第112話 続・母娘会談

 アンナベルは更に続ける。


「リアナは、私がルティスさんをお嬢様の屋敷に送り込んだ理由がわかる?」


「えっと……?」


 あまり考えたことはなかったが、ティーナの話だと、アンナベルはルティスが時間魔法の素質を持っていることに最初から気づいていたはずだ。

 となると、そこになにかの考えがあることは予想できたが、理由までは思いつかなかった。


 ルティスを鍛えたのはアリシアの希望だったし、そこに母の意思が入っているとは思えなかったからだ。


「実はね、ルティスさんの両親に借金があろうがなかろうが、あなたに預けるつもりだったのよ。なんだかんだと理由をつけてね」


「そうなんですね……」


 となると、やはり自分とルティスが出会ったのは、母の目論見通りだったということか。

 しかし、たとえそうであったとしても、今となっては感謝をする気持ちはあっても、嫌だと思う気持ちは全くない。


 アンナべルは真剣な表情で続けた。


「……もともと私はね。魔王が封印されている今のうちに、守護者をも打ち破れる魔法士を育てたかったのよ。先生に何かあったら終わりだもの」


「守護者を、ですか……」


 魔族に対抗する手段を探していた自分たちにとって、突然スケールの大きい話が出てきて息を呑む。

 アンナベルは、ただの魔族ではなく、最強の魔族の称号である守護者まで視野に入れていたのだと。


 しかし、そうなると疑問が浮かんできた。

 わざわざ自分たちの判断に任せるよりも、アンナベルが直接鍛えることもできたし、ティーナを紹介することもできたはずだから。


「……でも、それなら私たちを王都に行かせる必要はなかったのでは?」


「そうね。私がレールを敷いても良かったのだけれど、やる気になってるみたいだったから、あえてね。……それにもし、光魔法と時間魔法の素質を両方持つ子供ができたらどうなるか興味もあったから。ふふ」


 急に表情を緩めて、アンナベルは笑った。

 多少ぼかしているが、それはリアナとルティスに子供ができた場合、どんな素養を持った魔法士になるのか、という意味なのは明白だ。


 それを頭の中で思い浮かべたリアナは、瞬間湯沸かし器のように一気に顔を真っ赤にする。


「わ、私は……! そ、そ、そんな……っ!」


「まぁ、まだそれは早すぎるから気をつけて欲しいけれど、私もあまり言える立場じゃないし。……それはそれとして、私の目論見通り、今は守護者相手にも戦えそうなくらい成長してくれた、ということね」


「は、はい……」


「ただ、ヴィオレッタを味方につけられれば随分と楽になったでしょうに。……あのクソ女のせいで……!」


 突然顔を歪めて悪態をつくアンナベルを見ると、あの夕食会のときに酔っ払っていた姿を思い出す。


(……もしかして、お母様のがあのとき出ただけなのでは……?)


 もちろん口にはしないけれども、リアナはごくりと唾を飲み込んだ。

 意見しようものなら、矛先が自分に向かわないとも限らない。


「…………」


 リアナが黙っていると、アンナベルは表情を緩めて続けた。


「ま、終わったことは仕方ないわ。……だから、あなたたちは羽を伸ばしすぎずに、しっかりと勉強しなさいね。私より強くなって戻ってきてくれると信じているわ」


 アンナベルはテーブルに身を乗り出すように手を伸ばすと、そっとリアナの頭を撫でた。


「お母様……」


「私の伝えたかったことはそれだけよ。……さ、アリシアに挨拶したら、私は帰るわね」


 言いながらアンナべルは椅子から立ち上がった。


 ◆


 ――その少し前。

 アリシアとルティス、そしてライラの3人は、サロンでお茶を飲みながら雑談していた。


「――それにしても、フェリック君ももっとストレートに言えば良いのにねぇ……」


「ええと、それはどういう意味でしょう……?」


 アリシアの言葉の意味がわからず、ライラが聞き返す。


「そりゃ、ライラが好きなんだったら、そう言えば良いのにって、コト」


「……えっ!? まさか……それはないでしょう……?」


 ライラは全く予想外だったのか、目を丸くしながら否定した。


「なーに言ってるの。私から見たらモロバレよ。ルティスさんだってそう思うでしょ?」


「え、どうでしょう……? 俺、そういうの苦手で……」


 急に振られたものの、ルティスにはいまいちわからなくて曖昧な返事を返した。


「えー、もっとよく観察しないとダメよ? 今度聞いてみたら? ――きっと真っ赤になってこう言うわ。『ぼ、僕は……そんな……!』って。ふふっ」


「……アリシアさん、声真似上手すぎでしょう」


 アリシアがフェリックの声真似をしたのがあまりに似ていて、ルティスは彼女の意外な特技に驚きを隠せなかった。


 そのふたりのやりとりを見ながらも、ライラはこれまでのフェリックの言動を思い返していた。

 確かに、自分の出身であるムルラン地域に行った頃から、まめに気にかけてくれていたようには思う。

 とはいえ、それが自分に対する好意なのかどうかと言うと、正直よくわからなかった。


「それに、エドワードさんの仕事だって、募集すればいくらでも希望者はいるわ。王宮の中で働くなんて、手伝いとはいっても普通はエリートしか無理よ?」


「そうなんですね……」


 話を聞いたときは、そんな大それたものだとは思ってもいなかった。

 今の家事手伝いの延長のようなものだとばかり。


「ま、ふたりで話してみたらどうかしら? どちらにしても、決めるのはライラだものね」


「は、はい……」


 ライラはひとつ頷くと、少し俯いたまま黙ってしまった。


 そのとき――。


「お菓子の匂い……」


 サロンの扉のところから、まだメイド服姿のヴィオレッタがコソッと顔を覗かせていた。

 匂いにつられて、音を立てないように部屋から出てきたのだろうか。


「あら、ヴィオラさんも食べる? 少し冷めてるけど、お茶も余ってるから飲んで良いわよ」


「……! 欲しいー」


 嬉しそうな顔で入ってきたヴィオレッタは、空いていた椅子にすとんと座る。

 それは最初リアナが座っていた、ルティスの隣の席だ。

 そして、ライラに勧められたお茶をひと口飲んでから、茶菓子へと手を伸ばした。


「うん? これ、レモンの?」


「はい。レモンのケーキですね。リアナさんに教わったものを、わたしが焼いてみました」


 ヴィオレッタに聞かれると、ライラが照れながら答えた。

 シンプルな焼き菓子だが、食べるとほんのりとレモンの香りが口に広がる。


「おいしー」


 ヴィオレッタは目尻を下げて、本当に美味しそうに食べていた。

 それを見ていると、もっと色んなものを食べさせたくなるほどに。


 ちょうどそこに話が終わったのだろうか。アンナべルがリアナと共にサロンに戻ってきた。


「……?」


 アンナベルが人数の増えているサロンの中を見渡したとき、美味しそうにケーキを頬張っていた、ひとりのメイドに目を留める。


 服装のせいか、しばらく頭の中で一致しなかったのだろう。

 しかし、それがヴィオレッタだと気づいた彼女は、無言のまま、ゆっくりとリアナを振り返った。


「私、ヴィオラさんが居ないとは一言も言ってませんよ……?」


 とばっちりを受けないよう、リアナは首を振って先に弁明した。

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