第115話 交渉
一方――。
「ふー、これは作戦を考えねばなりませんね……」
湯船にゆっくりと浸かりながら、リアナは独り言のように呟く。
誰に話したつもりでもなかったが、同じ浴槽にいたアリシアが反応した。
「作戦? なんの?」
「あ、ええと……。それはヴィオラさんですよ、もちろん。今もルティスさん、あの方の部屋にいるみたいですし」
リアナがルティスの魔力を辿ってみたが、正確な位置はわからないけれども、どうも自室にいる雰囲気でもなく。
となると、ヴィオレッタの部屋に行っているのだろうと予想できた。
「そうねぇ……。付かず離れずってのが理想だけど、感情って自分じゃコントロールできないもの。……それはリアナもよーくわかってる思うけど?」
「むぅ……。わかってますよぅ」
アリシアに指摘されて、リアナは口を尖らせる。
リアナ自身、ずっと我慢していた反動もあって、冷静になれないほど爆発させてしまった経験がある。
今は多少落ち着いてはいるものの、その気持ちは変わらない。
「ま、それは良いとしましょう。……作戦だったわね」
「はい。……お嬢様には妙案ありますか? 正直、私には思いつかなくて」
心境を吐露しながら、リアナはため息をつく。
ヴィオレッタと話していて、素直で信用できる娘だということはわかっている。
けれども、ことルティスのことになると、彼女には力でも敵わないし、立場としても立ち回りが難しくて困っていた。
一晩ふたりきりにさせたのが失敗だったのかもしれないとも思うけれど、今からではどうしようもない。
「そうねぇ……。ヴィオラさんは子供っぽいところがある意味、武器よね。でも、私の感覚だけど、意外とルールとか秩序は守るタイプに思えるのよね」
「なるほど……?」
いまいちアリシアのその感覚とやらはわからないが、彼女の観察眼が間違いないということはよく理解していた。
「だから、今のうちにルール決めて、型にはめてしまった方が安全だと思うの。手をこまねいていると全部持っていかれてしまうわ」
「そうですね……。では、具体的にどうします?」
「まず3人で持ち回りなら、たぶん納得させられるとは思うけどねぇ……」
「うみゅぅ……。3日に1回ですかぁ……」
リアナは湯船に口まで浸かると、ぷくぷくと口から泡を吹き出す。
やむを得ないと思わなくもないが、会える頻度が下がるのは辛くて。
「じゃ、毎晩カードでゲームして決めるとか?」
「ぶー。それ、お嬢様しか勝てないやつじゃないですか。せめて魔法の早撃ち競争で……」
「ヴィオラさん相手でも、その勝負ならリアナが勝ちそうな気もするわね」
「ま、やってみないとわかりませんけどね……」
魔力では勝負にならないだろうが、発動の早さと正確さには自信を持っていた。
一対一での魔法戦ならば、威力よりも手数が効果があることもあり、徹底的にそれを鍛えていたからだ。
「まぁ、勝負ごとで決める場合、勝てば良いですけど、負けると余計辛いですし。良い案とは言えませんね……」
「そうね。……それじゃ、こんなのはどう? 夜とは別に、お風呂でルティスさんの背中を流す役を作るとか」
「ふむふむ……?」
アリシアの案を聞いて、リアナは頭の中で思い浮かべて、にんまりと笑みを浮かべる。
「リアナ、よだれ垂れてるわよ?」
「……ふにゃっ!?」
アリシアに指摘されて、リアナは慌てて口元を手で拭った。
お風呂のお湯と区別がつきにくいが、確かに自分の口から出た液体に思えて、頬を染めた。
「ふふっ、じゃそのセンで交渉しましょうか」
アリシアも不敵な笑みを浮かべながら、しっかりと肩まで湯船に浸かりなおした。
◆
「ヴィオラさん、ちょっと相談があるんだけど、良いかしら?」
ふたりの次にお風呂に入ったヴィオレッタが浴室から出てくるのを見計らって、アリシアは声をかけた。
上気した肌と、まだしっとりとした長い黒髪が艶めかしく思えて、同性とはいえ思わずごくりと喉を鳴らす。
声をかけられたヴィオレッタは、タオルで髪を拭きながら、きょとんとした顔を見せた。
「ふゆ? なにー?」
「冷たい水出しのお茶入れてあるから、飲みながら話しましょ」
「ん、いいよー」
風呂上がりで上機嫌なのだろうか。
軽い調子で頷くと、アリシアに連れられてサロンの椅子に腰掛けた。
すぐにリアナが氷の入った冷たいお茶を皆の前に並べる。
喉が渇いていたのだろう。ヴィオレッタはすぐにそれを手にして、喉を鳴らす。
「んー、美味しい。……で、相談って?」
「ええ、実はルティスさんのことなんだけど」
「ルティスの? なになに?」
不思議そうに首を傾げながらも、彼の名前を聞いて少し前のめりに座り直した。
この食いつきを見ていると、彼に好意を持っているのが傍目にもすぐにわかる。
「実はね、ヴィオラさんは知らないと思うけど、私とリアナ、それとルティスさんの3人で決めたルールがあるの」
「ルール?」
「ええ。それはね、私とリアナは毎日交代でルティスさんと一緒に寝ているの。……昨日のヴィオラさんみたいに」
「……んー?」
ヴィオレッタは一瞬理解が追いつかなくて、視線を斜め上に向けながらアリシアの言葉を反芻する。
しかしすぐにイメージが浮かんだのか、お風呂上がりで上気した頬が、更に赤く染まっていく。
「ね、寝る……って、その……」
「それは想像にお任せするわ。……でもこのままじや、ヴィオラさんが可哀想だから、それに混ぜてあげようかと思うのだけど、どう?」
「混ぜるって……。わたくしとルティスはまだ……そんな……」
真っ赤になって頬を両手で押さえたヴィオレッタは、目を閉じて首を振った。
昨晩同じベッドで寝たとはいえ、ただ話をしていただけだ。もちろん、そうなっても良いとは思っていたけれども……。
「あら、そうなの? それじゃ、この話はなかったことにする? 私はそれでも良いけれど……」
アリシアはわざとらしく話を切り上げようとすると、ヴィオレッタは慌てて首を振った。
「だ、ダメっ! わたくしもっ」
ヴィオレッタの頭の中では、ここで引き下がったら後がないという焦りでいっぱいだった。
逆にアリシアにしてみると、彼女が冷静になったあと、全部持っていかれるのを避けるために、あえてメリットがあるように見える提案を出すという作戦だった。
アリシアは一転してしんみりと告げる。
「そう。……わかったわ。私たちもルティスさんと会える頻度が減るのはすごく辛いけど、ヴィオラさんのために我慢するわ」
「……うん。ありがとう」
アリシアが納得したのを聞いて、ヴィオレッタはほっと胸を撫で下ろした。
その様子を見て、アリシアが続ける。
「あと、これはまだルティスさんと相談できてないんだけど。交代でルティスさんの背中を流す権利を付けようかと思うんだけど。もちろん、ひとりでお風呂入りたければそれでも良いわ」
「ほわぁー」
いきなり飛躍していって、全く実感の湧かない話に、ヴィオレッタはぽかーんと口を開けた。
ただ、この目の前のふたりは、それほどルティスとの関係が深いのだということだけはわかる。
同時に、急に焦りを感じて唇を噛んだ。
(な、なんかよくわからないけど、わたくしも負けないから……!)
ヴィオレッタはそう決意する。
その表情を見ながら、ひと言も言葉を発しなかったリアナは、アリシアの交渉術に舌を巻いていた。
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