第118話 王都散策(1)

「ヴィオラさん、入りますよー」


 ルティスはヴィオレッタの部屋の扉をノックしたが、返事がなかったため、悪いとは思いながらそのまま部屋の扉を開いた。

 部屋に入ると、ベッドの真ん中で丸まったまま、まだぐっすりと寝ているヴィオレッタがいた。


「……すぴー」


 近づくが起きる気配は全く無い。

 魔族最強と言われる少女にも関わらず、こんな無防備で本当に大丈夫なのだろうかと心配になるほどだ。

 例えばルティスがいまナイフでも持っていようものなら、簡単に暗殺することすらできそうに思えた。


(それとも……もし俺が殺気とか出してたら気づくのかな……?)


 もちろん、それを確かめる気はないのだが。


 ルティスは彼女のベッド脇に腰かけて、じっとヴィオレッタの寝顔を観察する。

 完全に熟睡しているようで、ゆっくりと息をするたびに胸が上下しているのがはっきりとわかる。


 とはいえ、起こすために来たのだ。

 できるだけ驚かさないよう、彼女の耳元で囁くように呼びかける。


「ヴィオラさん、起きてください……。朝ですよ……」


 ――ピクッ。

 声に合わせて眉が少し反応したが、起きる気配はなかった。

 仕方なく、そっとヴィオレッタの頭に手を伸ばして、よしよしと撫でる。


「……んん……?」


 すると今度は反応があった。

 ゆっくりと瞼を開けた彼女と目が合う。

 まだ寝ぼけているのか、しばらくぼーっとルティスの顔を見ていたヴィオレッタだったが、やがて両手を彼の背中に伸ばしてぎゅっと抱き寄せた。


「ふにゃー……」


 そして彼の胸に顔を埋めて目を閉じたかと思えば、すぐに「すーすー」と寝息が聞こえてきた。


「ちょ、ヴィオラさん……!?」


 慌てて呼びかけるが、全く反応がないうえに、あまりにも気持ちよさそうな顔をしていて、強く言うのも躊躇してしまう。


(ちょっとだけなら……)


 そう思ってしばらく様子を見ていると、ヴィオレッタから伝わる温もりが心地よくて、ルティスにもだんだんと眠気が襲ってきた――。


 ◆


「……遅いですね」


「そうねぇ。これはミイラ取りになったパターンかな……」


 ルティスがなかなか帰ってこないことをリアナが渋い顔で呟くと、アリシアは呆れた顔で答えた。

 起こすことに失敗したなら、ひとりだけでも帰ってくるはずだ。それがないということは、そのまま捕まったとしか思えない。


「ふー。ルティスさん、優しいですからねぇ……」


「仕方ないわねぇ……。どうする?」


「どうにも。……氷漬けにしたところで意味ないでしょうし、待つしかないんじゃないです?」


「はぁ。ま、そうしましょうか」


 アリシアがため息をつくと、リアナはすっと立ち上がって笑う。


「それじゃ、私は食後のお茶を淹れてきますね。のんびり待ちましょう」


 そう言って厨房に行った彼女を目で追ってから、アリシアはルティスがいるであろう2階のほうを見上げた。


 ◆


 結局、ルティスがヴィオレッタと共に食堂に戻ってきたのは、それから1時間ほど経ってからのことだった。


「……すみません」


 平謝りするルティスとは対象的に、ヴィオレッタは機嫌良さそうに、彼の後ろにくっついていた。


「おはよー」


 その屈託のない笑顔を見ていると、リアナも怒る気が失せて、「仕方ない」という表情で口を開ける。


「おはようございます。お茶、飲みますよね? 少し待っていてくださいね」


「うん。ありがとう」


 礼を言いながらヴィオレッタは椅子にちょこんと座る。

 それを待ってから、アリシアが軽い調子で聞いた。


「ねぇ、ヴィオラさん。あなた服とか全然持ってないでしょ? 今日、私達も休みだから、みんなで街に出かけない?」


「ふにゅ? んー、どうしようかな。……ルティスは行くの?」


 突然のことに少し戸惑いながらも、ルティスに顔を向けて尋ねた。


「もちろん、ヴィオラさんが行くなら行きますよ」


「なら、わたくしも行くっ!」


 ハイッ、とヴィオレッタは手を上げて同意した。


 ◆


 結局、ヴィオレッタが朝食を食べ終わるのを待って、4人で王都の街に出かけた。

 ライラは、もしティーナが起きてきたらと心配して、留守番することを自ら選択した。

 もっとも、皆に気を遣ったのだろうことは容易に想像できたのだが。


 先頭をルティスとアリシアが先導して、その後ろをリアナとヴィオレッタが続く。

 珍しいのか、ヴィオレッタはキョロキョロと周りを見てばかりだ。


「まずはどこに行きます?」


 ルティスがアリシアに尋ねる。


「そうね。まずは一番の目的から済ませましょう。その後はぶらぶらと。荷物が増えたら一度帰っても良いし」


「一番の目的って、ヴィオラさんの服ですか?」


「もちろん。……似合う服、選んであげてね」


 含んだような口調でアリシアが言うが、ルティスは頭を掻いた。


「いやぁ、そういうのは苦手で」


「大丈夫よ。ルティスさんの選んだ服なら、喜んで着てくれるわよ、きっと。――ね、ヴィオラさん?」


「ふわ?」


 ヴィオレッタは突然振られて驚いた顔を見せる。

 周りばかり見ていて、ほとんど話を聞いていなかったからだ。


「ふふっ、こっちの話よ」


「ふぅん……」


 よくわからないが、気にしないことにしていると、今度はリアナが話しかけた。


「そういえば、式典のちょっと前、ルティスさんとふたりで街に出かけたときなんですけど。ヴィオラさんを見かけたって言ってましたね、ルティスさんが。あのときひとりで何してたんです?」


 しかしそれにヴィオレッタより先にアリシアが反応した。


「え、それ聞いてないわ。リアナったら、いつの間にそんな抜け駆けしてたのよ」


 しまった、と言う表情をしたリアナは慌てて弁明する。


「え、ええっと。……ちょ、ちょっと食材を買いに行っただけですよ。荷物を持ってほしかったので……」


「ふーん、絶対ウソね。私に隠しごと、できるわけないって知ってるでしょ?」


「ふぐぅ……。ま、まぁいいじゃないですかっ。その話はっ! それよりヴィオラさんの話ですって!」


 必死で話を逸らそうとするリアナが面白くて、横で聞いていたヴィオレッタが「ふふ」と笑う。


「式典の前ね。なら、ただ単にザルドラスがどこかにいないかなーって探していただけよ。式典より先に見つけられれば楽だったから。……結局、歩き疲れただけだったけれど」


「そうだったんですね。じゃあ、買い物とか観光してたとかじゃないんですね」


 ルティスが聞くと、ヴィオレッタは頷く。


「ええ。買ったって、持って帰るの面倒なだけだもん。あと、観光のために来たんじゃないから……」


「なるほど……」


 それは当然と言えば当然だろう。

 もともと彼女が王都に来た目的を考えると、無駄なことをする必要はないのだから。


 しかし、今は目的を果たして、自由に過ごしている。

 楽しそうにしている様子を見ていると、魔族領に帰ろうとする彼女を引き留めて本当に良かったと思えた。


「……とりあえず、このあたりの店に入ってみましょ」


 そんな事を考えていると、アリシアは見つけた一軒の店を指さして、皆に声を掛けた。

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