第111話 母娘会談
「……むむぅ? またですかぁ……!」
ルティスにのしかかるような格好で、リアナが彼の服に手をかけようとしたとき、何かに気づいた彼女は眉を顰めながら顔を上げた。
「どうしたんですか……?」
「お母様が邪魔をしに来たみたいです」
リアナは拗ねたように口を尖らせてルティスを解放する。
表情からは、がっかりした様子がありありと伝わってくる。
「え。あっ、確かに……」
集中すると、確かにまだ少し離れてはいるが、アンナベルの魔力がうっすらと感じられた。
訪ねてきたのだろう。
「ぶーぶー。何度もコレだと、すっごくストレスが溜まりますねぇ……。後でルティスさんに皺寄せがいくのが心苦しいのですけど……」
リアナは文句を言いながらも、ベッドから降りると、すぐに鏡に向かって身だしなみを確認する。
乱れた服装でアンナベルに会うと、間違いなく小言が降ってくることが予想できるからだ。
「あの……。ヴィオラさんのことは、濁してもらえませんか? ここにいるって広まると、色々面倒だと思いますので」
ルティスがリアナに頼むと、彼女はしばらく斜め上に視線を向けて考えたあと、小さく頷く。
「……そうですね。お母様に隠せるかは自信ないですが、きっとそれも含めて察してくれるはずです」
「ありがとうございます」
「じゃ、先にお嬢様にも伝えておかないといけませんね。――行きましょう」
リアナはルティスの手を取って立ち上がらせると、そのまま手を引いて部屋を出る。
そして、すぐにアリシアの寝室の扉を叩いた。
「お嬢様。失礼します」
「はーい」
アリシアの返事を待って、リアナはルティスとともに寝室へと足を踏み入れた。
まだメイド服のまま、ベッドの上で寝転がっていたアリシアは首を傾げる。
「どうしたの? しばらく私の順番はこないって思ってたのに」
「そのつもりだったんですけどね。……お母様が来ちやったみたいです」
「……あらら。じゃ、着替えとかないと。出迎えてくれる?」
アリシアはベッドから起き上がると、すぐにリボンを解き、メイド服を脱ぎ始めた。
ルティスもいる場だが、それを気にするような素振りは全くない。
「はい。あと、ルティスさんからの頼みなんですけど、ヴィオラさんは戻ってないことにして欲しいそうです」
ルティスの代わりにリアナが伝えると、アリシアは脱いだメイド服をベッドの上に置きながら答えた。
「ふぅん。……帰っちゃったことにしといた方が説明は楽ね。でも良いの? フェリック君には言っちゃってるけど」
「それなんですけど、後でライラさんに頼んで話しておいてもらおうかと」
アリシアの疑問にはルティスが答える。
「そうね。わかったわ」
そのとき、玄関からドアノッカーの音が洋館に響く。
まだ着替えているアリシアを残して、ルティスとリアナは部屋を出て、出迎えに向かった。
部屋を出ると、ライラも音で気づいたのか、自室から出てきたところだった。
「また来客でしょうか」
「ええ、私のお母様みたいです。私が出ますので、お茶をお願いします」
「承知しました」
玄関ドアを開けると、そこにはアンナベルがひとりで立っていた。
セドリックや他の騎士たちは来ていないようだ。
「ごめんなさいね。急に寄らせてもらって」
「いえ、構いませんよ。お入りください」
アンナベルを招き入れると、まっすぐサロンに通す。
リアナのメイド服については、特に気にするような素振りはない。
もっとも、ムーンバルトでは常にメイド服を身に付けていたことを思えば、むしろそのほうが違和感がないのかもしれない。
椅子に座って、ルティスとリアナのふたりと向かい合うと、アンナベルは落ち着いた口調で話し始めた。
「……今晩、セドリック様と一緒に陛下とお会いするの。明日には王都を発つから、しばらく会うことはないかと思って」
「そうなのですね」
「昨日はごめんなさいね。後始末まで手伝わせて」
いつも自信に溢れているアンナベルの姿を見ていたリアナは、落ち込んでいるような彼女の様子に、珍しいものを見た気分になる。
「それは構いませんけど……」
「それで、帰る前にリアナとふたりきりで話しておきたいことがあるのだけれど、構わないかしら?」
唐突にアンナベルは、リアナとルティスを交互に見ながら提案した。
「俺は構いませんけど……」
ルティスが答えたとき、私服に着替えたアリシアがサロンに入ってきた。
「先生、こんにちは」
「あら、こんにちは。お邪魔しているわ」
「いえ、いつでもお越しいただいて構いませんわ」
アリシアが優雅に礼をすると、アンナベルも立ち上がって礼を返す。
「さっき、リアナと話してたんだけど、少しだけこの子とふたりで話がしたくて。良いかしら?」
「え? あ、はい。どうぞ」
予想外のことに、アリシアは目を丸くしつつも同意する。
「……では、ここではなんですから、私の部屋に行きましょうか」
「そうね」
アンナべルの返事を待ってから、リアナは椅子から立ち上がる。
すぐにアンナべルも立ち上がり、先導するリアナに続いた。
ふたりがいなくなったとき、ライラがお茶を淹れてサロンに入ってきた。
客人がいないことに気づいて、きょとんとした顔をする。
「あれ……? おふたりは?」
「ふたりだけで話がしたいんだって。せっかく淹れてくれたし、私たちだけで飲みましょ」
「そうですね」
ライラはテーブルにお茶とお菓子を並べると、自分も椅子に座った。
◆
「それで、話というのは……?」
サロンを出たふたりは、リアナの部屋にある小さなテーブルセットに向かい合って座る。
思い返せば、母とこうしてふたりで話をするのは久しぶりだ。
「いくつか話があるの。まずはあのヴィオレッタのこと……」
いきなり名前が出てきて一瞬ドキリとするが、それは顔には出さずにすんだ。
「リアナも気づいてると思うけど、あれはただの魔族じゃないわね。ティーナ先生からは魔王の封印を守ってるとしか聞いてなかったけれど。……でも、よく考えたら、先生のことをよく知ってるってことは、魔王の封印のことも知ってると考えるのが自然だもの」
「ええと……。魔王の封印のことは、私は知らないんですけれど」
アンナベルの話がいまいち理解できなくて、リアナは聞き返す。
「あら、先生から聞いてないの? 魔王を封印しているのは先生の魔法なのよ。……だから、封印を解く手段は、先生が魔法を解くか、先生が死ぬか……」
「え……。そんな話だったんですね……」
予想していなかった話を聞いて、リアナは驚きとともに考え込む。
確かに、千年近く前からの知り合いでかつ、ティーナの魔法のことも詳しく知ってそうな口ぶりだった。
「だから、封印を解きたいならさっさと殺せば済むこと。時間魔法はヴィオレッタには効かないでしょうから、勝負は見えているわ」
「……なるほど。つまり、その素振りがないというのは、ヴィオラさんは封印を解くつもりがないと、そういうことですね」
「ええ。その意図はわからないけれど。本当は詳しく聞きたかったのだけれど……」
残念そうな口調でアンナべルはため息をつく。
その本人がすぐ近くの部屋でのんびりくつろいでいるとは、全く思っていないのだろう。
それはヴィオレッタがそれだけ完璧に魔力を抑えているということでもある。
「それは仕方ないとして、お母様が私とふたりでこの話をする理由がよくわからないのですけど……」
リアナは首を傾げながら尋ねた。
これだけの話であるならば、アリシアやルティスがいる場でも問題ないように思えたからだ。
「そうね。もちろん、続きがあるからよ」
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