第106話 ゲーム

 そのあとすぐにヴィオレッタも着替えて降りてきて、食堂は賑やかになる。

 ここにいないのはティーナだけだ。しかし、きっと彼女は夕方にならないと起きてこないだろう。


「おいしー」


 分厚いベーコンとサラダを挟んだサンドイッチを頬張ったヴィオレッタは、味に満足したのかパクパクと食べていく。

 その様子を多少呆れたように見ていたリアナが声をかけた。


「……おかわり、いりますか?」


「え、あるの? もらうもらう!」


「万が一、ティーナさんが起きてきた時のために作ってましたから。待っててください」


 そう言うなり、すぐに厨房からもうひとりぶんのサンドイッチを持ってきて、ヴィオレッタの前に置いた。


「ありがとう。いただきまーす」


 ヴィオレッタは嬉しそうに手を伸ばし、新しいサンドイッチを頬張る。

 リアナはゆっくり自分のぶんを食べながら、その様子を眺めていた。


 と――。

 先に食べ終わったアリシアが、ここにいる全員に声をかけた。


「ねえ、今日もカレッジはまだ休みだから、このあとみんなでカードでゲームでもしない?」


「へえ、珍しいですね。アリシアもそういうのするんですね」


 ルティスが聞くと、アリシアはにっこりと微笑む。


「ふふっ、長いことしてなかったけど、たまにはね」


「ゲームってどんな内容? わたくし全然知らないから教えてもらっても良い?」


 興味があるのか、ヴィオレッタが首を傾げながら尋ねた。


「もちろん。でも簡単だからすぐ覚えられると思うわ」


「ありがとう。面白そうね」


 いまいちどんなものなのかわからないけれども、楽しみにしているヴィオレッタを見ながら、リアナは複雑そうな顔をしていた。


 ◆


「……ルールは簡単でしょう? 最後までジョーカーを持ってた人が負けね。で、今回は面白くするために、特別なことをしようと思うの」


 アリシアがトランプを見せながらゲームの説明をしていた。


「1番に抜けた人が、残りの人になにかひとつだけ命令できるってのはどう? 誰に命令するかは、クジで決める。例えば、『2番の人が3番の人の頬をつねる』とかね。命令してからじゃないと、誰が何番かわからないっていうのも面白いかなって」


「なるほど……」


 ルティスはアリシアの説明に納得する。

 名指して命令できるなら決まった人を狙い撃ちにできるが、命令側もわからないのならそれは不可能だ。

 無茶な命令をするわけにもいかないだろう。


「ルールに異論はない?」


「ないわ」

「良いですよ」


 ヴィオレッタが頷くと、ライラも同意する。

 残るリアナだけは、あまり乗り気ではない雰囲気を出していた。


「まぁ良いですけど。結果が予想できますけどね……」


 その時はリアナが呟いた言葉の意味が誰もわからなかったが、それはすぐに理解することになる。


 ◆


「はい。次は3番の人が上着を脱ぐ!」


「……ふぐうぅ」


 にんまりと笑みを浮かべたアリシアが命令すると、3番のクジを持っていたヴィオレッタが口をへの字にする。


「ちょ、ちょっと! アリシアばっかり、これで5回連続じゃない! 何か不正してない!?」


「してないわよ。もししてたとしても、見つけられなければ一緒だけど、ね」


 ゲームが始まってから、何度やってもアリシアが最初に抜けていた。

 あまりに偏りすぎていて、イカサマを疑うほどだ。


 しかも、最初の命令こそ、当たり障りのない「3回回ってワンと言う」だったが、徐々に命令がエスカレートしてきていた。


「ぐぅ。わたくしの上着……って、この服脱げってコト……?」


 今ヴィオレッタが着ているのは薄いワンピース1枚だ。それを脱いだら残るは下着しかない。


「あらあら、運が悪いわね。……でも大丈夫。見られてダメな人、ここにいないでしょ?」


「…………うぅ」


 チラッとルティスの方を見たヴィオレッタは、耳まで真っ赤にして俯く

 それを見たアリシアは、リアナに耳打ちする。


「リアナ、脱がしてさしあげて」


「……はぁ。わかりました」


 ため息をつきながらも、リアナはヴィオレッタのワンピースに手をかけようとする。


「ま、まって! じ、自分で脱ぐからっ!」


 脱がされるのはもっと恥ずかしいと思ったのか、慌てたヴィオレッタは自分から背中のジッパーを下ろすと、ワンピースがストンと床に落ちる。

 キャミソールは着ていたようで、上半身は隠れているが、ちらっと覗く下着を必死で隠そうとしていた。


「ふふっ、よくできました。……じゃ、早速次いくわよ」


「ううぅ……。次こそは……」


 改めて配られるカードに視線を落としつつも、モジモジと恥ずかしそうにしているヴィオレッタに皆の視線が集まり、それが彼女の羞恥心をさらに煽っていた。


 ◆


「あら、ごめんなさい。また上がりだわ、私」


「……」


 一同がポカンとするなか、アリシアが両手を上げてカードがないことをアピールした。


「次は何にしようかなー」


 ワクワクしながら、残りの皆のやり取りを眺めていた。


「じゃ、1番の人はメイド服に着替えてもらおうかしら」


「……1番って、俺なんですけど」


 ルティスがクジを見せながら苦笑いする。


「あらら、ヴィオラさんに服を着せてあげようと思ったのに、残念ね」


「そんな嬉しそうに言うの、やめてもらえます……?」


 言葉とは裏腹に、アリシアはわくわくした様子だ。


「ふふっ。――リアナ、サイズがちょっとキツいかもしれないけど、服を貸して」


「はいはい。しばらくお待ちくださいね」


 ◆


「うわ、意外とアリじゃない? これ……」


「ホントですね……」


 アリシアとリアナは、無理矢理メイド服に着替えさせたルティスを見て感想を漏らす。


 スカートの丈が合わなくて、本来リアナが着るとふくらはぎほどまである丈が、ルティスの場合だと膝上になっている。

 しかし、半袖ということもあって、それほど違和感なく馴染んでいた。

 髪には何故かアリシアが持っていたウィッグが着けられていた。


「…………」


 無言でため息をつくルティスを、ヴィオレッタとライラが同情するような目で見ていた。


「それじゃ、着替えたし続けるわよ」


 ◆


「次は、4番と1番がキス! 誰かなー?」


 ワクワクしながらアリシアが放った命令を聞いて、手を挙げたのはルティスとライラだった。

 しかし――。


「それはダメですっ!」

「もう我慢ならないわ!」


 その瞬間、リアナとヴィオレッタが同時にテーブルをバンっと叩いて立ち上がった。

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