第99話 レセプション

「こんばんは。ようこそいらっしゃいました」


 迎えの馬車に乗り、セドリックが泊まっている屋敷に着いた一同――もちろんライラも含めて――は、アンナベルに出迎えられた。

 深々と頭を下げる様子を見ていると、式典の前に一度夕食会をしたときとは、態度が違っているようにルティスには感じられた。


「先生こんばんは。全員、連れて参りましたわ」


「ええ、お待ちしておりました。……どうぞこちらへ」


 アンナベルが先導しつつ、皆はアリシアが先頭で続く。

 ルティスとリアナがその後ろといういつもの並びだが、ヴィオレッタは目立ちたくないのか、一番後ろをライラに隠れるように歩いていた。

 外見ではライラとヴィオレッタは同じくらいの歳に見えるが、もちろん実際の歳は全く違う。


「セドリック様、お連れしました」


 前回のときと同じホールに入ると、中で座って待っていたセドリックが立ち上がって出迎えた。

 まだ国王陛下は来られていないようだ。


「や、アリシア。昨日は大変だったね」


「ええ。でも皆さまのおかげで被害が最小に食い止められたのは幸いですわ」


 実際、死者は最初に斬られた陛下の護衛の魔法士ひとりだった。

 同じく護衛だった女魔法士が大怪我をしていたが、その後無事に治癒されたと聞いていた。


「ああ。そうだな。――ティーナさん、今日は飲みすぎないように頼みますよ」


 前回、大事故を起こしたティーナは、あのあとこってりとリアナに説教されたこともあってか、小さくなりながらペコペコと頭を下げる。


「あはは、気をつけます……」


「とはいえ、実力はさすがでしたね。ルティス君とリアナも、以前とは見違えたよ。それに……」


 セドリックがヴィオレッタに顔を向ける。


「ヴィオレッタさん、昨日はありがとうございました」


 ヴィオレッタはあまり話をしたくない雰囲気を纏いつつも、そういうわけにはいかず口を開いた。


「……わたくしはアイツが嫌いだっただけ。貴方達を助けたつもりはないわ」


 ぶっきらぼうに答えたヴィオレッタだったが、セドリックは気にした素振りもなく、笑いながら続けた。


「はは、そういうことにしておきましょうか。ま、今日は何も気にせず好きなように食べてください」


「……え、ええ。ありがたく戴くことにするわ」


 予想外に大らかなセドリックの態度に、ヴィオレッタは多少面食らった様子だった。

 とはいえ、すでにテーブルに並べられている食事が気になるのか、そわそわとしていた。


 しかし、国王陛下が来られる前に手を付けるわけにもいかずに我慢する。

 もちろん、ヴィオレッタからすれば、たかが人間の、いち国王にへりくだる必要は全くない。

 ただ、無闇に刺激することで、もっと面倒なことにしたくなかっただけだ。


 ――と。


「……陛下が来られたようです。お出迎えに行って参ります」


「わかった。頼む」


 護衛の魔力などで気付いたのだろう。

 アンナベルがセドリックに断って、ホールから出ていく。


 陛下を待つ間、とりあえず軽く飲み物だけでもと、各自好きなものを選び手に取った。


「……ティーナさんはまだお酒ダメですよ」


「…………はい」


 ティーナが給仕の男性からカクテルをもらおうと足を運ぶのを見たリアナが嗜めると、渋々ノンアルコールに切り替えた。


 その様子を見ていたヴィオレッタはルティスに近づいて耳打ちした。


「……セレンティーナって、なんであの子に弱いの?」


「えっと……。以前に色々ありまして……。お酒飲みすぎて、やらかしたというか……」


「ふぅん……。不思議なの」


「でも、もちろん尊敬してますよ。ティーナさんからは魔法教えてもらっていますし」


 寝起きで喉が渇いていたのか、あっという間に2杯目の飲み物を注文しているティーナを目で追う。


「でもルティスは良いとして、セレンティーナじゃ光魔法は教えられないでしょ?」


 これまで一度も話していないのに、さらっとリアナが一度使っただけの魔法のことを見抜いていることに驚く。

 ただ、1000年も生きているなら知っていてもおかしくないと思い直した。


「……そうですね。そっちは本読んで勉強してるみたいですよ」


「本?」


「なんかリアナの先祖の方が書いた本らしくて。俺は読んでませんけど」


「ふーん……」


 特に興味を持っているような素振りはなく、ルティスはそこで話を区切った。

 周りを見ると、アリシアはセドリックと談笑しているようだし、ティーナはライラと何やら楽しげに話をしていた。


 そのとき、飲み物を手にしたリアナがルティスのところに近づく。


「ルティスさん、魔力の回復具合はどうです?」


 問われて、改めて自分の状態を確認するが、あれから丸一日経っていることもあって、今は完全に回復しているように思えた。


「ええ、問題ないですよ。……あの魔法が、あれだけ魔力消費するってのには驚きましたけど」


「ですねぇ……。私、ルティスさんが魔法を使ったとき、一瞬で魔力が無くなったようにしか見えませんでしたよ」


 リアナはその時のことを思い返す。

 ルティスが時間を止めたとき、周りからはなにが起こったのかわからなかっただろう。

 ただ、彼の魔力が瞬間的に無くなったことは、リアナにはわかっていた。もちろん、その理由も。


「……最近の若い人って、なんでそんなに魔力が少ないのかな? 不思議ね」


 ふいにヴィオレッタが話に割り込んだ。

 彼女から見れば、誰も彼も、ごくわずかの魔力しか持っていないように思えるのだろうか。

 リアナが首を傾げながら聞き返す。


「昔とは違うんですか?」


「そうね。わたくしが生まれた頃は、魔法士の魔力量も質も、もっと高かったわ」


「うーん……。あまり戦いが起こらなくなったからでしょうかねぇ……」


「かもしれないわね」


 ヴィオレッタは納得したようなしていないような、曖昧な返事を返した。

 ルティスは逆に問いかける。


「魔族のほうはどうなんですか? 昔と比べて……」


「んー、最近マシだったのは昨日のアイツくらいよ。もともと、そんなに新しい魔族が生まれたりはしないから……」


「生まれる……ってのは、魔族ってどんな感じで生まれるんでしょう?」


「え? 人間と一緒だけど……」


 そんなことも知らないのかと、ヴィオレッタは意外そうな顔をする。


「そ、そうなんですね。変身したりできるから、よくわからなくて……」


「偏見ね。姿を変えるのはそういう魔法なだけで、覚えれば人間でもできるわ。空を飛んだりするのもそう。……滅多にいないけど、人間との混血の例も過去に無いわけじゃないし」


 腰に手を当てて呆れたように言ったヴィオレッタを見ていると、思っていたよりも魔族と人間の差は大きくないのだと理解する。

 同じように食事を摂って、睡眠もする。そして子供も作るのならば、種族が違うだけで生き物としては同じだ。


 そういうものを超越したような存在に感じていたけれど、確かに偏見だったのかもしれないと、改めてヴィオレッタを見ていて思い直した。


「……陛下が来られましたよ」


 ふと、リアナが真面目な顔でルティスに耳打ちする。

 すぐにいったん会話を止めて、入り口の方に注目した。


 そこには、護衛の魔法士ふたりと共に、アンナベルの先導でホールに入ってくる国王陛下の顔が見えた。

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