第119話 王都散策(2)
「えっと、今ある服はその服だけですよね?」
女性物の服を扱っている店に入ってすぐ、ルティスはヴィオレッタに尋ねた。
式典の前もそうだったが、それ以降も、彼女は私服としてはいま着ている白いワンピースしか見ていない。
「ん。あとはドレス1着だけ。……さすがに下着は2日ぶんあるわよ?」
ドレスは式典のときに着ていたものだろう。
周りの参加者が正装ばかりだったため、彼女も目立たないようにドレスは持ってきていたようだ。
ふと、周りを見ると、アリシアとリアナは自分たちの服を見ているのだろうか。近くにはいなかった。
「本当に最小限ですね。……洗うときどうしてるんです?」
「ひとりなら下着で大丈夫だし、魔法ですぐ乾かせるもん」
「あーなるほど」
今はリアナの寝衣を借りているが、ひとりで宿に泊まっているときは、部屋でサッと洗ってすぐに乾かしていたのかと理解する。
もし破れたりしたときはどうするつもりだったのかと思わなくもないが。
「まぁ、わたくしずっと城にいるだけだったから、そもそもあんまり服持ってないのよね……」
そう言いながらも、ヴィオレッタは自分に合う小さめのサイズの服を眺めていた。
その中から、ルティスが何着か、似合いそうなものを並べてみる。
「ヴィオラさんなら何でも似合うと思いますけどね」
「そ、そうかなぁ……」
褒め言葉と受け取ったのか、ヴィオレッタは照れながら、ルティスが並べた服を順に手にとって体に当てていた。
ふと、そこにアリシアが何着か、可愛らしいリボンが付いた服――少し子供っぽく見えるが――を持ってきて、ヴィオレッタに手渡した。
「ほら、ヴィオラさんなら、このあたりも可愛いと思うわよ? あと、どうせならいっぱい買っておきなさいね。あと、下着とか部屋着とか、色々揃えておかないとだから」
「え、ええと……。でもわたくし、お金あんまり持ってない……」
ヴィオレッタは困ったような顔でアリシアに言った。
しかし、アリシアは腰に手を当てたまま、「ふぅ」と小さくため息をつく。
「お金なら気にしないで。私が払ってあげる」
「でも……」
「その代わり、何かあったら助けてもらうから。そう思ったら安いものよ」
有無を言わさずにアリシアは「じゃ」と片手を上げて、またどこかに去って行った。
ヴィオレッタは戸惑いながらも、アリシアから渡された服を広げて、ルティスに聞いた。
「に、似合いそう? ちょっと恥ずかしいけど……」
「ええ、可愛いですよ」
「そう……? じゃ、これも買うね」
嬉しそうにカゴに服を入れていく様子が微笑ましい。
ある程度見繕ったところで、ヴィオレッタはルティスに言った。
「このくらいかな。……次は下着かな。行こ」
「え? それは自分で選んでくださいよ」
「ダメ。行くよー」
慌てて否定したルティスだったが、ヴィオレッタは強引に彼の腕を掴んで引っ張った。
もちろん、力が強いわけではない彼女の手など振りほどくことは容易いが、ご機嫌で歩くヴィオレッタに水を差すわけにもいかず、黙って下着コーナーに連行されることになった。
◆
「ふー、買ったわねぇ」
4人は会計を済ませて店を出た。
全ての支払いはアリシアの指示でリアナが行っていた。基本的に、お金の管理もリアナの仕事だからだ。
一番多く買ったのはもちろんヴィオレッタだが、なんだかんだとアリシアとリアナも何着かの服を買っていたようだ。
ヴィオレッタの荷物が小柄な彼女には手に余る様子だったこともあり、ルティスが代わりに両手に下げた。
ふと、リアナがルティスに寄ってきて耳元で囁く。
「んふふ、今晩は楽しみにしていてくださいね」
「は、はい……」
いまいちその意味がピンと来なかったが、とはいえルティスには肯定するしか選択肢がなかった。
「とりあえず、一度帰りましょ。これだけの荷物持って歩くのは大変だから」
アリシアに促されて、4人は一度家に帰ることにした。
◆
一度帰ったあと、せっかくだからとヴィオレッタは買った服に着替えていた。
選んだのは黒と白のモノトーン調だが、短めのスカートがふわっと広がっているものだ。
これまで長めのスカートに隠されていた細い足がよく見えるのが印象的だ。
「……ちょっと短い気がするんだけど、大丈夫かな?」
真っ先にルティスに見てもらいに来たヴィオレッタは、スカートの裾を気にしながら頬を赤らめた。
「大丈夫ですよ。似合ってますよ、ヴィオラさん」
「そ、そう? えへへ、良かったー」
ヴィオレッタは嬉しそうにしながらくるっと回ると、スカートがふわっと広がり、太ももの付け根ぎりぎりまで見えそうになる。
慌ててルティスがそれを制止する。
「そ、外でやっちゃダメですよ、それ。下着見えます……」
「あ……! うん……」
恥ずかしそうにしながらも、褒められたのが嬉しかったのか、すぐにルティスの腕にしがみついた。
「じゃ、行きましょう。みんな待ってますから」
「うんっ」
1階に降りると、先に来て待っていたアリシアとリアナがいた。
ふたりとも、さっき出かけたときの服のままだ。
「へぇ、いいじゃないの。……それじゃ、行きましょ」
ヴィオレッタの服を見たアリシアは感嘆しつつも、声を掛けて玄関に向かった歩き始めた。
先ほどと違って、今度はヴィオレッタがルティスから離れないため、仕方なくアリシアとリアナが先に歩いて、ふたりはその後を続く。
「それで、どうします?」
ルティスは後ろからアリシアに声をかけた。
どこに向かうのか、全く決めていなかったからだ。
「そうね、ヴィオラさんに服以外で要るものってないかしら?」
「んー、特にないけど……。――って。……ヤバっ……!」
アリシアの質問に首を傾げたあと、ヴィオレッタはなにかに気づいたのか、ルティスに隠れるように身を隠した。
どうしたのかと、彼女がじっと見ているほうに視線を向ける。
そこにはヴィオレッタより年上に見える若い女性がひとり立っていて、こちらをじっと見ていた。
「待てど暮らせど帰ってこないと思って探しに来てみれば……。なにやってるんですか。ヴィオレッタ様」
その女性はヴィオレッタを見て、呆れたような顔でため息をついた。
「イ、イリス……! べ、べつに何もしてないからっ。そ、そう! この人間達を操って、世話させてただけよっ!」
そう弁明したヴィオレッタは、掴んでいたルティスの腕にぎゅっと力を入れた。
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