第93話 守護者との戦い(3)

 ルティスは魔族のうちのひとり、女のほうを倒すことができたことに手応えを感じていたが、同時に焦りも持っていた。


(……ヤバい! もう魔力が……)


 初めての時間魔法に、予想以上の魔力を費やしてしまい、もうこれ以上魔法を使うことは難しいということに気づいていた。

 ミーナだって、元々は消滅させるつもりでいたのに、年老いた状態で止まってしまったのも、恐らく途中で魔力が尽きたからだ。


 ティーナから聞いていた話だと、恐らく時間を加速させたことよりも、その前に時間を止めるほうの消費が大きかったのだと思われるが、もう今からではどうしようもない。


 これではサポートのために防御壁を張ることもできそうにない。

 ちらっとルティスの顔色を窺ったリアナに、ルティスは口を閉じたまま、わずかに首を振って伝える。


「――壁よ」


 状況を察したリアナが代わりに防御魔法を開く。

 彼女は同時に他の攻撃魔法を使うこともできるが、やはり並列だと威力は劣る。

 しかし、現状ではやむを得ないし、攻撃は母のアンナベルに任せたほうが良いと判断した。

 と――。


「ルティスさん……!」


 ふいに後ろからアリシアに呼び止められる。

 空中に浮かび憎悪の顔をこちらに向けている魔族――ザルドラスへの意識は半分残したまま、アリシアに応える。


「はい」


「これを飲んでみて……!」


 ルティスの手のひらに、無理矢理にも小さな小瓶が押し込まれた。

 それは親指一本ほどの大きさのもので、透明なガラス瓶の中には、緑色の液体が半分ほどまで入れられている。


「これは……?」


「いいから、早く!」


「は、はい!」


 なんだろうという疑問は浮かんだが、アリシアに急かされて急いで蓋を開けると、ひと口でお腹に流し込んだ。

 同時に、お腹のあたりがほうっと熱くなるのを感じる。

 飲んでみて、ルティスにはその液体の効果がすぐにわかった。

 完全に、とはいかないが、それまで空になっていた魔力が多少だが回復しているのを感じ取ったからだ。


(アリシアの研究していた薬か……!)


 彼女がカレッジで研究している内容を、もちろんルティスも知っている。

 どうしても魔力量に限界のあるリアナやルティスが、より魔族と効率良く戦えるようにと、魔力を回復するための薬を作ろうとしていたのを。

 これまでうまくできたという話は聞いていなかったが、もらった薬の効果を見る限りでは、多少の成果は得られているのだと理解した。


 眼前のザルドラスは、これまで抱きかかえていたミーナの亡骸が、纏っていたメイド服を残してサラサラと消えていくのを瞬きもせずに見ていた。

 それが完全に消え去ったあと――残った服を片手で握りしめると、すぐにぼうと火が付き灰となる。


 そして――。


「――いでよ、漆黒の闇」


 ザルドラスがポツリと呟く。

 先ほどと同じように見えるが、それよりもふた回りほど大きく、ザルドラスの右手の周囲が闇に包まれた。


 そのままスッと地面に降下しようとするのを見て、ルティスは両手をザルドラスに向けて集中する。

 相手が自分の魔法を知らず、油断しているうちに全力を出すことが、自分のすべきことだと理解していた。

 先ほどのように、時間を止めることをしなければ、今の魔力でもかなり時を進められるはずだ。


(――効いてくれ……!)


 ザルドラスが地面に足を付けた瞬間に、ルティスは魔法を発動させた。

 しかし――。


(ダメか……!)


 先ほどと違って、手応えが感じられなかった。

 かといって、魔法が失敗したような感覚もない。

 恐らく、ティーナが以前話していたことだとわかる。強力な魔族の場合、耐性があって効かない場合があるということを。


 ザルドラスは怪訝な顔をしてルティスを睨む。


「なんだ……? 今のは……見たことのない魔法だな」


 効かなかったとはいえ、魔力の波動を感じ取ったのだろう。

 ザルドラスは闇を纏った手を突き出し、まっすぐルティスに向かう。


 陛下を守っていた魔法士達が張っていた防御魔法を消し去ったように、リアナの防御魔法も闇に触れたところから消えていく。

 その闇には、魔法を無効化するような力でもあるのだろうか。

 見たことのない現象に、誰もが息を飲む。

 強引に力で防御魔法を突破されることはあれども、このように消え去るというのは経験に無かった。


 このままではまずいと、アンナベルが動く。


「――万物を照らす光よ、我が手中に集いて、闇を消し去れ!」


 詠唱と共に、アンナベルのかざした手から、虹色の光が現れる。

 それはザルドラスが手に纏う闇とはまさに正反対だ。


 それと同時に、リアナも出し惜しみをしないことを決める。

 防御魔法が意味をなさないのであれば、無駄に魔力を消費する必要もない。魔法を解き、攻撃のみに集中する。


「光の剣よ、我が手に。――闇を斬り払え!」


 アンナベルが光を纏っているとすれば、リアナはあたかも光の剣を生み出し、それを握り締めているかのようだ。


 ルティスを庇うように魔族と対峙する母娘に向けて、ザルドラスは吐き捨てるように叫ぶ。


「――どんな魔法でもこの俺には効かん! 消えろっ!」


 そして、ザルドラスが突き出した闇と、アンナベルの纏った光がぶつかる。


 ――ジュワッ!


 例えるなら、熱した鉄板の上に水を撒いたような、そんな激しい音が周囲に響く。

 闇と光が打ち消し合っているのだろうか。

 となれば、魔力が多いほう――絶対量ではいかにアンナベルでも魔族には敵わないだろう――が最後には相手を飲み込むのか。


 それを察したリアナが、すかさず踏み込む。


「――くぅっ!!」


 力では自信がないが、これは魔法の刃だ。

 絶対的な力は必要なく、ありったけの魔力を込めて相手を光の刃で切り裂かんとする。


 ――ズバッ!!


 アンナベルの纏う光がまだ残っていてザルドラスが動けないうちに、肩から斜めにリアナの刃が縦断した。


「――ぐあっ!」


 同時にふたりの光魔法を受けて、ザルドラスは顔を顰める。

 ルティスが使った時間魔法と同様に、光魔法も初めて味わう魔法だった。


 しかし、絶対的な威力は、やはり魔力量なりなのだろうか。

 切られたとはいえ、ザルドラスは苦痛に顔を歪めながらも、その場で踏み留まった。


「……ぐうぅ。コロス……コロス……」


 まだザルドラスの手には、闇が残ったままだ。

 一方、アンナベルの手からはすでに光が失われている。純粋なふたりの勝負では、魔族に分があったということだろう。

 それを勝機と見たのか、ザルドラスが腕を突き出す。


「――闇の力よ……」


 そのとき――。

 見ていたルティスに思いつくことがあった。


(もしかして、今なら……!)


 先ほどは効果がなかったが、相手がダメージを受けている今ならば、可能性として自分の魔法が効くかもしれないと。

 ダメで元々だと思い、すぐに魔法を構成する。


(――行けっ!)


「――!?」


 そのときザルドラスは自らの身体に起こる異変に気づく。

 先ほどは違和感を覚えただけだったが、今度はぞわぞわと身体の細胞が悲鳴を上げているような、そんなチリチリとした熱さを感じる。

 それは更に熱を持ち、沸騰しているかのような感覚と共に、みるみるうちに肌のハリが失われていく。


(これは――!)


 部下だったミーナが年老いた状態になっていたのが、この魔法によるものだということにすぐに思い至る。

 このまま老衰してしまうのではと、焦りを感じたとき――。


 身体の変化がそこで停止した。

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