第100話 会食 前編
「悪い悪い! 待たせたみたいで申し訳ない」
顔を見せた国王陛下が、待っていたセドリックとアリシアに向かって早足で近づくと、軽い調子で手を上げる。
その様子は、ルティスからは先日の式典での陛下とほとんど同じ雰囲気に感じられた。
「いえ、何を仰りますか。わざわざユリウス陛下に足を運ばせるなど、恐縮にございます」
「はっはっは。王宮だと息が詰まるからな。――さ、皆も挨拶など気にしなくてもいいから、早く始めよう。待ちくたびれたろう?」
陛下が周りに大きな声を掛けると、給仕の者達が一斉に動き出し、乾杯の準備を始めた。
ルティスたちにもすぐに新しい飲み物が手渡される。
もちろん、アルコールの入っていないものだ。
「準備はいいな。じゃ、乾杯!」
「「乾杯」」
その勢いに戸惑っていると、すぐに陛下の音頭で会食が始められた。
疲れたときのために周りに椅子は置かれているものの、基本は立食形式で行われるようだ。
陛下の様子を見ていると、乾杯のグラスは一気に空になっていて、ただ早く飲みたいだけだったようにも思えた。
同じようにセドリックのグラスにも、すぐにお代わりが注がれていて、アリシアが引き攣った笑顔を貼り付けている。
アンナベルは少し控えめに立っていて、一歩引いている感じが見受けられた。
ルティスは挨拶に行くべきか悩むが、セドリックと楽しげに会話している邪魔をすべきではないと思って様子を見ていた。
「ルティス、お腹すいたー」
そのとき、待ち切れなかったのか、ヴィオレッタがルティスに声をかけた。
「あ、はいっ。――リアナも行きましょう」
「わかりました」
すぐにリアナにも促して、ヴィオレッタを追う。
陛下が来られるとあってか、料理は種類も量も豊富で、冷めぬように湯煎されているものが多い。
その中から、好きなものを選んで給仕に取り分けてもらうスタイルだ。
それぞれ食べたいものを皿に盛ってもらい、高さのあるハイテーブルに置いて手を付ける。
「んー、やっぱり美味しいですねぇ……」
前菜も何もかも全てすっ飛ばして、ハンバーグだけを3つ盛ってもらったリアナが、大きめに切り分けたその一欠片を口いっぱいに頬張って、満足そうに息を吐いた。
「……そうね。こっちに来ると、なにを食べても美味しく思うわ」
「ヴィオラさん。魔族領では、どんな料理を食べているんですか?」
ルティスが聞くと、ヴィオレッタは苦い顔をする。
「アレを料理と言って良いのかは疑問。……でっかい虫とか獣を魔法で焼いただけのものとか。味付けもないし」
「…………」
想像するだけでも美味しくなさそうで、ヴィオレッタが可哀想に思えた。
見かねたリアナが提案する。
「もしよければ、簡単な料理とか教えましょうか?」
「やってみたいけど、そもそも魔族領じゃ食材がね……」
「あー、なるほど……。交易があればとは思いますけど……」
「船で運ぶにしても、食材より先に人間食べちゃうような奴らがいっぱいいるもの。まだ無理よ」
ヴィオレッタが諦めたような口ぶりで首を振った。
「むー、ならせめてヴィオラさんのぶんくらい、自分で運んでみては……?」
「せいぜいそのくらいね。すぐにできそうなのは。……魔族も美味しい料理がいつでも食べられるなら、わざわざ人間食べなくても良くなると思うのだけれど」
「そうなると良いですねぇ」
確かに、娯楽という側面を除けば、人を食べるよりも美味しいものが手軽に手に入るなら、魔族領から出てきてまで人間を襲う必要などない。
ただ、そのためには食材を運び、料理を振る舞ってそれを根付かせる必要があるが、生半可なことでは実現できそうにない。
そんな話をしていた3人のところに、挨拶を兼ねて陛下とふたりの護衛、それと案内役のセドリックがやってきた。
護衛のひとりは若い魔法士に見えた。もうひとりも若いが、女性だ。どちらも昨日の式典で陛下の護衛をしていたことで、見覚えがあった。
ルティスとリアナは慌てて手を止めて、陛下の前に直立する。
「陛下、こちらから挨拶できず大変失礼いたしました」
「ああ、気にするな。君たちには昨日世話になった。被害が最小限に済んだのもそのおかげだよ」
「恐縮です」
ルティスが頭を下げると、リアナも同じようにそれに倣う。
あまり関わりたくないという雰囲気を纏わせたヴィオレッタは、その様子を横で眺めていた。
しかし、陛下はそのヴィオレッタにも声をかけた。
「
話しかけられて無視するわけにもいかず、ヴィオレッタはしばらく考えてから、当たり障りのないように返す。
「……多少目に余りましたので。あくまで、わたくしから見ても敵だったまでです」
「なるほど……。とはいえ、無闇に争う必要もあるまい」
すでに多少は酔っているのかもしれないが、特にヴィオレッタの返答に気を悪くしたような素振りはない。
「そうですね」
「ま、若者同士楽しんでくれ。おっと、其方は見た目通りの歳ではないのかも知れぬが」
「ありがとうございます」
ヴィオレッタが首だけで小さく礼をすると、陛下は満足そうに頷いて、次はティーナとライラのほうに足を向ける。
その陛下の背中を見てから、一同は食事を再開しようと、改めて手元の料理に視線を落とした。
――そのタイミングを狙っていたのだろうか。
3人の意識が完全に陛下から抜け落ちたとき、ルティスは一瞬ゾクッとした違和感を覚えた。
(……なんだ?)
そう思った瞬間に、視界の端から飛び込んでくる黒い影。
ルティスは「そういえば前にも同じようなことがあったな」とスローモーションのように考えながら、咄嗟に周りの時間を止めた――。
◆◆◆
100話到達!
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