第102話 会食後

 しばらく無言でルティスの顔をじっと見ていたヴィオレッタは、やがて口を開く。


「……どうしたの? ルティス」


「ヴィオラさんともっと話がしたいと思って」


「あまりわたくしと関わらないほうが良いわ。じゃないと、ルティスも周りから変な目で見られるのよ……?」


 困ったような顔で見上げてくるヴィオレッタが、むしろ自分の心配をしてくれていることにルティスは胸が熱くなる。


「そんなことないです。……いや、あるかもしれないけど、気にしないです。そんなこと」


「貴方が気にしなくても、周りはそう思わないものよ。人間が魔族と関わって良いことなんて何もないから」


「俺はそうは思いません。ヴィオラさんも、本当はそんなこと思ってないんじゃないですか?」


「……どうして?」


「だって、これまで話してた時だって、そんな素振りもなかったですし。それに……」


 ルティスは一度区切って、少し考えてから続けた。


「それに、ヴィオラさんは本気で怒ってたようには見えませんでした。……でも俺たちの迷惑にならないようにって、わざと悪者みたいに振る舞ってたように思ったんです」


 ヴィオレッタがリアナに似ていると思った理由が、今ならなんとなくわかる。

 自分の本心を抑えて閉じ込めているところが、かつてのリアナに重なるのだと。


「……まさか。さっきのわたくしのどこをどう見たらそうなるの?」


「なんとなく、です。……リアナもそうだったから」


「…………」


 ヴィオレッタは何も言い返さずに口を噤む。

 その表情は悲しそうにも見えるし、反対に嬉しそうにも見えて、彼女の心は見透せなかった。

 しかし、ルティスが握った手を振り解くような素振りもなく、じっと黙っていた。


 どれほどの時間が経ったかわからない。

 意を決して、ルティスは彼女の手を軽く引く。


「ぁ……」


 ごく小さな声を上げたヴィオレッタを、そのままそっと抱きしめる。

 その身体は温かくて、それでいて強く抱くと折れてしまいそうなほど華奢に思えた。

 抵抗もせず、されるがままの彼女の耳元で囁く。


「……無理しなくていいです。俺が……俺たちが力になりますから。……そんな悲しそうな顔をしないでください」


「……わたくしは必ず貴方たちにとって災いになるわ」


「俺はそれ以上に意味があるって信じてます」


「…………ルティスって意外と頑固なのね」


 呆れたように言ったヴィオレッタは、下から見上げるようにルティスの顔を見た。

 彼女と視線を交わせたまま、ルティスが艶やかな黒髪を漉くように撫でると、ヴィオレッタは表情を緩めて目を細めた。


「はは、リアナには何度も同じこと言われましたよ。本当、ヴィオラさんってリアナによく似てます」


「……あーあ。こんなことして、あの子に怒られてもわたくしは責任取れないわよ?」


「バレたら殺されますね……」


「それは自業自得ね。……ま、多少のフォローくらいはしてあげる」


 なぜか含んだ笑みを浮かべたヴィオレッタは、そのままルティスの背中に両手を伸ばして自分からギュッと抱きしめた。


「……ルティスがあの子達に好かれてる理由がわかった気がする」


「俺はよくわからないんですけどね」


「……馬鹿。そういうところよ」


 背伸びしたヴィオレッタは、ルティスの顎に頭をぐりぐりとぶつけながら、小さく笑った。


 ◆


「アリシア、リアナ。おかえり」


 それから程なくして、セドリックの泊まっている屋敷からふたりが帰ってきた。

 その気配を察して、ルティスはヴィオレッタの手を強引に引いて私室から顔を出すと、階下へと声を掛けた。


「ただいま……って、ヴィオラさん!?」


 予想外だったのか、アリシアはヴィオレッタの顔を見て驚いた顔を見せた。

 リアナも声は上げないまでも、明らかにびっくりしている様子が窺える。


 逆にヴィオレッタも、どうしたものかと困った表情をしつつ、小さく口を開く。


「……さ、さっきはごめんなさい。ひとり先に帰ってしまって……」


「何言ってるの。ヴィオラさんは何も悪くないでしょ。……あれだけでよく我慢してくれたって、感謝してるわ」


 アリシアがなんでもないことのように答えると、ヴィオレッタは一瞬ポカーンと口を開けた。

 そして、すぐに「ありがとう……」と呟く。


 そのあと、リアナは手に持っていた包みを見せながら言った。


「それじゃ、残った料理を持って帰ってますから。すぐ準備しますから、みんなでいただきましょう」


 ルティスとヴィオレッタは一瞬顔を見合わせて頷き合うと、すぐに階段を降りる。

 その様子を見ていたアリシアには、なんとなく感じるものがあったものの、それ以上何も言わずに、着替えのために寝室へと足を向けた。


 ◆


 ――その夜。


 ルティスの私室に、アリシアとリアナのふたりが顔を出していた。


「……さ、私達がいない間になにがあったのか、聞かせてもらいましょうか」


 ベッドサイドに腰掛けたルティスの左右を、姉妹ふたりがピッタリと挟むように座り、アリシアが低い声で尋ねる。

 両手に花といえばそうだが、むしろ罪人に逃げられないようにと、両隣をマークしているかのようだ。


「べ、別に何も……。帰ったら先にヴィオラさんがいて、少し話をしただけですよ……」


「ほんとーにそれだけですか?」


 今度はリアナが尋ねる。

 そして、顔を近づけると、ルティスの服の匂いをくんくんと嗅いだ。


(……まさか)


 さすがに先ほどヴィオレッタを抱きしめたときの匂いを嗅ぎ分けることなどできないだろうと思うが、それでもその可能性がないわけでもなく。

 冷や汗がどっと吹き出す。


「あら? ルティスさんの顔色が悪いわね」


「……ですね。何かやましいことがあると見ました」


 ふたりに顔を覗き込まれて、心臓の音が自分で聞こえるほどに早くなる。

 蛇に睨まれた蛙のように、何も言えずに口を閉じていると、リアナがにっこりとした笑みを貼り付けた顔を見せた。


「んふふ。別に取って食べたりしませんから。正直に答えるだけで良いんです。……どうせ、ヴィオラさんにも手を出そうとしたんでしょう?」


「そ、そ、そんなことは……!」


「そんなことアリアリね。ルティスさんはすぐ顔に出るんだから、さっさと白状すればいいのに。ねー、リアナ」


「ええ。そうですよね、お嬢様」


 ふたりとも、顔は笑っているが目は笑っていない。

 どうせバレているならばと、観念して白状しようと目を閉じたとき――。


 ――コンコン、ガチャ。


 部屋の扉がノックされてすぐに、返事も待たずに開く。

 そこには、ルティスにとっての救世主となるだろうか。ヴィオレッタが白い寝衣姿で、苦笑いしながら立っていた。

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