第94話 守護者との戦い(4)

(――これが限界か……!)


 ルティスは再度魔力の尽きた自分の力の無さを恨む。

 リアナがダメージを与えてくれたおかげで、時間魔法を効かせることはできたが、またしても消滅させるには至らない。


 かなり老化させることには成功したものの、それでも眼前の魔族から感じる魔力は、未だ膨大なものがある。

 一方、こちらはというと、リアナも自分と同じく魔力がほぼ残っていないように見えた。

 アンナベルにはまだ余裕がありそうだが、彼女ひとりで対抗するには分が悪いだろう。

 そして、残るアリシアやセドリックでは対抗手段を持たない。


 現状を鑑みると、やはり相手のほうが有利だと思えた。

 ちらっとアリシアに視線を向けるが、彼女は目を伏せて小さく首を振った。

 魔力を回復させたあの魔法薬は、瓶ひとつ分しかなかったのだろうか。


 そのとき、身体の異変が止まったことに気づいたザルドラスが、こちらを見てニヤリとするのが見えた。


「くふぅ……! 焦ったぜ……。得体の知れない魔法だが……魔力が付きたのなら怖くもない。――闇に包まれろ!」


 ザルドラスは両手を大きく広げ、天を仰ぐ。

 両手から生まれた闇が、彼のすぐ上に漂う。これまで手に纏わせていたものに比べても、遥かに大きい。


「ゴミどもめ、消え去れ……」


 勝利を確信したザルドラスが、生み出した闇をルティスたちに向けて放とうとしたとき――。


「――残念。消えるのは貴方のほうなんですよねぇ」


「――!」


 ザルドラスにとっては、全くの予想外のことだった。

 それまで何も感じなかった場所――自分の背後ぴったりに、突然異様なまでの魔力の存在を感じとったからだ。


 全身の毛穴が開くような恐怖と危険感を覚え、咄嗟に距離を取ろうと空中へと飛び上がる。


 ――ザンッ!


