第120話 王都散策(3)

「……しばらく様子見てましたが、そんな感じには見えませんでしたけど?」


 ヴィオレッタにイリスと呼ばれた女性は、ため息をつきながら白い目を向ける。

 一方、ヴィオレッタは視線を泳がせながら、黙ったまま、どうしようかと思案していた。


「ほら、城に帰りますよ。もう会議も近いんです。わかっておられるでしょう?」


 イリスはヴィオレッタに向けて手を差し出した。

 しかし、それを拒否するように、ヴィオレッタはルティスにぴったりくっついて離れない。


「嫌よ。わたくしが居なくても会議はできるでしょ? イリスが説明しておいてよ」


「またですか。毎回毎回、代理するのも疲れるんですよ。特にあのクソ野郎がウザくて……」


 心底嫌そうな顔をしてイリスが愚痴を溢した。

 はっきりとした顔立ちの美人には間違いないのだが、苦い顔をしているとそれが台無しだ。


 見た感じはティーナと同じくらいの歳に見えるが、ヴィオレッタと話しているということは、恐らく魔族なのだろうとルティスは推測した。

 ただ、ヴィオレッタと同じく、魔力は全く感じない。

 そもそも、これまで出会った魔族も、人間に溶け込んでいるときは感知できなかったのだから。


「あー、ザルドラスならわたくしが滅ぼしたわ。……まぁ、この人たちがほとんど追い詰めちゃってたけど」


 ヴィオレッタは軽い調子で説明しながら、「ねー?」とルティスの腕を引いた。

 それを聞いて、イリスは多少面食らったような表情を見せる。


「え……! ついにやっちゃったんですか? まさか、そのために……?」


「ごめんごめん。話すと絶対止めるもん、イリスったら」


「当然ですよ。はぁ……。それはそれで面倒な……。まぁ仕方ないですね」


 ため息をつきながら、イリスは少し目を細めてルティスたちを観察する。


「……確かに、よく見れば人間にしてはなかなかの魔法士たちですね。ヴィオレッタ様と仲良くしていただいて感謝します」


 改めてアリシアたちに向き合うと、イリスは深く頭を下げた。

 それまでのやりとりに口を挟むことは避けていたが、アリシアがちらっと他の3人を見てから口を開く。


「いえ、こちらこそ、ヴィオラさんには助けてもらってますから」


 「うんうん」と、ヴィオレッタもそれに頷くのがなんとなく可愛く思えて、ルティスがよしよしと頭を撫でると、彼女はうっとりと目を細めた。

 その様子を見ていたイリスは目を丸くしながら、心のなかで呟く。


(……ヴィオレッタ様をこうも手懐けるとは……。何者……?)


 次にルティスが尋ねた。


「ところで、イリスさん――でしたっけ? ヴィオラさんとはどういう?」


 考え事をしていたイリスは、はっと顔を上げて答えた。


「はい。わたしはヴィオレッタ様の部下でございます。基本的に、身の回りのことは全て担当しております」


「そうなんですね。始めまして」


「はい、始めまして」


 ルティスがペコリと頭を下げると、イリスも釣られて頭を下げた。

 それを笑いながら見ていたヴィオレッタが説明する。


「イリスってば、まだたったの200年くらいしか生きてないけど、結構強いのよねー」


「へぇ……。どう見てもヴィオラさんより年上に見えますけど」


 ルティスが聞くと、イリスが答えた。


「ヴィオレッタ様が特殊なんです。個人差はありますが、ふつう魔族は人間の20代くらいの外見まで成長したら、それ以降成長が止まります。そして寿命が近づくと、だんだんと老化していくんです。……ヴィオレッタ様だけですよ、そんな若さで止まったままなのは」


