい香りはなんだ?鼻が、ムズムズするな」

「お香を焚く時は気分を変えたいから。急に人がバタバタ増えて落ち着かない」

「ま~、そうだな。数日経って、そのガラクタの変化はあるか?肉体を維持しているのか?」

「見た感じは乾燥してないし、食事も取れる。培養体とはいえ、肉体の維持のため食事を摂る必要がある。もちろん排泄もある」

「ん、トイレに自分で行けるのか?」

「今は、アタシか、そっちの二人が連れて行く。便意が近いと、もじもじするんで分かるさ」


「そうか。で、次の培養体作成にはいつから始めるんだ?」

「培養して成長するには時間がかかる。だから、下準備に今日から取り掛かる。それとな、ガー坊に入っているような高純度の水晶を使って、臓器の働きを補う必要がある。そこの監視役を連れて、廃坑に入ることを許可してもらえんかね?」

「アンタが採掘すんのか?オレらが集めた物では不満があるとでも?」

「さっきも言ったように大佐が持ってきた水晶と純度の違いがありすぎる。アタシも現場を見てみたくてね」

「(ヴァーさんの足じゃ逃げようがないし、ガラクタは役に立たないか)・・・乳母車でも用意するから行ってみればいい」

「ガー坊と二人で乳母車は乗れんじゃろ。採掘もするんだから、大きい荷車を用意してくれよ」

「面倒くせぇな。準備に日数かかるから、その間に装備でも考えといてくれ」


 エルドラド大佐は、部屋から出ていった。


「大佐は、過保護なのか、心配性なのか分からないねぇ。あんたら二人を常駐させておいて、アタシたちを見に来るんだから」

「我々が下っ端ですし、任せていいのか疑問視されているのでしょう。それに、動く培養体が初めてと伺ってますので合わせて気になるのではないかと・・・」

「それが、心配性ってもんだよ」


 と、イスイが答えた。ヴァヴァは、改めてドリィとイスイをどうにか有効利用できないか考え始めた。


 それから日々過ぎていくが、エルドラド大佐からの廃坑への採掘作業の許可が下りなかった。なので、監視役二人とガー坊の生活が淡々と続く。

 午前中は、魔法書や絵本を読み聞かせ、ガー坊を言葉に慣れさせる。午後からは、地下の実験室に行き、監視役を助手として、培養体作成準備を行なう。


「いいかい、あんたら二人にも助手として実験を手伝ってもらう。今必要なのは、大量の培養液。大佐が大人一人が余裕で入る円筒形ガラスを3つも置いていった。それぞれを満たす培養液が最低限必要で、横にある循環装置に管を接続して一定温度で栄養分等を供給する。簡単に言えば、母親の胎内を再現するわけじゃ」


 ヴァヴァの指示に従い、ドリィとイスイは横置きの円筒形ガラス両端に加工された突起物に管を接続し、液漏れないよう松ヤニを主原料とする防水剤を塗る。その上に薄い布を巻き付け、さらに防水剤を塗り、これを繰り返した。

 その後、専用のガラス測定器具を並べ、培養液調合に入った。


「あんたらは、あのファルってガラス職人は知ってるのかい?」

「いや、よく知らないっす」

「分かりませんね」

「そうかい。ここにあるガラス器具はファルとその弟子職人たちが作ったんだ。軽さと強度、そして精密さがとても良い。王国と反王国双方に気に入られるって、すごい職人だよ」

「有名人なんすね~。あ、おい、ガー坊!ガラス管は食べ物じゃないんだ!レロレロ舐めたり、かじっちゃダメだ」


 ガー坊は、ツルツルして、ひんやりとした手触りが不思議なようで、ガラス器具に興味を持った。


「これ、ガー坊、ダメだぞ」

「ふぁぁぃ」

「え、返事してますね」

「イスイやドリィの会話も聞いているから、会話のやり取りを理解し始めたのだろう。観察日記に書いときな」


 培養液は、ただ混ぜ合わせたら薬品や別途調合された秘薬が馴染むものではなく、体温ほどに温めつつ撹拌し、半日以上放置して成分が安定したら、ようやく使用できる。さらに、今回から培養体の成長を促進させるため、調合秘薬の濃度を3倍に高める。ヴァヴァは、過去の実験資料を見返しながらブツブツ言い、計算を何度も繰り返して各素材の最適量を導き出していた。


 ドリィが言った。


「魔法使いの調合って、もっと大胆なものかと思ってましたよ」

「そりゃ、絵本や芝居の世界。こういうのは実験の延長。錬金術であっても、それぞれ最適で反応が高い状態を見つけ出すまでは、とても地味で何度となく同じ工程を繰り返していくもんだ。根気がいるし、その器具も大事。長く生きていると、その発展は凄まじい。皮肉なのは、争いや奪い合いといった人の欲が技術発展を加速させる。

・・・ん、ガー坊!そこで用を足そうとするんじゃないよ!ドリィ、早くトイレに連れて行ってあげな!」

「コラコラ、もうちょっと我慢して!」

「もぉ、でんでふん」


 ドリィは、1階外にあるトイレへ、ガー坊を連れて行った。


 それから、さらに日数が経ち、必要な量の培養液が作成された。3つの大きな円筒形ガラスに満たされていく培養液。循環装置を起動させ、一定温度になるまで放置される。監視役であるドリィとイスイは、監視任務より、実験の手助けと工程が進んだことに達成感に喜んでいた。


 イスイは、つぶやいた。


「やっと役に立てた感じがする」


 ドリィが言う。


「お前、そういうこと言うなよ。監視と護衛も大事なことだろ!」

「下っ端だと、怒鳴られてばかりで自分じゃなくてもいいのでは?って思うだろ」

「そりゃ、そうだけど・・・」


「けんか いらない だめ」


 誰の声か、お互いの顔を見合わせる。


 少し離れた所から、やり取りを見ていたヴァヴァが、ドリィとイスイに言った。


「監視役の揉め事をガー坊が止めるって、全くガラクタじゃないねぇ。成長するじゃないか」

「え、ガー坊が言ったんですか?」

「ガー坊が状況を理解してる」


「あんたらが、ガー坊をしっかり成長させてたんだよ。監視も護衛も、即結果が出るもんじゃない。手柄を焦ってどうすんだい」


 ドリィとイスイは、ガー坊の頭を撫でていた。

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