第110話 推理

 アリシアがライラを呼びに行く間、フェリックはルティスに尋ねた。


「よくわからなかったんですけど、ルティスさんが見たことのない魔法を使ったように見えまして。あれは何だったんでしょう?」


「ああ、それがティーナさんから教えてもらっていた魔法なんです」


「……あの、あまり人に言えないって魔法ですか。もう身に付けていたんですね」


 フェリックはティーナに会ったときにあらましを聞いていたこともあって、すぐに理解した。

 そもそもティーナが王都に来ている理由のひとつは、そのためだということも知っていた。


「まぁ、初めてうまく行ったのがあのときだったんですけどね」


「意外とそんなものかもしれませんね。切羽詰まると、ってありますし」


「ははは……」


 確かにこれまでも無意識に発動していた魔法だ。

 しかし、今回は基本的な魔法の構造を理解できかけていたから、それがうまく噛み合ったのだと思っていた。


 そのとき、アリシアがライラを連れて戻ってきた。


「おまたせー」


「フェリックさん、こんにちは。この前はお誘いありがとうございました」


 ライラがフェリックに頭を下げると、彼も立ち上がって礼を返す。


「いえ、招待したのにあんな事になって申し訳ありませんでした」


「ふふっ、まぁフェリック君のせいじゃないもの。仕方ないわよ。……それで、来てもらったのは、ライラの希望が聞きたくて」


「わたしの希望……ですか?」


 ライラは椅子に座りながら、アリシアの言葉に首を傾げた。


「ええ。フェリック君からは聞いてるんでしょ? 手伝いの話」


「はい。……ですけど、わたしはお嬢様にお世話になっている身ですから」


 申し訳無さそうに答えるライラに、アリシアは軽い調子で言った。


「別に気にしなくてもいいのよ。最初に言ったじゃない、好きにしていいって。もう王都には慣れたでしょ?」


「それは……そうかもしれませんけど……」


「じゃ、いくつか選択肢あげるから、好きなの選びなさいな」


「は、はい……」


 緊張した様子で頷くライラに、アリシアは指を立てながら提示する。


「ひとつめ、今と同じようにここで働く。ふたつめ、昼間はエドワードさんのところで手伝いをして、それ以外はここで手伝いをする。……みっつめ、ここを出て、エドワードさんのところで働く」