「そうなんです?」


 ルティスがヴィオレッタに確認すると、彼女はうんうんと頷く。


「なるほど。……で、このあとどうします?」


「え、わたくしは帰るつもりなんてぜんぜん無いよ。……だから、イリスあとよろしくー」


「駄目ですよ。せめて会議の日だけでも帰っていただかないと。特にあのクソ野郎がいなくなったなら、なおさら。その代わりを決めないといけないでしょう?」


 食い下がるイリスを見て、ヴィオレッタは口を尖らせた。


「えー……。困ったなぁ……」


 確かにイリスの言っていることも理解できる。

 守護者の一角を自らの手で崩したのだ。

 前回、守護者がひとり人間に倒されたときは、魔族の中でもっとも守護者に近い力を持っていたザルドラスで埋めた経緯がある。

 しかし、それ以降の彼の態度には目に余るものがあり、対応に苦慮していたのが、ヴィオレッタとしても反省点として残っていた。


 守護者を7人と決めたのもヴィオレッタ自身だし、今回も同じように1人補充する必要があるだろうが、誰を選ぶかはかなり難しい問題だった。

 それなのに代理としてまだ若いイリスに任せるわけにもいかないだろう。


「その会議っていつなんですか?」


 悩むヴィオレッタを横目にルティスが尋ねると、イリスが答える。


「はい、次の会議は3ヶ月後を予定しています。まだ多少時間はありますね」


「とりあえず、いったん置いておいて、後でみんなで相談しませんか。……もう昼ですし、食事にしましょうよ。イリスさんもどうです?」


 ルティスの提案に、お腹を押さえたヴィオレッタが「賛成ー!」と手を上げた。


 ◆


「私はハンバーグ定食を」


「あ、わたくしもそれー」


 イリスも連れて、近くのレストランに入った一向だったが、メニューをチラッと見るなり、リアナは真っ先に好物のハンバーグを注文する。

 そしてヴィオレッタもそれに倣った。


「……相変わらずね。昨日の夕食もハンバーグだったでしょ? あ、私はオムライスでお願い」


「じゃ、俺もそれで」


 呆れつつもアリシアは別のメニューを注文するのを見て、ルティスも同じものにした。

 残るはイリスだけだが、彼女は難しい顔をしてメニューを凝視していた。


「うぅむ……。正直、よくわかりません……」


「あー、もしかしてイリスは初めてだったっけ?」


「はい。お恥ずかしながら。来たことはありますが、こういうものは……」


「ふぅん。じゃ、とりあえずわたくしと同じのにしておきなさいよ。ハンバーグ美味しいよ」


 先輩の威厳を見せるように、ヴィオレッタがメニューを指さした。

 それを見ていたリアナも同調する。


「はい。ハンバーグは至高の料理です。……香ばしい肉の香り、じゅわっと溢れる肉汁、そして噛み締めるほどに味わい深く……。ああ……」


「な、なるほど……」


 早くも頭の中でハンバーグを味わっているかのように、口元に涎を滲ませながら恍惚とした表情で語る彼女を見て、イリスは多少引き気味だった。

 しかし、主人であるヴィオレッタが美味しいと言うのなら間違いないだろうと、「では、わたしもハンバーグ定食にします」と注文した。


 料理が届くのを待っている間、別に注文したオレンジジュースを飲みながら、イリスはヴィオレッタに聞いた。


「ところでヴィオレッタ様。どういった経緯でこの方たちと?」


 すると、ヴィオレッタは途端に頬を真っ赤に染めて、もじもじしながら言った。


「えへへ、ルティスが言ってくれたの……。わたくしが必要だって。……それに、もう一緒に寝たし……」


 ――ぶーッ!! ゲホッ! ゴホッ!


 彼女の話を聞いた途端、イリスは口に含んでいたジュースを盛大に吹き出した。


「あー、もったいないー」


 急いで布巾でテーブルを拭くヴィオレッタに、イリスは身を乗り出しながら言った。


「そ、そ、それどういう意味か、当然わかってるんですよねっ!? どうなさるおつもりで……!」


 しかし、ヴィオレッタは平然と答えた。


「わかってるもん。それに……ルティスなら、契約しても良いかなって思ってるし……」


「――!!?!?」


 その言葉が信じられなくて、イリスは頭を真っ白にして言葉を詰まらせた。

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