第105話 それぞれの思い
朝になってルティスが目を覚ましても、ヴィオレッタは寝た時と全く同じ格好で、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
寝相が良いというどころではなく、全く寝返りもしていないと思えるほどだ。
ルティスが優しく頭を撫でると、少しピクッと動いたあと、「おはよう……」と声が返ってきた。
「おはようございます。ヴィオラさん」
ルティスも挨拶を返すと、ヴィオレッタは顔を上げた。
「もう朝……?」
「はい。まだ少し早いですけど」
「そう……。こんなに気持ちよく寝られたの、久しぶり。ひとりだとなかなか寝付けなくて」
嬉しそうに目を細めたヴィオレッタは、アリシアの言葉ではないが、可愛い妹のようにも思える。
「だからあんなに起きるのが遅いんです……?」
「むー、それは関係ないわ。長く寝ようと思えばいくらでも寝られるの、わたくし。3年くらい寝たこともあるわよ」
なぜか自信満々で話すヴィオレッタは、特技を自慢しているかのようだ。
「……それ、お腹空かないんですか?」
「空かない。動物で言う冬眠みたいな?」
「へぇ……。なんか便利そうですけど、そんなに寝たら、起きたとき困りそうな」
人間ならば、3年も経てばかなり容姿が変わることだってあるだろう。
とはいえ、起こせば起きるのだろうが……。
「城にいても何にもやることなくて暇すぎるから。起きててもお腹空くだけで、ご飯は美味しくないし。……だから寝てばっかり。長く生きてるって言っても、せいぜい100年分くらいしか起きてないの」
「……それでも充分長いですよ。まぁ、できるだけちゃんと毎日起きてください。ヴィオラさんの顔見たいですから」
「……う、仕方ないわね。ルティスがそう言うなら……」
「はい。……そろそろ起きます?」
ルティスが聞くと、ヴィオレッタは首を振った。
「嫌」
「そ、そうですか……」
「ぽかぽかして気持ち良いの。……まだ起きたくない」
もっと密着するように体を寄せてきたヴィオレッタの顔は、近すぎてはっきりとは見えない。
ルティスはそんな彼女の額にそっと口付ける。
「――ふゆ?」
こそばゆかったのか、彼女は一瞬肩をすくめたが、すぐに理解して目尻を下げた。
「……こっちにも、お願い」
ヴィオレッタは小さく呟くと、目を閉じて顎を上げる。
それに応えるように、ルティスは彼女の柔らかい唇へと、自分の唇を重ねた。
少しだけ。触れるだけのキスのあと、ヴィオレッタはうっすらと目を開ける。
「……少しずつ、教えてね」
そして、彼女はもう一度しっかりと唇を合わせた。今度は、もっと長く。
◆
――コンコンコン。
さすがにそろそろ起きなければ、とルティスが思っていたとき。
痺れを切らしたかのように、部屋のドアがノックされる音が部屋に響いた。
「ルティスさん、おはよーございます。そろそろ朝食の時間ですよー」
気を遣っているのか、いつもならすぐに扉が開けられるのだが、今日は外からリアナの声が聞こえる。
「あ、はいっ。すぐ行きます」
「下で待ってますね」
それだけ告げたあと、声は聞こえなくなった。
リアナには足音を立てずに歩く癖があるから、ルティスにはまだいるのかいないのか、はっきりとしない。
もちろん、魔力を撒き散らしていればわかるが、落ち着いているときはそれも難しいからだ。
「ふふ、もう行ったわよ。……早く着替えないとあの子に怒られるよ?」
ヴィオレッタにはリアナの居場所くらい、すぐにわかるのだろうか。
彼女は茶化すように言うが、まだルティスにしっかりと密着したままだ。
「……ヴィオラさんが離れてくれないと、起きられないんですけど」
「んー、どうしようかな。わたくしはあの子が怖いわけじゃないしねー」
「俺は怖いんですよ……」
確かに、ヴィオレッタは力でも立場でも、今の状況だと優位性がある。
機嫌を損ねると困るのはこちら側だからだ。
しかし、彼女はしばらくそのまま思考を巡らせたあと、口を開いた。
「んー、でもルティスに嫌われるのは怖いから、従っておいてあげる」
「理解が早くて助かります……」
身体を少し離してくれたヴィオレッタの頭を優しく撫でると、満足そうな顔を見せた。
「じゃ、早く着替えましょう」
「うん」
体を起こしたふたりは、大きく背中を伸ばす。
そして、ヴィオレッタはベッドから立ち上がると、着替えるために自室に向かった。
「……じゃ、続きはまた今度ね。楽しみにしてるから」
「はい」
ほんの少し名残惜しそうにしながら部屋を出ていく彼女を目で追ってから、ルティスもベッドから立ち上がって、衣装棚に向かった。
◆
「おはようございます」
ルティスが食堂に降りると、リアナとライラが朝食の準備をしていた。
すぐにその手を止めたリアナは、ちらっと周りを確認したあと、ルティスの前に立った。
「リアナ……」
「にゅう……。やっぱり寂しくて。私たちの未来のためっていっても、我慢するのは辛かったです……」
そう吐露しながら、すぐにぎゅっと強く抱きついてくる。
ルティスにしても、リアナやアリシアにそういう思いをさせていることは理解していた。
しかし、そのことも含んで彼女たちの意思を尊重した結果でもある。
もちろん、ヴィオレッタを大切に思う気持ちが偽りではないことも事実ではあるが。
「……ごめんなさい。今日はいっぱい話をしましょう」
いつものようにわしゃわしゃと頭を撫でると、うっすらと涙を滲ませつつも、嬉しそうな笑顔が溢れる。
「はいっ。楽しみにしてますね。お嬢様も同じだと思いますよ。……あと、夜にちゃんと体力残しておいてくださいね」
「あはは、そうですね……」
「お嬢様もすぐ来られると思います。お茶淹れてきますー」
リアナは機嫌良さそうに、とたとたと厨房に戻っていく。
その後ろ姿を見送ったあとそのまま待っていると、唐突に後ろから声がかけられた。
「ふふっ、おはよう」
「あ、おはようございます。アリシア」
そこにはいつも通りの様子でアリシアが起きてきていた。
しかし、申し訳なさそうな顔で話し始める。
「……ごめんなさいね。もともと私の提案なんだけど、あのあとリアナったら、私の部屋でずっと泣いてて。慰めてたけど、さすがに私も可哀想になっちゃった」
「え……。そうなんですね……」
「理屈ではわかってても、やっぱり本心ではね。私は多少なら割り切れるけど、リアナは独占欲がすごく強いから。もちろん、ルティスさんが悪い訳じゃないんだけどね」
その話を聞いて、ルティスも罪悪感が募る。
昨晩の話のときに、自分からなにかできなかっただろうかと考えを巡らせるが、良い案は思いつかなかった。
もっとも、そんな案があるならば、アリシアとリアナが先に思いついているだろう。
「……俺、できるだけフォローしますね」
「ええ。無理言うけどお願い。……それに私にも考えがあるから」
「それはどんな……?」
「ふふっ、まだ秘密よ」
アリシアが含みのある顔で答える。
ちょうどそのとき、リアナがトレーにお茶を載せて厨房から出てたこともあり、ふたりは椅子に座った。
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