第5話 監視役

 普段、早く休むヴァヴァからすれば、真夜中まで言い争ったことはとんでもない疲労。


「アタシは、寝させてもらう。これ、ガー坊。お前も睡眠を取りなさい」

「・・・ねぅ」


 ガー坊は寝ることを覚えたようで、椅子から立ち上がり、壁の方を向いて横たわった。


「ヴァヴァさん、ガー坊はベッドで寝ないんですか?床で寝転んでますが」

「ベッドをまだ覚えていない。しかし、椅子に座って眠るのではなく、横たわることを覚えただけでも進歩じゃ。おやすみ、灯りを消してくれ」

「分かりました。おやすみなさい」


 ドリィはヴァヴァに挨拶すると、イスイが部屋の灯りを消して回った。

 そして、ドリィとイスイは、机に小さなランプを灯し、無言のままトランプゲームを始めた。



 ヴァヴァは、いつもと違う雰囲気で目を覚ました。


「何やら人の声がするねぇ。それと、食事の匂い。あぁ、監視役が来てたか」


 いつもより遅くに起きたヴァヴァは、ベッドから這い出て声のする方へ行った。


「おはようございます、ヴァヴァさん」

「おはようございます、ガー坊って鈍臭くて面白いですね~」

「コラ、ドリィ。からかうんじゃないって」

「ガー坊、パンとスープを一緒に食べるとうまいぞ~」


 ドリィはガー坊に食べ方を教えていた。しかし、ガー坊は『一緒に』という言葉に引っ張られ、左手にパンを持ち、口に運び、右手で器を口に当てスープを飲もうとする。パンと器が同時に口に当たるため、パンはあまり口に入らず、スープをこぼし

着ているローブを汚してしまった。

 その光景を見て、ドリィは喜び、バカにした笑いをし、イスイは呆れ返っている。


「あんたらが世話焼くんだから、そのローブはしっかり洗いな。培養体でも火傷はするだろう。エルドラド大佐はガラクタ呼ばわりしているが、ガー坊は培養体として初めて機能している。その対象を粗末に扱えば、あんたらはろくな役割を果たさず、ヒポのにえとなるだろう。それと、アタシが魔法使いで魔道具も作っていることは知っているねぇ。生活を邪魔するんなら、そのトランプに呪いをかけて、ゲームに負けたら1本ずつ歯が抜け落ちるようにしてやろうか?」

「失礼しました。今すぐ掃除致します。ガー坊、着替えをしようか」


 ヴァヴァの凄みにドリィは簡単に飲まれ、平謝りをした。そして、ドリィは、ガー坊を隣の部屋に連れていき、体を拭いて着替えさせる。イスイは、ヴァヴァに食事の用意をした。


 ヴァヴァは、出されたパンとスープにすぐには手を付けず、眺め、少し匂いを嗅ぐ。


「ま、簡単に毒で苦しませるくらいなら、すでに仕留められてるか」


 ヴァヴァは、パンを細かくちぎってスープに入れた。柔らかくなったパンとスープをスプーンですくって食べ始めた。

 イスイが言う。


「失礼しました。今後は、柔らかい物をご用意致します」

「なぁに、寝不足だから消化に良い状態にしただけだよ。それに、お前さんの要望は通るのかい?アタシらの食の好み言っても」

「何度も言い続ければ、可能かと」

「ふっ、何年かかるだろうねぇ。そういう時は、誤魔化して持ち込むんだよ。お前さんたちが食べたい物をこっそり持ち込んでも構わないんだ。24時間監視護衛なんざ、うまく利用してやんなよ」

「そういう訳にはいきません」

「真面目だねぇ」


 適当な会話から、ヴァヴァは何かつかめないか探っていた、監視役の利用法を。


 朝食後、ヴァヴァはテーブル近くにある棚から、香炉とお香を取り出した。また、テーブルに戻り、お香を焚く準備をしている。その頃、ドリィとガー坊が戻ってきた。


「ヴァヴァさん、ガー坊の着替えを済ませ、ローブを洗って干してきました」

「そうかい。ま、座りなよ」


 テーブルにドリィ、イスイ、ガー坊が集まり座っている。ヴァヴァは、棚から本を取り出し、椅子に腰掛けた。


「今日は、あまり眠れなかったので、ちょっと頭が痛くてね。だから、お香を焚いて気分を変えたい。それと、ガー坊に簡単な魔法の歴史を読み聞かせようかと思うが、お二人構わんかね?」

「えぇ、問題ないっす」

「はい、構いませんよ」


「そうかい」


 ヴァヴァは、香炉に円錐状のお香を置き、指先から小さな火を魔法で灯し、お香に火を付けた。室内をとても甘い香りが包み込む。ゆったりと広がる香りと煙の中、ヴァヴァが読み聞かせを始める。


「『その昔、魔法使いは自然と共に生活し、何を生み出してきたのか』そういうことが書いてある本を読んでいくよ。では、始めに・・・」


 ヴァヴァは、お香の香りが広がったことを確認しながら、文章をゆっくりとガー坊に聞き取りやすくしながら、少し低い声で読み続ける。ほんの少し詠唱の技術を混ぜ、一定波長で読むことで、退屈な内容がさらに眠気を誘うよう揺らぐ音が発声された。ただでさえ眠くなる内容が、確実な催眠となり、ドリィとイスイは寝てしまった。


「おい、ドリィ、イスイ。寝てしまうのかい?どうなんだい?エルドラド大佐が窓の外から見ているぞ」


 わざと『エルドラド大佐が見ている』と煽ってみたが、目を覚まさなかった。


「では、聞いてみようかね。ドリィ、イスイ、あんたらは兄弟か?」

「・・・いえ、ちがぁいます」

「・・・違うです」


 普段の会話のように入っていく。核心に一気に近づくか、質問内容にヴァヴァは考える。この催眠ですら、実はヒポの付与により、こちらが騙されているやもしれぬ。さらに、二重催眠もありえるだろう。そもそもの暗示がかけられている可能性がある。当たり障りない所から、伺ってみるか。


「あんたらのリーダーは誰だ?」

「大佐です」

「・・・エルドラド大佐です」


「ヒポ様じゃないのかい?」

「・・・あの方は生き神様」

「・・・守ってくださる方」


「なぜ反王国側についたんじゃ?」

「・・・王国はオレたちを見捨てた」

「・・・使い捨てられた」


「アタシたちをあんたらはどうする気だ?」

「・・・護衛し監視する対象」

「・・・お手伝い」


「日誌でもつけるのかい?」

「・・・不定期連絡」

「・・・変化があれば報告しまぁす」

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