第107話 暴走

「どー考えてもおかしいでしょ! これで10回連続じゃないの。ゲームになってない!」


 下着姿のまま、しかし怒っているからかそのことを気にする素振りもなく、ヴィオレッタが声を荒らげる。

 リアナもそれに続けた。


「お嬢様、少しやりすぎですっ! ライラさんが可哀想ですよっ」


「まあまあ、そう興奮しないの。別に唇でって言ったわけじゃないし」


 アリシアが弁明するが、リアナは止まらない。


「そーゆー問題じゃないですっ。――ヴィオラさんもそう思いますよねっ!?」


「そうよ! もうこーなったら!」


 同調したヴィオレッタは、さっと片手をアリシアの方に向けた。

 すると、突然アリシアは「わっ!」と驚きながら、両手をピンッと真上に上げた。

 よく見ると、手首が締め上げられているように、うっすらと痣が見える。まるで手枷で吊られたかのように。


「ヴィオラさん、何を……!」


 慌ててルティスが声をかけるが、ヴィオレッタは涼しい顔で答えた。


「ふふ。魔法で封じさせてもらったわ。……さ、どうしようかなー。リアナ、良い案ある?」


 ニヤリと笑みを浮かべて、ヴィオレッタはアリシアに近づく。


「とりあえず同じことしてもらいましょう」


「それ良いわね。じゃ、まずは上着を脱いでもらって……と」


「ちょっと……!」


 アリシアは抵抗しようとするが、完全に手が固定されていて何もできない。


「見られてダメな人、ここにはいないんでしょ?」

 

 ヴィオレッタはアリシアのセリフを借りながら、ゆっくりボタンを外していく。

 そして、ほどなく上着とスカートがパサッと床に落ちた。上着と言いつつも、スカートまで脱がすのはもちろん仕返しのつもりだからだ。


「むぅ、大きい……」


 露わになった下着を見て、ヴィオレッタは眉を顰めて呟く。

 そしてそのまま指でつんつんとつついた。


「……羨ましい」


 多少の本音が混ざりつつ、すぐにハッと顔を上げて、ちらっとルティスを見た。


「つ、次は……」


「メイド服に着替えていただきましょう。……ルティスさん、今すぐ脱いでください」


 次にどうしようかと思案していると、唐突にリアナが低い声を響かせる。

 なぜか目が座っていて、ヴィオレッタですら、一瞬ビクッと怯んだ。


「え、ここでですかっ?!」


 ルティスは急にリアナに言われて驚くと同時に、戸惑いを隠せない。

 それを見ていたライラが、顔を赤らめた。


「わた、わたしっ……席を外しますねっ!」


 そのまま逃げるようにパタパタと部屋から出ていくライラを目で追ったあと、リアナはにんまりとしながらルティスに近づく。


「さあ、早く早く……!」


「は、はいっ!」


 今のリアナに逆らえるはずもなく、すぐにメイド服を脱いだルティスは、アリシアと同じように下着姿になる。

 というよりも、今はリアナ以外、全員下着姿とも言える。


(なんか俺も罰ゲームなような……)


 心の中で呟くが、いま口にするとまずい気がして我慢する。


「んふふ、ルティスさんの匂いが付いた服ですからね。お嬢様にはむしろご褒美ですよね……?」


「…………」


 リアナは意味不明なことを言いながら、手際良く無言のままのアリシアに着付けていく。

 あっという間に着替え終わったアリシアを眺めて、ヴィオレッタが呟く。


「……なんか似合ってて納得できない」


「およよ? 実はヴィオレッタさんも着てみたい……んですね? まぁ、その格好のままだとルティスさんには目の毒ですし……」


 そんなヴィオレッタを見たリアナが、不思議そうに首を傾げながら聞いた。


「ふえ……? い、いえ、それはご遠慮します……」


 なぜか敬語で返すヴィオレッタに、リアナはずずいっと顔を寄せた。


「遠慮はいりませんよ? すぐ持ってきますから、ここで待っていてください。……んふふ」


「ちょ、ちょっと……!」


 慌てて呼び止めるが、リアナはそれを完全に無視してパタパタと小走りで服を取りに行く。


「リアナがあーなったら、誰も止められないわよ……」


 諦めたようにアリシアがため息をつく。

 ルティスから見ても、傍目には落ち着いているようには見えるものの、明らかに言動は暴走していた。


 すぐに戻ってきたリアナは、「はい、どーぞ」とヴィオレッタにメイド服を手渡す。

 それを受け取ったまま固まっていると、リアナが目を細めた。


「早く着てください。……ルティスさんが目のやり場に困ってますよっ」


「は、はい……」


 はっとして顔を上げたヴィオレッタは、下着姿よりはマシだと、すぐに服を広げて着込む。

 胸の周りなど、多少ゆったりとしているところはあるが、裾丈は問題なさそうだ。


「ほほー、これはこれは。どーです? ルティスさん、感想は?」


 その姿を見て感嘆するリアナに促されて、ルティスはじっくりとヴィオレッタを見た。

 真っ赤になったまま、恥ずかしそうに顔を伏せる童顔の彼女を見ていると、何故か背徳感を煽られる気がした。


「……可愛い……と思いますけど」


「ですね。よく似合ってます。私も満足です。――って、そもそも何してたんでしたっけ……?」


 突然我に帰ったリアナは、メイド服姿のヴィオレッタとアリシアを交互に見やる。

 そして服を脱がされ下着姿で困っていたルティスに言った。


「えっと……。ルティスさん、もう服着て良いですよ……?」


「は、はい……」


 背中を丸めて恥ずかしそうにしながら、自室に戻って行くルティスの背中を見届けてから、リアナはヴィオレッタと目を合わせた。

 すると、ようやく落ち着いたヴィオレッタが、ジトーっとした目で言った。


「……リアナって、急に性格変わるのね」


「リアナはもともとそんなものよ。たまに暴走するもの」


 まだ両手を上に固定されたままのアリシアも同意する。


「きゅう……。すみません……」


 ふたりから視線を浴びせられたリアナは、肩を縮こまらせた。


「そろそろ外してもらっていいかしら?」


「あ、うん」


 ヴィオレッタが一瞥すると、アリシアを拘束していた魔法の手枷がスッと消える。

 ようやく開放されて、アリシアは両手を広げてストレッチをした。


「ふー。おおかた想定通りだけど、これにはちょっと焦ったわ」


「……お嬢様があのゲーム、すごく強いの私は知ってましたけど、ね」


 呆れ顔で言ったリアナに、アリシアは満足そうに返す。


「ふふっ。久しぶりで心配だったけど、衰えてなかったわね。……それはそうと、どうせならリアナもメイド服に着替えなさい。その方がルティスさんも喜ぶわよ? 今日は時間がいっぱいあるんだから」


「……え?」


 きょとんとするリアナに、ヴィオレッタが同意する。


「それ良いわね」


 ただ、そのときはまだアリシアの言葉の意図が理解できていなかったことは言うまでもない。

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