第104話 昔話
「――あっははは! 変だと思ってたのよね。あの伝説の時間魔法士が、女の子の尻に敷かれてるだなんて。なるほどねー」
ヴィオレッタに聞かれて、ルティスはこれまでのあらましを説明していた。
リアナからの指導や学園祭でのことなど。
その話を聞いたヴィオレッタはけらけらと笑う。
「もう慣れてしまってるんですよね。だからそれが普通というか」
「光魔法もそれはそれだけど、時間を操れるなんてのはわたくしから見てもほんと反則だから。よくもまぁ、セレンティーナはこんな魔法編み出したものね。だらしないのに、そんなところだけは天才なんだから」
「あはは、ティーナさんの部屋、すごいですからね」
「ほんとにねー」
ヴィオレッタと話していると、もともと立場の異なるリアナやアリシアとはまた違って、どちらかというと身近な友人と話しているような、そんな感覚になる。
それが心地よくて、あっという間に時間が過ぎていく。
ふと時計を見ると、そろそろ寝ないといけない時間がきていた。
「……続きはまた明日にして、そろそろ寝ます?」
「うん。……最後に少しわたくしから話をしても良い?」
「はい、聞きたいです」
ルティスが頷くと、ヴィオレッタはゆっくりと話し始めた。
「人間に恋した魔族の話。わたくしも聞いただけの話なんだけれど」
「へぇ……。もしかして、この前話してくれた、魔族と人間の混血の話でしょうか?」
「うん。わたくしが生まれる少し前のことよ。……昔ね、すごく力のある魔族がいて。他の多くの魔族と一緒に人を攻めたことがあるの。ま、人間は食料みたいなものだって思ってたから、家畜くらいのつもりでしょうね」
「……それって、魔王のことでしょうか?」
ルティスが尋ねると、ヴィオレッタは頷く。
「そう。当然、人間も抵抗するわよね。優秀な魔法士たちが集められて、討伐隊が組まれた。昨日、ムーンバルトの話をしたと思うけど、そのひとりね。そして、実はセレンティーナもそのひとり」
「ティーナさんが……」
「セレンティーナが魔女って言われてるのは、そこからよ。……パーティは他にもあと何人かいたらしいけど、リーダーだったのが『紫の魔女』って言われていた女」
そのふたつ名を聞いて、聞き覚えがあることを思い出す。
「リアナが持っていた本を書いた人か……。ティーナさんはリアナの先祖って言ってたけれど」
「うん。……だからね、実はあなたたち全員、そのパーティの子孫ってことなのよね。偶然なのか、誰かの思惑かはわからないけど」
「そうだったんですね……」
「それは余談だけどね。……それで笑えるのが、その魔族――まぁ、魔王なんだけど。その紫の魔女に一目惚れしたらしいのよね。あはは」
ヴィオレッタは笑いながら言うが、ルティスは笑っても良いものか悩む。
仮にも魔王の話だからだ。
「しかも、それ受け入れてくれたんだって。ただ、他の魔族たちの手前、そんな理由で戦うのをやめる訳にもいかないよね?」
「確かに……。でも、もしそうなってたら、今は違うかもしれなかったんですかね……」
「そうね。だから魔王は、自分が倒れれば戦いが終わるだろうって、そういう幕引きにすることにしたらしいの。死ぬとそれはそれで禍根が残るから、封印されるって方法を選んで」
「そんな方法があるんですか?」
「方法っていうと大げさかも。……単に、ずっと魔王の時間が止まっているだけよ。城の奥深くで」
「え、それって……。もしかしてティーナさんが……?」
「ご名答。……彼女にお願いして、魔法をかけてもらったの。ただ、もともとはセレンティーナが死ぬまでって約束だったみたい。まさか術者まで歳を取らなくなるなんてのは想定外だったようだけど」
「……なるほど。そんな長く魔法を使うなんて、試したことなかったんでしょうし」
「でしょうね。だから、本当はいつ解いてくれても良いんだけど、解いたら解いたで問題も色々とあるから。まだその頃の部下だった魔族もいっぱい生きているし」
