第113話 ティーナの提案
「あ、リアナの……」
顔を上げたヴィオレッタは、立ったままのアンナベルを見て呟いた。
彼女ならば、来客がいることくらいわかっていてもおかしくないが、さほど気にしていなかったのだろうか。
しかも見られていることも気にせず、さらに次のひと口を運ぶと、もぐもぐとケーキを味わっていた。
しばらく驚いた顔でヴィオレッタを見ていたアンナベルは、彼女がケーキをごくりと飲み込んだタイミングを見計らって、恐る恐る口を開く。
「ヴィオラ……さん?」
「……ふゆ? わたくしに何か用?」
「い、いえ……。まだここに居られたのですね」
「ん。ルティスが居て欲しいって言うから。ねー?」
「あはは……。そ、そうですね」
ヴィオレッタはルティスに同意を求めるように顔を向ける。
確かにそれは間違えているわけでもなく、ルティスも苦笑いしながら頷いた。
「それにご飯美味しいし」
「な、なるほど……」
アンナベルとしては、ヴィオレッタに聞きたいことは山ほどあった。
しかし、面と向かってみると、緊張して言葉が出てこない。
気負わずに話をしているルティス達が不思議なほどに。
そんなアンナべルの様子を気遣って、アリシアが声をかけた。
「先生のぶんもケーキありますから、座りませんか? ……ライラ、新しくお茶淹れてもらえる?」
「はい、承知しました」
ライラが厨房に出ていくのを目で追ってから、アンナベルが空いた椅子に腰掛けると、リアナもそれに倣った。
「ねー、リアナ。わたくしにも作りかた教えて。覚えたいの」
「はいはい。そんなに難しくないですから、すぐ覚えられますよ。私ももともとはお母様に教わったんです」
「へー。リアナのお母さんって、すごい?」
「私よりは。料理も魔法も、まだまだ敵いません」
「ふぅん……。確かにリアナより多少魔力はあるみたいだけど」
ヴィオレッタはアンナベルに興味を持ったのか、フォークを咥えたままで、じっと観察する。
その薄紫の瞳に見つめられると、心の奥底まで見透かされそうな気がして、冷や汗が出てくる。
「……別に食べたりしないよ。そんなに緊張しなくても」
ヴィオレッタは残念そうに呟くと、アンナベルから視線を逸らした。
◆
結局、そのあとちょっとした雑談程度で、アンナべルは帰っていった。
そして、夕方になり、リアナとライラが夕食を作っているころ、眠そうにしたティーナが部屋から出てきた。
「ふわぁ……。よく寝たわ……」
大きなあくびをしながら食堂に現れたティーナは、アリシアと話していたルティスに声をかける。
「あのね、ルティスさんも時間魔法覚えたし、私もそろそろ家に帰ろうと思うのよね。……どう思う?」
ルティスは突然のことに驚きの声を上げた。
「え、覚えたばっかりでまだまだですけど、俺……」
「でももう一通りは使えるみたいだし、あとは実践で身につくと思うのよね。これ以上、私からそんなに教えることないし」
「そうなんですね……。でも、リアナの魔法とかは……?」
確かに自分の時間魔法は、詠唱などもなく感覚で覚えるようなものだ。
しかし、ティーナには同時にリアナも師事していた。
「それなら、私よりヴィオラに習ったほうが間違いないでしょ。あの子以上に使いこなせる魔法士なんていないんだから」
「なるほど……」
ルティスもリアナから聞いていた。ヴィオレッタが光魔法を操っていたことを。
本人からもあの紫の魔女の娘だと打ち明けられていたし、そう考えると光魔法を使えないティーナよりも適任なのは間違いない。
「……えー、面倒なんだけど」
――と。
ティーナのあとから食堂に現れたヴィオレッタが、話を聞いていたのか、口を尖らせた。
「別に良いじゃないの。あなただって、タダで居候させてもらうのは悪いと思うでしょ?」
「う……」
「それに私はもともとひとりでのんびりするのが好きなの。だから私と交代ね」
「うぐぐ……」
言い返せないヴィオレッタに、ティーナは「ふふん」と鼻息を粗くする。
その顔を見て、ずかずかとティーナに近づいたヴィオレッタは、眉をピクピクとさせる。
「せ、せめてあんたの子孫くらい、しっかり鍛えなさいよ。無責任でしょ」
「私が鍛えなくてもルティスさんはそのうち強くなるわよ。――あぁ、心配ならあなたが契約してあげたら? 万事解決じゃない」
アリシアとルティスにはなんのことか全くわからなかったが、ヴィオレッタはティーナの言葉を聞いてピタッと固まった。
しばらく口だけパクパクと動かしていたが、突然動き出したと思うと、ティーナに向けてビシッと指を向けた。
「――な、な、なんでセレンティーナがそれを知ってるのよ!」
「伊達に長く生きてないからねー。……で、どう? いい考えじゃない?」
「むー」
ティーナは顔をにんまりとさせながら、手をひらひらと動かしてヴィオレッタをからかう。
ヴィオレッタは口を尖らせて黙っていたが、ルティスはその意味がわからなくてティーナに尋ねた。
「『契約』ってなんですか?」
「ええと、そういう魔族の魔法ね。それを結んでいれば、契約者同士近くにいれば、多少の魔力の融通が効くみたい」
「へぇ……。なんか便利そうですね」
ルティスは感嘆の声を上げる。
いまいち理屈などはわからないが、つまり魔力が共有できるということなのだろうと理解した。
「それはそうだけれど……。セレンティーナは、当然その意味、わかって言ってるわよね?」
「まぁ、ある程度は」
「……なら、そんな簡単に言わないで」
「ぶー、良い考えだと思ったのに……」
ヴィオレッタに諭されて、ティーナは不貞腐れた顔をする。
当然、どんな『意味』があるのかもわからないルティスは顔に疑問を浮かべるが、この場ではそれ以上聞くことをやめた。
しかしすぐに気を取り直したティーナは、顔を上げてアリシアに話す。
「ま、それはそれとして。私がいなくてもヴィオラがいれば心配ないでしょ。ずうっと魔力抑えてるのも疲れるし、一度村に帰るわね」
アリシアとしても、少し考えたが断る理由も思いつかず、首を縦に振った。
「わかりました。でも、一応リアナにも聞いてもらえれば。あと、帰る前に部屋は片付けてくださいね」
「う……。部屋そのままじゃ……ダメ?」
もちろんだと強く首を振るアリシアとルティスの顔を交互に見て、ティーナは引き攣った顔をする。
「……じゃ、3日くらいちょうだい。頑張るから」
ティーナは散らかった自分の部屋を思い浮かべて、3日で片付けが終わるだろうかと試算した。
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