第96話 良い人?

 夕食までの間、なんとなくルティスが私室から出て食堂に顔を出すと、先客としてヴィオレッタがいた。

 今はドレス姿ではなく、ふわりとした白い薄手のワンピースに着替えていて、魔力も抑えているのか、ルティスから見ても全く人間と区別が付かない。


 ヴィオレッタはルティスを見て、座ったまま声をかけた。


「ええと、ルティスだったっけ? ……念のため聞くけど、貴方はセレンティーナの子孫……ね?」


 ヴィオレッタが使う予定の部屋は、これまで使われていなかったこともあり、今はリアナとライラが掃除をしてくれていた。

 そのため食堂でのんびり待っていたようだ。


「はい。ティーナさんからはそう聞いています。……実感はありませんけど」


「そう。……貴方はわたくしが怖くないの?」


 ふと、ヴィオレッタが聞く。

 さきほど皆で話をしていたときは、ルティスも緊張していたように見えたが、今はそんな雰囲気を感じられなかったからだ。


「うーん、よくわからないんですよね。ヴィオラさんは別格なのかもしれませんけど、そもそも俺はみんなより弱いですし。気にしてたら疲れてしまいます。それに――」


 今は時間魔法を覚えて、かなり戦えるようになったのかもしれないが、それでもきっとリアナには敵わないだろう。

 当然、ティーナにも。

 普段からそういう環境に身をおいているから、麻痺してしまっているのかもしれない。


「それに?」


「……こんなことを言ったら失礼なのかも知れないんですけど。ヴィオラさんって、魔族って感じが全然しなくて。……リアナとなんとなく似てるってのもあるのかもしれませんけど」