「ええと……。みっつめは無いかと。自分ではまだ住むところを見つけられると思ませんし……」


 提示した案のうち、ライラはひとつを否定する。

 アリシアから給金をもらって貯めているものの、まだひとり暮らしとして住むところを確保するには心許ない。


 そう思えば、今となって考えると、逃げ出してきて王都に来たものの、あまりに無謀だったことにゾッとする。

 偶然にもアリシアに拾ってもらえたものの、それが無ければと思うと、まだその感謝を返せていないという気持ちもあった。


 しかし、それに対してフェリックが案を提示した。


「例えば、住むところならうちでも構いませんよ。アリシアさんほどではないですけど、それなりの余裕はありますから」


「え……」


 予想外のことに、ライラは小さく驚きの声を上げた。


「フェリック君の家も、準貴族みたいなものだものね。私としてはその選択肢もありだとは思うわ。だって、私たちはいずれムーンバルトに戻ることになるんだもの」


「あ……」


 確かにアリシアの言う通り、王都に来ているのは留学のためだ。

 それが終われば王都を離れることになるのは間違いない。

 そのとき自分がどうするべきなのか、まだしっかりとは考えられていなかった。


「……まぁ、フェリック君の提案は、手伝いだけって話でもなさそうだけれど」


 アリシアが意味あり気に目を細めてフェリックを見ると、彼は慌てて弁明する。


「い、今すぐに決めなくても構いませんよ。しばらく待ちますから。みなさんと相談して決めてくれれば」


「は、はい……」


「僕の相談事はこれだけです。……すみません、邪魔してしまって」


「良いのよ。気にしないで」


 アリシアが片手をひらひらさせると、フェリックはすっと立ち上がった。


「では、帰りますね。……また結果、教えてください」


 そう言いながらサロンを出て行くこうとするフェリックを、アリシアが追いかけて玄関まで付き添う。

 ライラは少し俯いて考え込みながら、その様子を目で追いかけていた。


 アリシアとフェリックが席を外したあと、残りの皆もサロンを片付ける。

 リアナとライラにお茶を仕舞うのを任せて、ルティスがサロンを出ようとすると、ヴィオレッタが彼の袖をくいくいと引いた。


「……? どうしたんですか?」


 ルティスが振り向くと、彼女は恥じらいながら小さく呟く。


「……ほ、ほめて欲しいの。人と会うの嫌だったけど、ルティスのお願いだったから……」


 それを聞いてハッとする。

 アリシアに言われて呼びに行っただけだったが、ヴィオレッタが知らない人間と会うのを好ましく思うはずがない。

 そもそも先日もあんなことがあったばかりなのだから。


「……ごめん。でもありがとう」


 素直に感謝の気持ちを伝えながらそっと頭を撫でると、嬉しそうに頬を綻ばせた。


「ん。ルティスのお願いなら出来るだけ頑張る」


 その様子を見ていたリアナが、すぐ後ろで口をへの字にしていた。

 そして、わざとらしくふたりに声をかける。


「あーあー、そんなところで立ち止まらないでくださーい。……あと、ルティスさんはこのあと私の部屋に来なさーい」


「あ……。は、はい……」


 ぎろりと睨まれたルティスは、冷や汗を流しながら返事を返す。

 それを見ながら、ヴィオレッタは「ふふ」と笑った。


 ◆


「失礼します……」


 一度私室に帰ったルティスは、しばらくしてリアナの寝室に顔を出した。

 フェリックが来たことで、なんとなくお開きのような雰囲気になってしまって、アリシアもおそらく部屋に戻っているだろう。


「はーい。どーぞ」


 部屋に入ると、リアナはまだメイド服のままで、自分のベッドに腰掛けていた。

 雰囲気は特に違和感なく、いつも通り機嫌が良さそうに見える。


「リアナの部屋に入るの、久しぶりですね」


「そうですね。ま、座ってくださいな」


 促されて、ルティスはリアナの隣に腰を下ろした。

 すると彼女はすぐに寄りかかってくる。


「……ふにゅぅ。私ももっとよしよしして欲しいです」


 ルティスは片手をリアナの背中に回すと、ふわっとしたメイド服の感触が伝わる。

 そして、優しく髪に手を這わせた。


「すみません。淋しくさせて」


 リアナは抱きついたままルティスの顔を見上げる。


「んふふ、釣った魚に餌を与えるのも大事ですよ。でもそれはまぁ良いとして、ちょっと別の話。……私、ヴィオラさんってあの『紫の魔女』と関係ある気がしてるんですけど、ルティスさん聞いてたりします……?」


「え……! い、いえ。何も……。な、なんでそう思ったんですか……?」


 突然、囁くような甘い声で尋ねられたルティスは、驚いて声が裏返った。

 リアナは触れるくらい間近からルティスの目をじっと見つめる。


「ふむ……? ヴィオラさんが式典の時に使ったのは、間違いなく光魔法と闇魔法。ティーナさんとも知り合いですし。私の記憶が確かなら、ティーナさんは両方の魔法が使えるのは魔女本人とその娘の2人、って言ってたような……。魔族は例外……って話もないとは言いませんけど。……となれば、魔女本人ではなさそうだから……」


「な、なるほど……! それは……なんかあり得そうですね……!」


 ヴィオレッタには口止めされていることもあり、ルティスは今気づいたという体を決め込むことにした。

 しかし……。


「……ルティスさんのちゃんと約束守るところ、私も好きですよ」


 リアナは目尻を下げると、そっとルティスに唇を合わせた。


「……ヴィオラさんからは言うな、って言われてるんですよね、たぶん」


「……はい」


 これ以上隠しても仕方ないと、ルティスは小さく頷く。

 リアナはそれ以上何も聞かずに、もう一度、今度はしっかりと唇を重ねて目を閉じた。

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