 同時に鈍い音がその場に響く。

 見れば、ザルドラスの両足は鋭利な刃物で切断されたかのように根本から消え去り、腰から上半身だけになっていた。


「――ぐああああっ!!」


 魔族でも苦痛を感じるのだろうか。

 ザルドラスは切断面から青い血が吹き出すのを止めようと、苦痛に顔を歪めながらも手をかざした。


 その様子を余裕の表情で見ているのは、これまでどこに居たのかわからなかったティーナだ。


「ふふふ、もう貴方に勝ちの目は無いわね。諦めたら?」


「ぐうぅ……! 何者だ……オマエ……!」


 怒りに滾る目でティーナを見下ろす。

 どう見てもまだ若い女だ。

 しかし、人間ではありえないほどの魔力を持っていることが信じられない。自分よりも多いほどだ。


「別に誰でもいいでしょう? 貴方は消えるのですし……」


「ほざけ……っ!」


 ザルドラスは強がるが、勝ち目が無いことも理解していた。

 先ほど自分の足を消し去った魔法も見たことのないものだった。

 それでいてこれほどの魔力ということは、魔力切れを期待することもできない。

 当然、逃がしてもくれないだろう。


 歯ぎしりをしつつ、必死に対処方法に頭を巡らせるが、妙案が出てくるわけもない。

 「こうなったら」と、相打ち覚悟で残る魔力を構成しようとしたときだった。


「――情けないわね。それで守護者筆頭を目指してるだなんて」


 広間に澄んだ声が響く。

 聞き覚えでもあったのだろうか。はっとしたティーナが、その声の聞こえた方に顔を向けた。


「……ヴィオラっ!」


 まさか、という表情で名前を呼んだ先にいたのは、真っ白なドレスに身を包んだ、まだ少女といえる年頃の女だった。

 ライラと同じくらいの歳だろうか。

 漆黒のまっすぐな髪を腰ほどまで伸ばしていて、両手を腰に当てて立っている。


 ザルドラスもその少女を見て顔色を変えた。


「ヴィ、ヴィオレッタ……! 何故ここに……!」


「あら、わたくしが出歩いたらいけないのかしら?」


 逆に問いかけたヴィオレッタに、ザルドラスは口を閉じる。


「……あっ! この前、街で見かけた……」


 ザルドラスを下から眺める少女を見て、ルティスは小さく声を上げる。

 確か1週間ほど前、リアナと街に出かけたときに人混みで見かけた少女だと気づく。

 覚えていたのは、その少女の面影がリアナに似ているように感じたからだ。


 ふと、ルティスのすぐ目の前にいるアンナベルが、小刻みに震えているのが目に入る。


「……な、なぜ……あのヴィオレッタがここに……」


 アンナベルがぶつぶつと、独り言のように呟くのが耳に届いた。

 ルティスにとって聞き覚えのない名前だったが、アンナベルは知っているのだろうか。


 ただ、ザルドラスが知っていることと、そのザルドラスに対しても臆することなく話していることから、相当高位の魔族なのではないかと予想はできた。


 ヴィオレッタはティーナに視線を向ける。


「ま、セレンティーナ相手なら仕方ないわね。――久しぶりね。元気でよかったわ」


「……ずっと見てたのね。気付かなかったわ」


「ふふ。貴女もでしょう? こんな話をしにきたわけではないのだけれど……」


 旧知の間柄のように、ふたりが会話を始めるのを見て、蚊帳の外のザルドラスはその場を離れようと息を潜める。

 と――。


 ――バシュッ!


「ぐあっ!」


 ふいに片手をザルドラスに向けて、ヴィオレッタは魔法を放った。

 一瞬キラッと光っただけで、どんな魔法かはっきりとわからなかったが、ザルドラスは苦痛に顔を歪める。


「どこに行こうというのかしら?」


「ヴィオレッタ! お前……!」


 常に偉そうでいけ好かないとは思っていたが、それでも同じ守護者の一員であるならば、自分の味方のはずだという思いがあった。

 故に、なぜ自分に魔法を放ったのか理解できずに怒声を上げる。


 しかし、ヴィオレッタはそんなことには関心のないような態度で言い放つ。


「わたくし、貴方が嫌いなのよ。……もう消えてくださる?」


「なっ……!」


 驚くザルドラスの前で、ヴィオレッタは両手を前に突き出す。


「……刃よ」


 小さく呟くと、片手に漆黒の刃が現れる。同時にもう片方の手には、それとは対照的な光の刃が生まれた。


「……さようなら」


「ま、まてっ……!」


 とんっ、と地面を蹴ると、あっという間にザルドラスとの距離を詰める。

 ザルドラスの眼前に迫ったヴィオレッタは、両手に持つ刃をそれぞれ一閃させた。


 悲鳴を上げる間もなく絶命したのだろうか。

 さらさらと崩れていくザルドラスには目もくれず、ヴィオレッタは刃を消して床に降り立つ。


「……で、本当に何しに来たの?」


 それを見ていたティーナが話しかけた。


「……別に。たまには散歩くらいしてもいいでしょう?」


「ふぅん……。もう帰るの?」


「そうね。そのつもりだけれど……?」


「会ったの500年ぶりくらいでしょ? ちょっとくらい雑談に付き合いなさいよ」


 そう言いながら、ティーナは無理やりヴィオレッタの手を腕を掴むと、アンナベルの前に引っ張って連れてくる。


「せ、先生……? こ、この方は……ま、ま、魔族……なのですよね……? しかも……」


 アンナベルがヴィオレッタの顔を見ながら震える声で聞くと、ティーナは軽い調子で答えた。


「あー、大丈夫大丈夫。一応、話の通じる子だから」


「一応とは何よ。助けてあげたのに」


「別に助けてもらわなくても勝てたもんねー」


 ティーナがべーっと舌を出しながら言うと、ヴィオレッタは目をすうっと細めて睨んだ。


「あ、そう。魔法効かないからって、ずっと隠れてた貴女の言葉じゃないわね。……運動不足なら、わたくしと手合わせでもする?」


「それはやめとくわ。あんたと一対一でやるほど馬鹿じゃないし。……それに、私に何かあって困るのはあなたでしょ?」


 ひらひらと手を振ったティーナに、ヴィオレッタは「そうね」と、小さくため息をついた。

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