「ふぅん……」


 小さく呟いたヴィオレッタは、じっとルティスの顔を正面から見つめた。


 当然、反対にルティスも彼女の顔を見る。

 よく見ると、同じ黒い髪ということ以外、そこまでリアナに似ているわけではない。

 薄紫色の瞳も、シュッとした線の細い顔立ちも、リアナとは違う。ついでに言うと、ドレスのときは盛っていたのか、今は胸がスカスカだ。


 ただ、それでも重なるところがあるように思えて仕方なかった。


「どこが似ているって思うの?」


「……雰囲気、でしょうか。すみません、うまく言えないんですけど」


「いえ、別にいいわ」


「逆に、ヴィオラさんに聞いてもいいでしょうか?」


 ルティスはこの雰囲気ならばと思って、これまで疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


「わたくしが答えられることなら」


「ありがとうございます。……あの、これまで何度かアリシアが魔族に狙われたことがあるんですけれど、理由がわかりません。なにかご存知でしょうか?」


 このヴィオレッタは魔族でありながら、アリシアを狙うような気配は全くない。

 そもそも、その気ならばあっという間に全員を屠ることすら容易いのだろうから。


 ヴィオレッタはしばらく考えてから答えた。


「……詳しくは知らないけれど、それはきっとザルドラスのくだらない策略ね。魔王の封印を解くとか考えてたみたいだから」


「魔王の封印を? それがアリシアとなにか関係が?」


「全く関係ないわ。どうせ誰かの入れ知恵で、聖魔法士に封印を解く鍵でもあるって思ったんでしょ」


「なるほど……。となると、その魔族が死んだ今では、その心配はもうないって思っても良いんでしょうか?」


 ヴィオレッタの話の通りならば、その張本人の魔族が死んだことによって、心配事が解消したと思えた。


「しばらくは、ね。でもザルドラスに吹き込んだヤツがいるなら、また別の魔族が動くかもしれないわ」


「あ、確かに。……でも、ヴィオラさんは、魔王の封印を解こうと思ったりしないんでしょうか?」


「全然。……わたくしは静かに暮らしたいの。だからむしろ封印が解かれないように守ってるんだもの」


 即答でヴィオレッタはルティスの疑問を否定する。

 ルティスはこれまで魔族は等しく争いを好んで、人間を敵視するものだと思っていた。

 だが、魔族の中で最強と言われる守護者の中でも、彼女のような平和主義者がいるのだということに驚きを禁じ得なかった。


 そして、きっとティーナも、ヴィオレッタの性格をよく知っていたから、こうして理解し合えているのだと納得した。


「……もしかして、ヴィオラさんって良い人ですか……?」


 ルティスはつい無意識に思ったことを呟いた。

 ただ、すぐに魔族に対して「人」というのはいかがなものかと思って苦笑いを浮かべる。


「あ、当たり前よ。……わたくし、生まれてから一度も、人間を殺したことも食べたこともないんだから……」


 ヴィオレッタは少し照れたような表情で、ブツブツと小さな声で呟いた。


 ◆


「あ、これおいしー」


 夕食の場では、ヴィオレッタがひと口食べるなり、目をキラキラと輝かせて頬を押さえた。


 食事のメニューはハンバーグだ。

 リアナがメニューを決めるとそればかり作りたがるのだが、アリシアから週に2回までに制限されている。

 ただ、今日は好きなものを作って良いとの指令が出ていて、それは実質ハンバーグになる、という意味でもあった。


「ですよねー。ハンバーグは美味しいです」


「これ、ハンバーグって言うのね。魔族領だと、手の込んだものは食べられないから……」


 ヴィオレッタは勿体無いからか、少しずつ小さく切ったハンバーグを口に入れては、ほうっと目を細める。


 アリシアがヴィオレッタに聞いた。


「魔族領……って、どこにあるのですか?」


「ん? 西の海にね、大きな島があるのよ。結界があるから人間は近づけないけども」


「西の海……」


 確か果てしなく海が広がっていると聞いていた。

 その向こうに何があるのかを求めて、航海に出る船はたまにある。

 しかし、帰ってきた船はいないとも。


「たまに迷い込んだ人間は良い食材扱いね」


 さらりと怖いことを言うヴィオレッタだが、確かに魔族の本拠地に近づけばそうなるのは自明の理だ。


「なるほど……。ヴィオラさん、ハンバーグのお代わりありますけど、どうしますか?」


「――え? 本当!? ……し、仕方ないわね。食べてあげるわ」


 リアナに尋ねられたヴィオレッタは、視線を逸らしながら空になった皿を差し出した。

 その様子を見て、リアナはにんまりと口元を緩める。


「……別に無理して食べていただかなくてもいいんですよ? 残ったら私が食べますから」


 冷たくあしらう素振りを見せると、ヴィオレッタは慌てて弁明した。


「――ちょ、ちょっと待って! 欲しいっ! お代わりください、お願いっ!」


「んふふ、仕方ないですねぇ。……ちょっと待っていてください」


「はいっ!」


 ヴィオレッタはほっと安堵した顔で空の皿をリアナに渡すと、お代わりが届くまでそわそわとし続けていた。


 ◆◆◆


【第10章 あとがき】


アリシア「また増えたわね……。得体のしれない人が」

リアナ 「ですねー。でもいい人そうで良かったです」


アリシア「なんでそう言えるのよ?」

リアナ 「え? ハンバーグ好きな人に悪い人はいません(キリッ)」


アリシア「(呆れ顔)はぁー、リアナは幸せそうで羨ましいわ」

リアナ 「でも、秘蔵資料によると、相当前からあの方はプロットに組み込まれていますね」


アリシア「どのあたりから?」

リアナ 「少なくともライラさんより前です。学園祭編あたりからですね」


アリシア「へぇ……。」

リアナ 「私として心配なのは、ルティスさんを誘惑しないかどうか、ってところでしょうか」


アリシア「そうね。なかなか可愛いもの、あの子」

リアナ 「胸の大きさは私たちの圧勝ですけど」


アリシア「それ言ったら、私はリアナに勝ってるってことになるけど?」

リアナ 「そ、そこまで大差は……」


アリシア「1.5倍はあるわよ?」

リアナ 「きゅぅ……(小ぶりな胸を押さえる)」


アリシア「ま、ヴィオラさんは比較にならないけれど……」

リアナ 「あの方、ほぼまな板ですからね(胸を張る)」


アリシア「あ、でも魔族って外見変えられるのよね? 自分で……」

リアナ 「なるほど……。つまり……?」


アリシア「あえて、つるぺた好きを狙っている……?」

リアナ 「それはないと思いますけど……」


アリシア「じゃ、何よ。あとは軽量化くらいしかないわ」

リアナ 「謎ですね……」


アリシア「まあいいわ。あの子はリアナに胃袋を掴んでもらうとして……」

リアナ 「んふふ、お任せを。……それでは次章に参りましょう」


アリシア「またねー」


ヴィオラ「ねえねえ! おやつまだー?」

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