第123話 王都散策(6)

 突然の号令で止まった隊列は、何事かとそれぞれ顔を見合わせながら、発端となった魔法士の方に顔を向けた。


「どうした!」


 騎馬隊のまとめ役だろうか。

 ひとりだけ鎧の色や、騎馬への装飾の異なる騎士が、魔法士に向けて声を上げた。

 明らかに苛立っているようにも見える。


 しかし、魔法士はその騎士のほうを見ることなく、じっとアリシアたちに視線を向けていた。


「……どうしたんでしょう?」


 ルティスがアリシアに聞くが、魔法士の男は明らかにこちらを見ていることから、自分たちに関係することなのだろうと、おおよそ予想はできた。

 しかも、これだけの隊列を止めるほどのことなのだから、ただの思いつきというわけではないだろう。


「また面倒なことになりそうね」


「ですかね……」


 とはいえ、自分たちが何かをしたということはない。

 そう思っていると、魔法士の男は、近くの部下と思われる別の男に耳打ちしたあと、馬から降りてこちらに近づいてきた。

 その表情は多少緊張しているようにも見えたが、特に敵対するようなものではない。


 アリシアの眼の前に立った若い魔法士は、深く頭を下げて口を開いた。


「アリシア様。先日はご迷惑をおかけしました。私は陛下付きのランティルと申します」


「いえ、特に気にはしていませんわ。それで、どういった御用でしょうか?」


「ありがとうございます。それで、大変申し上げにくいのですが……」


 ランティルと名乗った魔法士は、アリシアから目を逸らして、ルティスの後ろに隠れたヴィオレッタのほうにちらっと目を遣った。

 アリシアはその態度で察したのか、ほんの少し目を細める。


「……わかっているとは思いますけれど、この方は私の大切な友人ですから」


 釘を刺すアリシアに、ランティルは小さく頷いてから、ルティスのほう――もちろん、用があるのはその後ろのヴィオレッタだろうが――に向き合った。

 そして、ひとつゴクリと唾を飲み込んでから、口を開いた。


「先日は――」


「わたくしは、あなたたちと話をするつもりはないわ」


 しかし、その言葉を途中で遮ったヴィオレッタは、眉を顰めてピシャリと言い切った。

 先日の会食でのことが、まだ頭に残っているのだろうか。


 ヴィオレッタに先手を打たれて、ランティルは言葉を詰まらせる。

 拒否している相手にかける言葉が思いつかなかったのだろう。


 立ち尽くすランティルに、彼女は続ける。


「わたくしは静かに過ごしたいだけなの。邪魔しないで」


「は、はい」


 プイッと顔を背けるヴィオレッタに、ランティルは頷くことしかできない。


 話を続けるのを諦めて、踵を返そうとしたときだった。


「ランティル、下がっていなさい」


「へ、陛下……!」


 馬車から降りてきたのだろうか。

 ランティルの後ろから声をかけたのは、国王陛下だった。

 背後には騎馬隊がいるとはいえ、無防備にすら思える。


 陛下はまっすぐルティスの前に立つと、彼の背中に隠れるように見ているヴィオレッタと目が合う。

 そして――。

 陛下はすっと片膝を付きひざまずいた。


 その行為に周囲は騒然となる。

 仮にも一国の国王が、突然得体の知れない者にかしずくなど、常識では考えられないからだ。


 そして、ルティスを含め、アリシアですらも、はっと息を飲んだ。

 ヴィオレッタは表情を変えないままだったが、ルティスの腕を掴む手に、僅かに力が入ったことが伝わってくる。


 彼女にとっても、このようなことなど、長く生きてきて初めてのことだった。


「ヴィオレッタ殿。先日のことは私に全ての責任があります。どうかお詫びをさせていただきたい」


 ゆっくりと、しかしはっきりと言った陛下の言葉に、ヴィオレッタはしばらく無言だった。

 しかしその間、頭を上げない陛下に困ったのか、彼女はようやく口を開いた。


「別にもう気にしてないわ。わたくしに関わらないでいてくれれば、何もしないから」


「そういうわけにもいきません。無論、本人には相応の罰を与えましたが、それで私の責任が消えるわけではない。私にできることならなんでも申し付けてください」


「でも……」


 ヴィオレッタとしては、自分の言葉の通り、干渉さえされなければ復讐しようなどという気は全くなかった。

 むしろ、こうして恭しく扱われるほうが嫌だという気すらしていた。


 どうしたものかと困惑していると、不意にイリスが彼女に近づき、そっと耳打ちする。


「……ヴィオレッタ様。悩まれているのでしたら、ここは貸しにすればよろしいかと。あとでゆっくり考えましょう」


 イリスの助言に、ヴィオレッタは小さく頷いて、ルティスの後ろから一歩踏み出して前に立った。


「国王陛下殿の考えは承知しましたわ。ですが、一度持ち帰らせていただきたいのです」


「わかりました。確かに、今ここで急に言われてもお困りでしょう。要望については、いつでもこのランティル宛に申し付けください」


 陛下はすっと立ち上がると、ランティルの方を手で指し示した。

 それを受けて、彼は小さく頭を下げた。


「王宮の門にて、私の名前を出していただければ、いつでも取り次ぎいたします」


「わかりましたわ。それでは、また後日――」


 ヴィオレッタがそう言いかけて、ふと何かを思いついたように続けた。


「――いえ、ひとつだけ思いついたわ。少し大変なことだけど、お願いできるかしら……?」

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