「確かにそうですね。いきなり魔王復活ってなったら、大問題ですよ」
「セレンティーナにだって何があるかわからないし、だからわたくしがずっと封印を見守っていた、というわけ」
「ありがとうございます。なんとなく、状況がわかりましたけど……。ええっと、混血がって話はどこに……? さっきの話だと、魔王と紫の魔女くらいしか、そういう話にならないと思うんですけど……」
ヴィオレッタの話を聞いていくと、登場人物のなかであり得るのはそのくらいしかないと思えた。
特に魔族側は魔王しか出てきていないのだから。
「うん。ルティスの思った通り。その魔女には魔王との娘がいるんだよね」
まっすぐにルティスの目を見つめたまま、ヴィオレッタは少し悲しそうな表情を見せた。
「……なんでわたくしが今こんな話をしたのか、そろそろわかった……よね?」
その顔を見て、ヴィオレッタの言わんとすることがなにか、すぐに理解できた。
「ま、まさか……」
「……今はもう、わたくしとセレンティーナ以外、誰も知らないことだと思う」
「いや……。言えるわけないですよね、そんなこと。誰にも……」
ルティスはそれを想像しながら答えた。
仮に魔族の中でそれが広まったら、いくら力があるとはいえ、気に入らないと思う者も出てくるだろう。
となるとヴィオレッタは黙っているしかない。
逆に、人間たちに知られたところで同情を誘えるわけでもない。
「わたくしもそう思って。ルティスだから教えたの。あの子たちには言わないで。特にリアナには」
「はい。……って、紫の魔女ってリアナの先祖って話でしたよね。じゃあ、ヴィオラさんの子孫だったりもするんですか……?」
「それは違うわ。母は後に人間との間にも子供がいるの。わたくしが特殊だから、光と闇の魔法の後継ぎを残すために。……結局、闇魔法は人間の間では失われちゃったみたいだけれど」
「そうだったんですね」
「これでわたくしの話はおしまい。……どう? わたくしが怖くなった……?」
自分の素性を話すことができたという安堵感と、一方で不安そうな表情を混ぜ合わせたような、そんな顔でヴィオレッタはルティスに尋ねた。
この話をすると拒絶されるかもしれないという思いが半分。
残り半分は……。
「え? なんでです? むしろヴィオラさんの昔の話が聞けて安心しました。きっと、すごく苦労したんだと思いますし……」
しかし、ルティスは全く気にするような口ぶりすら見せなかった。
「……やっぱりルティスって変わってるね」
ヴィオレッタは、言葉ではなんでもないことのように返したけれども、心のなかではどんどん嬉しさがこみ上げてくる。
誰にも打ち明けられなかったことを、当たり前のように肯定してくれたことに。
自分の生きている意味を認めてくれたようにも思えて、目に涙が浮かぶ。
「……ありがとう」
涙を見られないようにと、強く目を閉じたヴィオレッタは、小さく呟きながらルティスの胸に頭をぶつけるように埋めた。
しかし、震える肩は隠せない。
察したルティスは、そっと肩に手を添えながら、片手で彼女の髪を優しく撫でる。
それは彼女が落ち着くまで、ずっとずっと続けられた。
◆
「……このまま寝させてもらってもいい……?」
ヴィオレッタはルティスの胸に額を付けたまま、小さな声で聞いた。
彼のぬくもりと、聞こえてくる心臓の鼓動が心地よいリズムを作っていて。
「……はい。今日は疲れましたよね。おやすみなさい」
「ん、おやすみ……」
微かに聞こえる声で返したあと、すぐにヴィオレッタからは気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
そのことに安堵しつつ、ルティスはもう一度「おやすみ」と声を掛けて、自分も目を閉じた。
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