第124話 王都散策(7)

「なんなりと」


 国王陛下は、改めてヴィオレッタに向き合って頷いた。

 対して、ヴィオレッタは少し迷うような素振りを見せながらも、ゆっくりと話し始めた。


「これはまだ相談できてるわけではないけれど、一隻の船と乗り手を貸してほしいの」


「船……ですか。その程度なら恐らく問題ないでしょう。ただ、目的地は……?」


 陛下が聞き返す。


「わたくしの城よ」


「な……!」


 陛下もそうだが、後ろで聞いていたランティルも、驚いたような顔を見せた。

 ヴィオレッタの城だということは、普通の人間が行くような場所ではないということは容易に想像できたからだ。


 アリシアたちは魔族の領地について、彼女から多少の知識を得ていた。

 しかし、陛下を含めて、他の皆はどんなところなのか当然知らなかった。知らないということは不安しかない。


「場所はあまり詳しく言えないの。でも、乗り手の身の安全はわたくしが保証するわ」


 ヴィオレッタの要望を聞いて、陛下は顎に手を当てて考え込む仕草を見せた。


「ふむ……。少し考えさせていただきたい。しかし、あなたは船になど乗らずとも?」


「ええ。もちろん、わたくしだけなら、自由に行き来できるわ」


「となると、他の誰か……もしくは何か大きな物を運びたい、と仰られているわけですな」


「目的という意味なら、その両方ね」


 陛下の問いに、ヴィオレッタは頷いた。


 わざわざ船を準備しなければならないということは、ヴィオレッタの城は陸路で行けない場所にあるということ。

 そして、船でなければ運べないものがあるということが想像できた。

 そのために彼女は船を借りたいということなのだろう。


 しばらく陛下は考えていたが、やがて小さく頷く。


「わかりました。可能な範囲で準備させましょう。大きさや時期は、担当の者に調整させます」


「ありがとう。……きっと、貴方がたにとっても、意味があることだと思うわ」


「そう信じましょう。他にはなにかありますか?」


「いえ、それだけよ」


「承知しました。では……」


 陛下は改めて踵を返すと、馬車のほうに戻っていった。

 しばらくして号令が発せられると、元のように騎馬隊から進行を再開していく。


 それを無言で見送ったあと、アリシアがヴィオレッタに尋ねた。


「……思い切った提案ね。私もびっくりしたわ」


 陛下の手前、何も言わずに黙っていた彼女だったが、色々考えるところはあったのだろう。

 もちろん、ルティスを含めて他の皆も同じだろうが。


「ごめんなさい。先に相談できたら良かったけど、急に思いつきで」


「別に良いのよ、それは。で、誰をなんのために? なんとなく予想はできるけど」


 そう言いながらアリシアはルティスの方を見た。

 しかし、ヴィオレッタは小さく首を振る。


「ううん。ルティスにも見せたいけど、それは目的じゃないの。私の目的はリアナ、貴女なの」


「――へ? 私ですか?」


 突然名前を呼ばれて、それまで澄ました顔をしていたリアナはキョトンとした表情で声を上げた。


「うん。あと、食材とか道具も運んで、みんなに料理を作って欲しいの」


「は、はあ……。それはどうして……」


 いまいち意図が理解できない様子で、リアナが聞き返す。


「さっき、会議があるって話、したよね?」


「はい。なんの会議か、とかは全然わかりませんけど」


「ごめんね。それ、3年に1回、守護者がわたくしの城に集まってする会議なの。まぁ、いつも議題があるわけじゃないから、ご機嫌いかが? みたいなものなんだけど。次の会議はザルドラスの後任決めるって話は出ると思うから、そのくらいかな」


 ヴィオレッタは、先ほどの昼食のときにイリスと話していた会議の説明をした。

 その話に、ルティスが尋ねた。


「それとリアナの話がどう関係するんですか?」


「そうよね。どうせなら、その会議のときに、みんなにもリアナの料理を食べてもらいたいなって。驚くと思うから」


「うーん、料理を作ること自体は構いませんけど……。何か意味あるんです? それ」


 リアナが腑に落ちないような表情で聞いた。

 すると、ヴィオレッタの代わりにイリスが答えた。


「わたしにはなんとなくわかりました。……一度、美味しいものを食べたら、不味い料理なんて食べてられませんから。正直、わたしも城に戻ったら、食べるものに困りそうです」


 イリスはある意味、恨めしそうな顔でヴィオレッタを見た。


 先ほど食べたものと比べると、これまで食べていたものが「料理」だったのかと思うようになるほど、衝撃を受けたのだから。

 きっと先に来ていたヴィオレッタも同じなのだろうと思えた。

 彼女が城に戻りたくないという理由のひとつでもあるのだろう。

 もっとも、一番の理由は今も彼女が離れずにいる彼なのだろうと予想はできたが。


「でしょ? どうせなら、みんなにも食べてもらって、魔族領でもちゃんとしたモノが食べられるようになったら良いなって」


「なるほど。それは良い案ですね」


「でしょでしょ?」


 大げさに手を叩いて頷いたイリスに、ヴィオレッタは満足そうに頷いた。

 ヴィオレッタの考えとしては、魔族のトップ層である守護者たちの舌を懐柔して、魔族領全体の食事改革に繋げたいということだった。

 多くの部下がいる守護者たちがその気になれば、浸透も早いだろうと予想した。


「となると、もしかすると将来的には交易に繋がるってことも有り得ますね」


「そうね、イリス。わたくしもそうなったら良いなって思ってるの。人間食べるより美味しいものがいっぱいあったら、わざわざ襲う必要もないから。まぁ、それでも相当時間はかかると思うけど……」


 話を聞いていたリアナはようやく理解できたのか、アリシアと顔を見合わせてから答えた。


「ふむ。もう少し調整は必要ですけど、ヴィオラさんの考えは理解しました。ハンバーグを布教するために頑張りましょう」


 それを聞いたアリシアが苦笑いする。


「それはそれとして。魔族が人を襲わなくなったら、私も安心できるし」


「なるほど。そうなると、つまりヴィオラさんに付いていてもらう必要もないわけですね」


 含みのある顔でリアナはヴィオレッタを見た。

 しかし、ヴィオレッタは口を尖らせて言った。


「どーせ、そんなにすぐうまくいかないから。それにもうそんなの関係ないもん。ねー?」


 ルティスの腕を取って同意を求めたヴィオレッタに、彼も苦笑いするしかなくて。


「ま、まぁ……。出来ることやっていきましょうよ、今は」

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