第121話 王都散策(4)
「ま、ま、またまた。ヴィオレッタ様もご冗談が上手くなられて……」
しばらく固まっていたイリスだったが、ようやく動き出したかと思うと、顔からだらだらと汗を流しながら声を絞り出した。
しかし、ヴィオレッタはあっさり否定する。
「んーん。本気、ホ・ン・キだもん」
「あの、えっと。まだこちらに来られてせいぜい2週間とかでしょう? もう少し、しっかりとお考えになられてからでも遅くないかと……?」
震える声でイリスが諭すが、ヴィオレッタは口を目一杯尖らせた。
「むー、ちゃんと考えてるもん。そもそも1000年も生きてきて、こんなの初めてだもの。それにルティスはあのセレンティーナの子孫なのよ? イリスだって知ってるでしょ?」
「え? は、はい。知っているのは名前だけですが。あの伝説の魔女ですよね……?」
「そうそう。あと、こっちのアリシアはドルツェリオの子孫だし、ハンバーグ好きのリアナは光魔法士なのよ? わたくしも驚いたんだよー」
ヴィオレッタが他のふたりを紹介すると、イリスは顔を順に見比べながら目を丸くする。
澄ましていれば凛々しい大人の女性だという印象のイリスだが、ころころと表情が変わる様子がなんとなくコミカルで、ルティスはつい口元が緩む。
「な、なるほど。つまり、ただの人間じゃない、ということですね?」
「うん。だから、ルティスにしつれーなコト言うと、わたくしが怒るよ?」
「は、はい! 申し訳ありません。――ルティス様、大変失礼いたしました」
ヴィオレッタに睨まれたイリスは、慌ててルティスにペコペコと頭を下げる。
「い、いえ。お気になさらず……」
反対にルティスも同じようにイリスに頭を下げる様子を見て、ヴィオレッタは満足そうに頷いた。
ちょうどそのとき、ウェイターが料理を運んできて、テーブルに並べる。
届いたのは、アリシアとルティスの頼んだオムライスが先だ。
見れば、ふわっとしたスクランブル状の卵がたっぷりと乗っているもので、なかなかボリューミーに思えた。
「それもおいしそう……」
ヴィオレッタは、ルティスの眼の前のオムライスを覗き込んで、物欲しそうな目を見せた。
「ヴィオラさん、少し味見してみますか?」
「え、いいの!? もらうっ」
ルティスが聞くと、ヴィオレッタはすぐに身を乗り出して口を開ける。
どうやら食べさせろ、ということだろうと認識したルティスは、スプーンにひと口分を取って彼女に向けて差し出す。
ヴィオレッタはそれをパクっと頬張ると、満足そうに目を細めた。
「んー、おいしー」
「それは良かったです」
ルティスはそのまま自分も食べ始めようとしたが、ふと視線を感じて顔を上げた。
見れば、リアナがじーっと自分のほうを凝視しているのに気づく。
怒っているような顔ではないが、なぜだか背筋がゾクッとするものを感じて、慌てて尋ねた。
「リ、リアナも味見してみます……?」
すると、リアナは表情を緩めてコクコクと頷いた。
「はい、どーぞ」
「あーん」
ルティスがスプーンを差し出すと、リアナはわざとらしく声を出しながら、それを口に含む。
ヴィオレッタとルティスの間接キスを阻止することに成功したことはいったん置いておいて、リアナはしっかりと味を確かめ、飲み込んでから言った。
「なかなか良くできたオムライスです。シンプルな料理とはいえ、卵の加熱具合、味付けも悪くないです。総じて85点というところでしょう。……惜しむらくは、ルティスさんの好みからすると、少しチキンライスの酸味が強すぎるのではないかと思われますね。お嬢様なら気にされないと思うのですが」
「な、なるほど……」
ひと口食べただけで細かく分析するリアナに、ルティスは多少顔が引き攣っていた。
特に、普段料理を食べている相手の舌の好みを把握しているリアナならではの感想には驚きもある。
「それじゃ、俺も食べてみます」
それを踏まえて、ルティスは自分もひと口めを口に含んだ。
すぐに口に広がるトマトの酸味が舌に残り、確かに多少気になるところはあった。
「あ、確かにリアナの言ってること、わかる気がします」
「へー、私にはちょうど良いわよ? 普通に美味しいと思うわ」
先に手を付けていたアリシアは、ルティスの感想に対して意外そうな顔で答えた。
普段、意識せずとも毎日美味しい料理を食べている。
それはリアナの料理の腕によるものだと理解してはいたが、好みに合わせて細かく調整していたことまでは知らなかった。
「いつもみんなの食べるところ観察して、記録してますからね。例えば、お嬢様は好きなものから食べますよね? ルティスさんは満遍なく食べますけど、そのなかでも最初に無くなるのはイマイチだったもの。で、最後のひと口は一番美味しかったものと決まってます」
「えっ、そうなんですか? 知らなかった……」
ルティス自身、指摘されて初めてそのことに気づいた。
確かに、無意識にそういう食べ方をしているような気はする。
「そういうところから、ちょっとずつ味を変えてみて試したりしてるんです、実は」
「すごいですね。そこまでしてたとは」
日々の料理を思い返しても、そんなに違いがあるような気はしていなかった。
ただ、ハンバーグ率が高いこともあって、その印象が強すぎる、ということもあったのだが。
「んふふ、ルティスさんに少しでも美味しく食べて欲しいですから」
少し照れながらリアナが話すが、アリシアはジト目で指摘する。
「あらあら、私は蚊帳の外なのね……?」
するとリアナは慌てて手を振って否定する。
「も、もちろん、お嬢様の舌にも合わせていますよっ! どうしても好みが合わないときは、皿ごとに味を整えたりしてますから」
「へー、さすがマメねぇ」
「えへん。ハンバーグにだけ拘ってるワケじゃないんです」
リアナは弁明しつつも胸を張る。
そのとき、残りの注文を運んできたウェイターが3人の前にハンバーグを並べた。
「ハンバーグ定食、お待たせしました」
熱い鉄板の上に載せられたそれは、まだパチパチと油が跳ねる音が聞こえるほどだ。
「ほほー、これは……っ!」
リアナは食べ始める前に隅々までじっくりと観察していた。
そして、ナイフフォークを手に取ると、いきなり真ん中にナイフを入れた。
切り開いた中の焼き加減と肉汁の状態をチェックしたあと、小分けしたハンバーグをタレにくぐらせて、口に入れた。
「ふむ……」
リアナがじっくりと分析するように味わう横では、ヴィオレッタは深く考えずにバクバクとハンバーグを口に放り込んでいた。
「これもおいしー」
「確かに、これは美味しいですね。人間たちは毎日こんな美味しいものを……?」
イリスもハンバーグを口にして、頬を片手で押さえながら驚嘆していた。
「ねー、城の食事と全然違うでしょ? イリスも料理の勉強してよー」
「そうですね。少し考えさせてください」
小さく頷きながらも、イリスは食事を口に運ぶ手が止められなかった。
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