第98話 会食直前
「ティーナさん、いくらなんでもそろそろ起きてくださいっ!」
夕方になり、薄暗くなってきてもティーナが起きてこなかったこともあり、痺れを切らしたリアナがドアを連打しながら呼びかける。
しかし返事はない。
「もう入りますよっ!」
ノブを回すと鍵はかかっていないようだ。
そのまま扉を開けると、すぐにティーナの私室の惨状が目に入ってくる。
着替えや荷物は床に散乱していて、気を遣わないと足の踏み場もない。
そして、ベッドからシーツが半分垂れ下がっていて、そもそもベッドの主は床でいびきをかいていた。
「ティーナさん! 起きてくださいっ!」
改めて呼びかけてもティーナは完全に無視して寝ていた。
言葉で起こすことを諦めたリアナはすっと目を細めると、無言でティーナを指差す。
――ビシッ!
ティーナの顔の上に突然現れた頭ほどの大きさの氷塊が、そのまま重力で落下を始める。
当然、そのすぐ真下にあるティーナの顔とその氷塊がキスするのは、さほどの時間を要しなかった。
ガツンッ!
「――な、なによ! いったい……!」
衝撃で全身がビクッとなったティーナは、頭を振りながら咄嗟に飛び起きる。
その様子を見てたリアナは、無表情のままで言った。
「早く起きないからそうなるんです。……いま何時だと思ってます?」
ティーナは窓の外を見ながら返す。
「え、えっと……? もう朝なの……?」
「なに言ってるんですか。もう夕方ですよ、ゆ・う・が・た! 外が暗いのは朝じゃありません」
「え……? そうなの? ……嘘でしょ?」
「嘘ついてどーするんですか。さっさと起きて着替えてください。今から出掛けますよ!」
まだボケーっとしているティーナに、リアナは早口で捲し立てた。
国王陛下との会食に招待されている時間まで、もうそれほど余裕はなかった。
「まーまー、そんなブリブリ怒らないの。……ベルちゃんみたいになるわよぉ?」
「誰のせいですか、誰の。……はぁ。5分待ちますから、今すぐ着替えて降りてきてくださいよ」
そう言い残して、リアナはティーナの部屋を後にする。
ルティスの部屋なら中で待つが、ティーナの部屋は乱雑すぎて、見ていると不快にしかならないからだ。
ただ、昨日の戦いでは最後にヴィオレッタが手助けをしてくれたとはいえ、その前にティーナがザルドラスを追い詰めたことには感謝していたから、あまりキツく言うのも我慢していた。
そのときの光景を思い返しながらリアナは階段を降りる。
ふと――。
(……ん? そういえば……)
ティーナがザルドラスの足を吹き飛ばしたとき、その魔族が流した血は青かったことを思い出す。
しかし、先程洗濯した、ヴィオレッタに貸していた寝衣に付いていた血は赤色だった。
以前戦った魔族がどうだったか記憶を辿るが、血を見た記憶はなかった。
(魔族って、みんな血の色が違うんでしょうかねぇ……?)
とはいえ、姿すら自由に変えられる魔族だ。
あまり深く考えても仕方がないと思って、リアナは階下にいるルティスの元に急いだ。
◆
「ヴィオラさんも一緒に行くんですか?」
そろそろ騎士団の人たちが迎えに来る時間が近くなったころ、ルティスがアリシアに聞いた。
「……そのつもりだったけど、さっき聞いたら『面倒だから絶対嫌』って断られたのよね」
「え、それじゃ、ヴィオラさんひとり残していくってことですか?」
「そうなるわね。まぁ、大丈夫でしょ」
「でも、それだと夕食どうするんですかね? 俺、もう一回聞いてみますよ」
皆が会食に出掛けた場合、ヴィオレッタの食事がない。
昨日の食べっぷりを思うと、食事抜きはなんとなく可哀想に思えて、ルティスはひとりヴィオレッタの部屋に向かった。
――コンコンコン。
扉をノックすると、中から「ルティスね、入って良いわよ」と声が返ってきた。
ルティスは魔力を隠すようなことはまだできないから、ヴィオレッタから見ればすぐに分かるのだろう。
「失礼します。……あの、このあとの国王陛下との会食のことなんですけれど」
部屋に入り、すぐにルティスを確認するとヴィオレッタは面倒そうな顔をした。
「えー。わたくし、堅苦しいのキライなのよね……」
「気持ちはわかりますけど……。でも、じゃないとヴィオラさん、今晩食事が無いんですよ。お腹空きません?」
「あ……」
ヴィオレッタは思いついたように、お腹を押さえて眉を顰めた。
起きてからアップルパイを食べただけで、他に何も食べていない。
このまま晩御飯も抜くとなると、空腹に耐えなければならないのは必至だ。
ただ、面倒なのは嫌だし、ましてやこの国の国王と会うなど、あまり嬉しいものではなかった。
考えまではわからないが、強い者に擦り寄ろうとする魂胆が垣間見えるからだ。
ヴィオレッタはその両天秤で頭を抱えた。
「むむむぅ……」
「悩むくらいなら行きましょうよ。俺も堅苦しいのは苦手なので、一緒ですよ……」
ルティスは葛藤しているヴィオレッタの背中を押そうと、一声かける。
しばらくの間、悩みながらじっとルティスの顔を見ていた彼女だったが、やがてぽつりと小さな声で聞いた。
「……わたくしが行ったら、褒めてくれる……?」
「え……? ええ、良いですよ」
いまいち彼女の意図がわからなかったが、ルティスはふたつ返事で頷いた。
「……しかたないわね。ルティスの顔を立ててあげるわ」
「ありがとうございます。正装じゃなくても良いようなので、適当な服で……」
「ん、わかったわ。すぐ着替えるから」
ルティスは着替えの邪魔にならないよう、すぐに彼女の部屋から出た。
そして食堂に戻ったルティスは、アリシアに報告する。
「ヴィオラさん、来てくれるそうです」
「へぇ、よく説得できたわね。私が頼んでも首を縦に振らなかったのに……」
「そうですか? 結構すんなりと聞いてくれましたけど」
ルティスが首を傾げると、会話を聞いていたリアナが目を細めた。
「……なんかルティスさん、いつの間にかヴィオラさんに懐かれてません……?」
「そ、そうですかね……。気のせいじゃないですか?」
「うーん……。なんとなくそんな気がして」
杞憂なのかもしれないが、万が一もあり得ると思って、リアナは警戒を強めることにした。
ただ、例えどんなことがあっても、ヴィオレッタを敵に回すことだけは避けなければならないのも事実で、慎重に動く必要がある。
(もしかすると、お嬢様より色んな意味で危険……なのかもしれませんね……)
なんとなく、だけれども、リアナは「勘」がビンビンするのを感じていた。
そして、同時にアリシアも同じことを考えていたことは言うまでもない。
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