第95話 新たな同居人

 あの騒動だ。

 式典は当然中止となり、翌々日に近しい者だけを集めて、改めて国王陛下の誕生日を祝うことになった。

 そして、ヴィオレッタはティーナに半ば無理矢理引きずられるように、アリシアの家まで連行されていた。


「……で、わたくしも暇じゃないのだけれど? どんなもてなしを期待したらいいのかしら?」


 応接間でソファに座ったヴィオレッタは、優雅に足を組みながら皆に聞いた。

 この場には、セドリックとアンナベルは来ていない。

 アンナベルはかなり悩んだようだが、少しでもセドリックに対するリスクを減らすことを考えて辞退したのだ。

 また、ライラは別行動だったが、今は洋館に戻ってきていた。


 ティーナと、この洋館の主であるアリシアがヴィオレッタの前に並んで座り、少し離れたところにルティスとリアナという布陣だ。


「まーまー。どーせ普段は城で寝てるだけでしょ? あんたは」


「…………」


 ティーナが軽い調子で返すと、ヴィオレッタは片眉をピクピクとさせつつも、図星だったのか何も答えない。


「と、とりあえずお茶を淹れさせますから、自己紹介からでしょうか」


 一方、アリシアは他所行きの笑顔で応対する。

 とはいえ、さすがに多少の緊張はしているようで、なんとなく表情が固く見えた。


「……そう。なら、わたくしから先にするわ。もう何度も聞いたでしょうけど、ヴィオレッタよ。別にヴィオラでも良いわ。こだわりないから。……たぶん人間からは、魔王に次いで敵視されてるのでしょうね。セレンティーナとは腐れ縁みたいなものかしら」


 ヴィオレッタはティーナの方に視線を向ける。


「ティーナさんのことで良いのかしら?」


 アリシアは念のため、隣に座るティーナに聞く。


「ええ、私のことを本名で呼ぶのは、もうこの子くらいね」


「そうなのね……。次はティーナさんで?」


 アリシアがティーナに振ると、ティーナは首を振る。


「私はどっちもよく知っているから。……この子とは1000年近く前からの知り合い」


「その頃と言えば、魔王が封印された頃……で良いのかしら? ヴィオラさんの前で、そんな話して良いのかわからないけれども……」


「……別に良いわ。わたくし自身、魔王の城に住んでいるけれど、魔王本人とは会ったことないし」


 ヴィオレッタはあまり興味のないことのように、ぶっきらぼうに答えた。


「それは良かったわ。私はアリシア。ムーンバルトってところから、王都に勉強に来ています」


「ムーンバルトの聖魔法士か。……昔、魔王と戦ったと言われるパーティの一員の末裔ね」


「え……。それは初耳だわ……」


 アリシアはヴィオレッタが話した言葉に驚く。

 父からも聞いていないし、そんな伝承が残っているならば、きっと世間にもっと喧伝して権威を高めようとするだろうから。


「そのあたりの記録は、ほとんど残っていないわ。人間だけでなく、魔族の中でもね。――そういう意味では、そちらのふたりも同じね」


 ヴィオレッタはリアナとルティスに顔を向けて、意味ありげに口角を上げる。

 リアナが先に口を開いた。


「私はリアナと申します。アリシアお嬢様の妹でもあります」


 と――。

 ちょうどライラが人数分のお茶を入れてサロンに入ってきたときだった。

 リアナの自己紹介を聞いて、一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに普段通りに戻る。

 そして、落ち着いてテーブルにお茶を並べていく。


 最後にルティスが緊張した声で自己紹介をする。


「ルティスと言います。よ、よろしくお願いします」


 何をよろしくするのか自分でもわからなかったけれども、なんとなく癖でそう話したルティスに、ヴィオレッタは口元を緩めてくすっと笑う。

 それまで硬い顔をしていた彼女が笑ったことで、多少は場の雰囲気が緩んだ気がした。


「ふふっ。貴方、セレンティーナとは全然似てないね」


「そ、そうでしょうか……?」


「ええ。だって真面目そうに見える。なんとなく」


 ヴィオレッタの言葉に、ティーナが口を尖らせる。


「それ、私が不真面目に見えるってこと?」


「『見える』だけじゃなくて、実際に不真面目でしょ?」


「…………」


 ティーナは不満そうな顔をしながらも、自分自身思い当たるところがありすぎて、それ以上何も言わなかった。

 その間にヴィオレッタはライラが淹れたお茶に口を付けて、「ふぅ」と息を吐く。


 彼女の様子を見て、ルティスが話しかける。


「あの……。お気を悪くされたら申し訳ないんですけど……。魔族の方もお茶とか飲まれるのですか……?」


「ルティスさん、貴方は魔族をどんなものだと思っているのかしら?」


 逆に問われて、ルティスは口ごもる。


「え、ええっと。……すみません、全然知らないんです。魔族のこと……」


「そうでしょうね。別にそれを責めてるわけじゃないわ。……お茶も飲むし、普通に食事もする。寿命が長いぶん、頻度は多くないし、人間を食べることにしか興味を持たない魔族も一部にはいるわ。わたくしは違うけれど」


「そうなんですね……」


 ルティスに限らず、魔族のことはほとんど知られていない。

 それも当然で、人間の前に現れることが滅多にないからだ。

 だから、こうして眼の前で話ができること自体、これまでの常識ではあり得ない。


 そして、ティーナがヴィオレッタと旧知の仲であることにも驚く。


「そーいや、いつから来てたの?」


「10日くらい前よ」


「どこ泊まってたのよ。私がここにいるってわかってたでしょ? 挨拶にくらい来ればいいのに……」


「普通に宿に泊まってたわ。……なんでわたくしがわざわざ貴方に挨拶しないといけないのよ」


 ティーナを除く一同は、ヴィオレッタが魔力を隠したまま、王都の中で人間に紛れて過ごしていたことに驚く。

 とはいえ、以前学園祭で戦ったテオドールも、魔族であることを隠していたことを考えると、ありえない話ではないのか。


「え、人生の先輩に挨拶に来るのは当然でしょっ」


「んなわけない。セレンティーナよりわたくしのほうがずうっと強いし」


 ヴィオレッタは自信満々に胸を張った。


「それじゃ、これからどうするのよ? 城に帰っても寝てるだけでしょ? しばらく遊んでいけば?」


「うーん……」


 ティーナの提案に、ヴィオレッタは首を傾けてなにか考えてるようだった。

 その間に、ティーナはアリシアにこっそり耳打ちする。


「……ここ、泊めてあげてもいいでしょ? この子を味方に付けておいたら便利よ? にっしっし……」


「……セレンティーナ。聞こえてるんだけど?」


 ヴィオレッタは、じとーっと目を細めてティーナに口を尖らせる。

 しかし、それほど怒っているようには見えなかった。


「ありゃ? ま、まぁ、気にしない気にしない!」


「まぁいいけれど。わたくしは最初から貴方たちの敵というつもりもないから」


「でしょうね。……で、どう? アリシアさん」


 再度確認されたアリシアは、リアナとルティスにちらっと目配せする。

 ふたりが否定する雰囲気を持っていなかったのと、実際にヴィオレッタと話してみて危険な感触を受けなかったことと、部屋も空いていることもあり同意することにした。


「わかりました。一部屋提供しますので、自由に使ってください」


「……3食付き?」


 ヴィオレッタはアリシアに少し身を乗り出して確認する。


「え、ええ。食事もお付けしますわ」


「仕方ないわね。……しばらくここに居てあげるわ」


 言葉とは裏腹に、なんとなく嬉しそうにヴィオレッタは頷いた。

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