第122話 王都散策(5)
「……ヴィオレッタ様の気持ちがわかりました」
レストランで舌鼓を打ったあと、イリスは満足そうにお腹を押さえながら呟いた。
それを聞いたヴィオレッタは、その意味を勘違いしたのか、眉を顰めながら言う。
「ルティスはあげないよ? わたくしのだもん」
前を歩いていたリアナはそれを耳にした途端、聞き捨てならないと斜め後ろを振り返った。
「違います。ルティスさんは私のものです。あくまで、ヴィオラさんには少しお貸ししてるだけですから」
すると更にアリシアが口を挟んだ。
「リアナも違うでしょ。そもそもルティスさんは私の婚約者なんだから。対外的には間違いなく私のものよ」
こんなところで3人の火花が散り始めたのを察して、ルティスは困ったことになったぞと思いながら頬を掻く。
しかし、ここで自分が誰かを贔屓するのは、更に燃料を焚べるようなものだと理解していた。だから何も言わずに黙っていた。
「むう……。お嬢様も言いますね。でも、ルティスさんが最初に選んでくれたのは私ですからね」
「えー、それはそれ。今は今でしょ」
アリシアとリアナが姉妹で言い合っていると、ヴィオレッタが割り込んだ。
「それ言うなら、わたくしだって資格あるもん。ねー?」
唐突に同意を求められて、ルティスは固まった。
頷くのも危険だ。
もしこの場を切り抜けられたとしても、今晩リアナに
かといって、否定するわけにもいかない。
純粋なヴィオレッタを傷つけることはしたくないし、彼女の生い立ちと相反するような可愛らしさに惹かれるような気持ちもあった。
それに、もし彼女を怒らせるようなことになれば、どう逆立ちしても勝てるはずもない。
リアナやアリシアならともかく、身につけた時間魔法も彼女には全く効果がないのだから。
「えっと。3人で話し合っていただければと……」
ルティスがお茶を濁そうとするが、立ち止まったリアナがすかさずその腕を掴んだ。
そして、久しぶりに見せるあの無表情な目で、ルティスを下から睨んだ。
「なに言ってるんですか。ルティスさんの意思が第一です。……ね? わかっていますよね?」
「――は、はいっ!」
ルティスは条件反射的にビシッと直立して、リアナに向き合う。
しかし彼女の目はまだ笑っていない。
「では、はっきりとここで宣言してしまいましょう。私が一番だと、ね?」
じいっとルティスの目を見つめるリアナからは、かつてのように有無を言わさぬような意思を感じる。
蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動けずに、ルティスの額からは玉のような汗がダラダラと流れ始めた。
その迫力に傍観していたアリシアは苦い顔をするだけだ。
一方でヴィオレッタは口をへの字にして、ルティスの反対側の腕を引いた。
「もう、ルティスが困ってるじゃない。可哀想」
その言葉に金縛りが解けたルティスは、助けを求めるようにヴィオレッタの顔を見る。
ただ、リアナも引き下がらない。
「いえ、別に困らせるためではなく、あくまで確認ですから。ルティスさんが本心を素直に言うだけですよ」
リアナとしては自分が一番だと自信を持っていた。
ここでそれを明らかにして優位に立とうとしただけだ。
実際、ルティスもそのことを否定するつもりはなかった。
とはいえ、他のふたりがいるこの場でそれを口にすることなどとてもできなくて。
ヴィオレッタの顔も、どうしたものかと困っているように見えた。
そのときだった。
イリスが突然ヴィオレッタに耳打ちした。
「……ヴィオレッタ様。かなり力のある魔法士が多数、近づいております」
ルティスのほうばかりに気を取られていたヴィオレッタだったが、それを聞いてはっと顔を上げた。
意識を周りに向けると、確かにイリスの言うように、聖魔法士の魔力を感じ取ることができた。
「ありがとう。――ねぇ、リアナ。ここは中断しよ。なんか人がいっぱい向かってきてる」
リアナに向かって言うと、彼女も一瞬目を細めてから、「ふぅ」と小さく息をはいた。
「確かに。これは国王陛下の馬車列でしょうね」
そう言いながら、向かってきている方向に視線を向けた。
ただ、まだ見える範囲ではない。
そして、リアナは横目でルティスを見ながら小さな声で呟いた。
「……今晩、私の番だって忘れてませんよね? 覚悟しておいてくださいよ? んふふ」
「は、はい……」
ルティスの返事を聞いたリアナは、満足そうに頷いたあと、掴んでいた彼の腕をそっと開放する。
一気に疲れが出て、ルティスは大きく息を吐きながら空を見上げた。
それからすぐに馬の蹄の音が聞こえてきた。
まず先導をしているのは騎馬隊だろうか。
20騎ほどの立派な鎧を纏った騎士が真っ直ぐ前を向いて大通りを進んでいく。
速度は遅く、人が歩くほどの速さだ。
通りを歩く人々がいるからだろう。
騎馬隊を目にした街の人々は、彼らの通行を邪魔しないように避けていく。
アリシアたちも同じように、通りの端に寄って隊列を見ていた。
騎馬隊が通過したあと、その次は魔法士だろうか。
鎧は纏っていないが、きっちりとした紺色の制服に身を包み、周りに目を光らせているように見えた。
ふと、ルティスはそのうちのひとりに目を留める。
(確か、国王陛下の護衛の魔法士だったな……)
式典のときも、セドリックとの会食のときも、陛下に同席していた若い男の魔法士だ。
以前一緒にいた女性の魔法士――ヴィオレッタに刃を向けた女――はこの場にはいないようだ。
あの事件のことで外されたのだろうか。それはルティスからはわからなかった。
その魔法士がこちらに視線を向けたように見えたあと、驚いたような顔をして声を上げた。
「い、一同! 止まれっ!!」
一瞬、周囲の街人や騎馬隊を含めて、何事かとどよめきが走ったあと、隊列はその場に停止した。
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