第3話 ガラクタ

 隣の実験室から大きな破壊音がした。ヴァヴァはエルドラド大佐の行動に文句を言い続けるが、エルドラド大佐は無視していた。


「おい、貴重なガラスを割ってどうするんだ!次の培養体を育てられないだろう!」

「もう次の段階なんだよ。これまで一度も成功していないなら道具から見直す。すでに商人の街の職人に作らせている。早く転生に取り掛かってくれるかな」


 エルドラド大佐の様子がおかしかった。何とも言えない腐った吐息と瞳の黒目部分が大きく広がっていた。ヴァヴァは何も応えず、転生儀式に必要な詠唱を誰にも聞こえないような小さな声で呟いている。

 小さな魔法陣に乱雑に積み重ねられた6体の死体と、さらに奥に置かれた培養体。ヴァヴァは魔法陣のふちに目掛けて杖を振り下ろした。

 魔法陣の部屋がビリビリと大きな振動と光が走り、6体の死体が溶け出した。その後、培養体が跳ね上がり床に激しく打ちつけられた。


「どうだ、どうなった!」


 興奮してエルドラド大佐は叫んだ。


「落下の衝撃で、背骨が折れてなければいいがねぇ」


 淡々と答えるヴァヴァ。


 しばらくすると、培養体と呼ばれる人の形をした物体は、のそのそと起き上がった。初めて立つという行動に足が震え、何度か転んだが、どうにか直立した状態になった。その体は、とても青白かった。


「おい、立ち上がったんだ。何か言ってみろ。6人分の魂が転生したんだぞ、高機能だろ」

「そんな無茶な」


 ヴァヴァは、エルドラド大佐の興奮具合に呆れている。

 その状況で、培養体が口をゆっくり開けて、何か言い出しそうになる。


「ぁげべぼろろぉぅ」


 訳の分からない言葉を発した培養体の髪の毛を無表情でエルドラド大佐が掴んで持ち上げる。


「大佐、どうするつもりじゃ」

「これは、転生実験なんだろ?会話が出来るんじゃないのか?」

「まず、下ろしてやってくれ」


 エルドラド大佐は、ゆっくりと培養体を下ろした。


「何度も言うように、培養体自体、ここでは未経験な実験じゃ。それを転生の魔法儀式に使った。今、目の前にいるのが、培養体という入れ物に転生という生まれ変わりをした存在。初めての体験をしておる。生まれ変わった体が何とも不健康そうな肌の色をしておる。赤子に言葉を話せというのは無謀じゃろて」

「違うぞ、ヴァヴァ。こっちは、培養体が早く馴染んで動けることを望んでいる。そのガラクタは、いつでもヒポ様の餌となってもらおう。しばしの命、経過観察をせいぜいすることだな。近日中に、新たな培養装置を設置する作業に入る。

今日は、一旦帰らせてもらう」

「転生した培養体は、放置かい?」

「とにかく観察記録つけてくれ。『ガラクタ日誌』とでも名付けろ」


 エルドラド大佐は帰っていった。


「さてさて、どうしたもんかねぇ。ガラクタなんて名前をつけて」


 直立した培養体は、その場で手足をバタつかせたり、体を触る動きをしている。その行動を、ヴァヴァは観察している。


「赤子のようじゃな。アタシは母親の経験がないが、この歳で子育てとはねぇ。何もかもが未知じゃよ。ほれ、ガー坊、今日はもう休もう。一応服も着ないとな」


 ヴァヴァは、培養体をガー坊と名付け、ひんやりとした手をつないで、1階で寝かせることにした。

 どうにか階段を上らせ、ローブを着せ、ベッドに横にさせようとするが、横たわることを嫌がる。仕方なく椅子に座らせ、フードを被せ、そのまま放置してみる。


「明日からは、覚えることが多いぞ。ゆっくり休みなさい」


 ヴァヴァは、真夜中にようやく床についた。


 しかし、早朝、ヴァヴァたちは叩き起こされる。


「おい、ヴァーさん起きろ!」

「何事だい、さっきやっと寝始めたところなのに」

「実験室の改装だ。処分しても構わん薬品とか、オレらじゃ分からねぇだろ。大型のガラス筒もすぐに設置可能なんだから、早く支度しな」

「合鍵持ってるからって、女のいる部屋にズカズカ入ってきて」

「捕虜の老婆が何言ってんだ。やっぱり右足もヒポ様に捧げるか?」

「そんなことすれば、研究が進まんじゃろ」

「くそぅ、うるせな。早く顔洗え、そのたるみきった皮膚をなぁ」


 ヴァヴァは、流し台の方へ行き、顔を洗う。その間も、ドカドカと足音をたてて反王国の隊員たちが、昨日割れたガラスの処理や移動できそうな道具類を建物外に運び出している。


「おーぃ、ガー坊!お前も顔を洗え」


 返事がない。ヴァヴァは、ガー坊の方に行ってみると、壁に向かって直立し、少し震えていた。


「この騒々しさは苦手かな」


 ガー坊の腕を掴み、歩かせ、椅子を壁の方に向け、ガー坊を座らせる。

 その間に、ヴァヴァはエルドラド大佐に連れられ、実験室の改装打ち合わせが行われた。


「ヴァーさんは、どんどん縮んでいるから、踏み台がたくさんいるだろ?」

「あ~、いずれノミの大きさにまで縮むだろうな。見つからずに逃げられる」

「その時は、燃やし尽くすから安心しな。薬品の新規購入一覧は漏れはないか?」

「問題はない。ただ、今度のガラス筒はどれだけの大きさか?培養液が何倍必要かの?」

「現物見れば分かる。もう設置が始まるからな。ファルは来てるか~?」


 地下室廊下から返事がした。


「来ております、大佐ぁ。今、運んでおります」


 大柄な男性4~5人で大きな円筒形ガラスを実験室に運ばれて、慎重に横にして壁際に設置された。


「いや~、今回の発注は難儀しましたよ。作っても、この部屋に運べるか心配しました」

「いつ見ても良い仕事だな。支払いは本部に行って請求書を出してくれ」

「分かりました。王政を倒し、大佐が新しい王となり建国されることを望んでおります故、わたくしに出来ることであれば、協力は惜しみません」

「その忠誠、感謝する」

「では、次の設置物を持ってまいります」


 ガラス職人ファルは、次の搬入のため移動していった。

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