第109話 勧誘
「こんにちは。……って、アリシアさん、どうしたんですか!?」
アリシアが玄関扉を開けた途端、フェリックはアリシアの姿を見て驚きの声を上げた。
それはもちろん、見慣れぬメイド服姿だったからだ。
「あー、ちょっとね……」
バツの悪そうな顔で濁すと、フェリックはそれ以上何も追及しなかった。
もっとも、気になったとしても自分が首を突っ込むようなことではないからだ。
「そ、そうですか。急に尋ねてすみません。少し相談事があるんですけど、構いませんか?」
「ええ、良いわよ。入ってちょうだい」
アリシアに連れられて、フェリックは家に足を踏み入れる。
そしてサロンに通された。
すぐにルティスとリアナも挨拶のために顔を出す。
「こんにちは」
「こんにちは、フェリックさん」
「どうもこんにちは。……リ、リアナさんも……なんですね」
「ま、まぁ……色々ありまして。私、お茶淹れてきますね」
リアナも苦笑いしながら、お茶を濁す。
まさかそのまま本当のことを言うわけにもいかない。
厨房に戻っていくリアナを見送ってから、フェリックと向かい合って座るアリシアが口を開く。
「どんな相談事かしら。あと、話聞くのは誰が良いの?」
「あ、はい。ふたつほどありまして。ひとつめはおふたりで構いません」
フェリックがアリシアとルティスに向かって話す。
それを聞いて、ルティスもアリシアの横に座った。
「わかったわ。聞きましょう」
「はい。まぁこちらは相談事というか、雑談みたいなものですけれど。……先日の王宮での一件、力になれず申し訳ありませんでした」
「そんなの別に良いわよ。ライラだっていたんだし。……私だって、ルティスさんとリアナに助けられたというか」
「僕は離れたところで見ていることしかできませんでした。おふたりとも、凄かったです。あと、ティーナさんと、得体の知れない女の子も……」
フェリックは、その時の光景を思い出しながら話す。
最後、初めて見た少女が何やらティーナと話していたから、彼女の知り合いなのだろうか、と思ったくらいだ。
「ふふっ、得体の知れない、ね。……興味があるなら会ってみる?」
アリシアは含んだ笑みを浮かべてフェリックに聞くが、その返答の前にルティスに「呼んできて」と声をかける。
「わかりました」
ルティスはすぐに席を立ってサロンから出て行く。まだ食堂にいるだろう彼女を呼びに。
そしてすぐにルティスに連れられる格好で、メイド服姿のままのヴィオレッタが顔を出した。
「紹介するわ。この子はヴィオレッタさん。私たちはヴィオラさんって呼んでるわ」
「は、はじめまして。ヴィオレッタです……」
多少恥じらいながらも、ヴィオレッタは先ほどルティスに挨拶した時のように、スカートをつまみ腰を落として挨拶をする。
「はじめまして。僕はフェリックです。アリシアさんとはカレッジで同じ研究をしてます。よろしくお願いします」
「よろしく……」
ヴィオレッタはそのあとどうするべきなのか悩んで、ルティスに視線を向ける。
それを受けて、ルティスは自分の隣に座るよう促すと、彼女は素直に従った。
「この子、しばらくうちで居候することになってるのよ」
「そうなんですね。ヴィオレッタさんですか。僕とそう変わらない歳に見えるのに、ものすごい魔法士なんですね。びっくりしました。……今は魔力を感じないので、抑えているんですか?」
「うん。みんなを驚かせるといけないから……」
「なるほど。……こちらにいるのは何か理由が?」
フェリックが続けて聞くと、代わりにアリシアが答えた。
「……まぁ、あるような、ないような? もともとティーナさんとは知り合いだし、暇みたいだから」
「そうですか……」
曖昧な返答をしたアリシアに、フェリックはそれ以上聞かなかった。
「お茶入りました」
「ありがとうございます」
そこにリアナが人数分のお茶を淹れて、サロンに入ってきた。
すぐにテーブルにお茶とちょっとしたお菓子を並べていく。
そして、自分も空いた椅子に腰を下ろす。
アリシアに促されてお茶を口にしたフェリックに、ヴィオレッタが聞いた。
「……フェリックさん、だったっけ? 貴方、少し聖魔法士の素質があるみたいね」
「あ、はい。僕はアリシアさんとは親戚なんです。まだ聖魔法の練習はしてませんけど……」
「ふーん」
「すごいですね。見ただけでわかるなんて」
フェリックが感嘆すると、ヴィオレッタはなんでもないことのように答えた。
「別に普通よ。魔力の質くらい」
「普通じゃないと思いますけど。私だって、そこまではわかりません。お母様ならある程度わかるみたいですけどね」
呆れたようにリアナが割り込む。
ティーナもリアナから見れば桁違いの魔力を持っていた。
しかし、ヴィオレッタは普段全く魔力を感じられないほど完璧に抑えていることもあり、そのぶん底が見えない。
「えーと、フェリックのひとつめの話ってのは、そのこと?」
だいぶ話が逸れたように思って、アリシアが聞くと、フェリックが頷く。
「はい。この方、どうなったんだろうって思っていましたので」
「ふふっ、この通りね。……それじゃもうひとつの話に移りましょうか」
「はい。……それは父さんからの話でもあります」
フェリックは真面目な顔で続ける。
「知っての通り、父さんは王宮で働いていますけど、魔法学の研究の補助員を募集していまして。書類の確認や整理が主なので、別に魔法士である必要もありません。文字は読める必要がありますが。……そこで、もしよければ、ライラさんに手伝ってもらえないかな、と」
「ふぅん……」
フェリックの相談事に、アリシアは意味深な視線を向ける。
その目にじっと見つめられて、フェリックは少したじろいだ。
「も、もちろん、本人の希望が一番ですけど……」
「でも、この話って先にライラとしてるのよね?」
アリシアが確信めいた口調で尋ねると、フェリックは小さく頷く。
「……はい。先日の式典の時に少し話をしました」
「それで、反応はどうだったの?」
「どちらとも。……アリシアさんの家での仕事があるから、自分の判断では決められないと」
「そう……」
少し考え込んだアリシアは、小さく頷く。
「ま、本人に聞いてみましょうか」
そう呟くと、アリシアは椅子から立ち上がった。
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