第117話 朝の会話

 翌朝、ルティスが目を覚ますと、まだアリシアは彼に抱きついたままぐっすりと寝ていた。

 いつもならば彼女のほうが先に目を覚ましていて、時間をみてルティスを起こすパターンなのだが、昨日は忙しく疲れもあったのだろう。

 しかし、ルティスが目を覚ましたときの僅かな動きで、アリシアも「んぅ……」と小さな声と共に身じろぎした。


 寝ている間に乱れないように緩く束ねたアリシアの髪を整えるようにそっと手を這わせると、彼女はうっすらと目を開けた。


「……もう朝?」


「はい。いつもならそろそろ起きる時間ですね」


「そう……」


 囁くような小さな声でやりとりしたあと、アリシアはまた目を閉じる。

 ルティスに髪を撫でられているのが気持ちよくて、まだ起きたくないという気持ちのほうが大きかった。

 目を閉じたまま、彼の胸に這わせていた手をそっと動かして、愛おしい彼の頬を撫でた。


「今日もまだお休みだから、もう少しゆっくりさせてもらっても良いわよね……?」


「俺は構いませんよ。……リアナならアリシアと同じこと言うと思いますし」


 ルティスが笑いながら応えると、アリシアはまた薄目を開けて同じように笑う。


「ふふっ、そうね。あの子ったら真面目なんだか、不真面目なんだか」


「あはは、最初会った頃のリアナはすごく真面目に思ってたんですけどね」


「やらないといけないことは物凄く真面目にやる子ね。というか、頑固すぎるくらい。……そうじゃないことはちょっと適当」


「ですね。よくわかりました。……でも、それが可愛いんですよねぇ」


 リアナの場合はオンとオフのギャップが大きくて、それが彼女に惹かれた理由でもある。

 どちらかと言うと、オフのほうの彼女が本性だということも今は知っているけれども。


 アリシアはルティスに尋ねた。


「それじゃ、私はどう?」


「アリシアは変わらず優等生ですね。ただ、性格は第一印象と違いましたけど」


「そう? 学校じゃ猫かぶってただけね」


「屋敷でも最初はそうでしたよ。……まぁ、でも昨日でアリシアの印象がまたすごく変わりましたけど」


 ルティスは苦笑いしながらアリシアに言った。

 いまいちその意味にピンと来なかったのか、アリシアにしては珍しく不思議そうな顔を見せた。


「……昨日? 昨日のどのあたり?」


「えっと、ゲームのときとか。あと、カレッジ休んで……ってのも、アリシアはそんなタイプじゃないって思ってましたから」


「なるほどね。……ま、私もお父様の血を引いてるから。真面目に仕事してるけど、根はすっごく遊び人よ。ふふっ」


「ですね。……で、リアナにもそれが受け継がれてる、と」


 ふたりの父であるセドリックの顔を思い出す。

 意外と奔放な性格だと思っていたが、かつて王都に留学していた話を聞いて、その印象は更に強まっていた。

 ましてや、そのときの留学中にできた娘ふたりが、いま自分と共にいるアリシアとリアナなのだから。


「そうね。……じゃ、ヴィオラさんはどうかしら? なんとなくわかってきた?」


 ふと、アリシアはヴィオレッタのことに話を振った。

 ルティスは既にかなり彼女と話をしていたが、アリシアはそれほど話をしていなかったこともあって、興味があった。


「ヴィオラさんは……まだ良くわからないんですよね。ただ、俺にはすごく素直な子に思えますね。表裏がないというか」


「わたしたちと違って?」


「はい。って言ったら申し訳ないですけど、そうですね」


 もちろん、アリシアもリアナも立場上のことからきていて、嘘をついたりするような、そういう表裏があるわけではない。


「別にそれで怒ったりはしないけどね。……ヴィオラさんは私からみても、なんか可愛いなぁって思うもの。でも、素直なのはルティスさん相手だから、じゃないかしら?」


「そうですかね?」


「ええ。それだけ信用されてるんでしょ。……そうでなきゃ、一緒に寝てくれたりしないわよ。寝てる時が一番無防備なんだから」


 ルティスは昨日のことを思い返す。

 あのとき、ヴィオレッタは小さな子供のように、なんの警戒もなく自分のベッドですやすやと寝ていた。

 彼女からも「よく寝られた」と聞いていたし、それは嘘ではないのだろう。

 当然、信用していない者――ましてや人間と――夜を共にするなど、よほどのことがなければありえないだろう。


「……そうですね」


 ルティスが深く頷くように呟くと、アリシアはそこで口を閉じた。


 ◆


 それからしばらくすると、空気を読んでいたのだろうか。

 リアナから普段より遅めの朝食の呼び出しがあり、ふたりはそれぞれ準備をして食堂に降りて椅子に座った。


「おはようございます」


 すぐにライラがテーブルに簡単な食事を並べる。

 今日はトーストされたパンとサラダ。それにちょっとしたプレートにベーコンやソーセージなどが載せられていた。


「ありがとうございます、ライラさん」


「いえいえ」


 テキパキと仕事をするライラを見ていると、手慣れたものだと感心する。

 そこに足音を立てずに背後から近づいたリアナが、唐突に椅子越しにルティスの背中から抱きついた。


「おわっ!」


「おっはよーございます」


「リアナ、びっくりした。……おはよう」


「んふふ。……ライラさんの仕事っぷりも、もう少しで見納めですよ」


 リアナはそう言いながら、後ろからルティスの肩に顎を乗せつつ、頬ずりする。

 ルティスが手を回して彼女の頭をわしゃわしゃと撫でるのを、アリシアはいつものことだと思いながら呆れて眺めていた。


「え? ということは」


「ですね。私も今朝、ライラさんから聞きました」


 リアナは頭を撫でられて気持ちよさそうに頬をほころばせながら答えた。

 それを聞いて、アリシアが反応する。


「あら、そうなのね。そっか……。寂しくなるわね」


「ティーナさんも帰るって話ですしね」


 ルティスも同意する。

 ライラがこの洋館から居なくなり、ティーナが村に帰るとなると、残るのはアリシアとルティス、そしてリアナの3人にヴィオレッタを加えた4人になる。

 とはいえ、もともと王都では3人で暮らすつもりだったことを考えれば、ヴィオレッタが増えたぶん、まだ多いのだが。


「そうね。……ところでヴィオラさんは?」


「まだ起きてきてませんね。ルティスさんがデートにでも誘えば、すぐ起きるんじゃないです?」


 含んだような言い方でリアナが答えた。

 しかし、それに返したのはアリシアだった。


「それ良いわね。ヴィオラさんの服とかも全然無いじゃない? カレッジの休みも今日までだし、街に行きましょうよ」

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