第91話 守護者との戦い(1)
ミーナと呼ばれた魔族は、すうっとルティスたちの前に音もなく降り立った。
手に持つ大剣を無造作に床へと下ろすと、ガキン、という硬い音が響く。
大理石だろうか。石造りの床にヒビが入るのが見え、その剣の重さが窺えた。
「……まさか守護者が出てくるとは、ね」
先頭に立つアンナベルが目を細めて呟いた。
聞き覚えのある呼び名を耳にして、彼女の斜め後ろにいたリアナが表情を変える。
「守護者……。ティーナさんが言っていた……」
自分には他の魔族との区別は付かないが、長くティーナに師事していた母がそう言うのならば、きっと間違いないのだろう。
ふと、そのティーナの居場所に意識を向ける。
しかし、魔力を抑えたままなのか、感じ取ることはできなかった。
(……自分たちでなんとかするしか)
明らかに格上と思われる男の方の魔族が別にいることを考えると、この眼前の魔族くらいは自分たちでなんとかするしかない。
リアナはそう思って、隣のルティスに目で指示を送る。
攻撃魔法の得意な自分が活かせるように、普段から彼には補助を任せるように示し合わせてあった。
もっとも、彼もそれなりの火力を待ってはいる。しかし、こと魔族相手となれば、通常魔法はほぼ効果がないから、彼にできるのはサポートのみだ。
「――守りの盾よ!」
ルティスはその場の全員を包み込む大きさで、防御魔法を展開した。
相手はそれを待ってくれていたのかもしれない。
――ガンッ!
ほぼ同時に踏み込んできたミーナが、目にも留まらぬ速さで軽々と大剣を振り下ろすと、防御壁と激しくぶつかる音が周囲に響き渡った。
単純に力でこじ開けようとでもいうのか。
バチバチと音を立てながらも、無理矢理に押し込んでこようとするミーナに、リアナがすかさず魔法を放つ。
「――聖なる光、我が手に祝福を。闇を打ち破り、光を満たせ!」
詠唱と同時にまばゆい光が周囲を包み込む。
リアナが使ったのは先日アンナベルから教わった魔法ではなく聖魔法だ。その魔法はまだ実戦で使うには不安が大きく、できるなら温存したいと思っていた。
しかし――。
「この程度の魔法、避けるまでもありません」
多少怯んだものの、ミーナは何事もないかのようにその場に立ったまま、改めて大剣を構え直した。
(この感じなら……全力で撃ってもダメでしょうね……)
魔力を温存して放ったとはいえ、目一杯で撃っても倒せるとは思えなかった。
以前、学園祭の時に相手にした魔族でも、一撃では倒せなかったのだ。そして、いま目の前にいる魔族は、明らかにそれより格上に見える。
周囲の参加者たちは少しでも距離を取ろうとして、自分たちの周りからは離れていた。
ただ、ここからはわからないが、入り口は塞がれているのか、大広間に留まっている状況は変わりないように思えた。
「きゃあああああぁあっーー!!」
そのとき、少し離れた場所――男の魔族が陛下の護衛を相手にしているほう――から、甲高い女性の悲鳴が響く。
そちらまで注意を払うことはできず、状況はわからないが、その悲鳴を聞いてアンナベルが動いた。
大剣を持つミーナを指差し、早口で詠唱を始める。
「――我が敵を照らし出し、正義の炎で貫け、光の矢よ!」
瞬間、チカッと目に焼き付くような光が視界を満たした。
さきほどのリアナの魔法にも似た感じだが、聖魔法を柔らかい光だと例えるならば、この魔法はそれよりも激しく、あたかも雷光のような瞬光に感じられた。
――キンッ!
一瞬遅れて金属音が耳に届く。
ただ、傍目にはそれだけに見えた。
「……何がしたい?」
派手さも全くなく、魔法を受けた魔族本人――ミーナすらも何が起こったのかわからなくて、眉を顰めただけだ。
そして、早く命令された仕事を終えようと、改めて一歩踏み出したときだった。
「なんだ……!?」
突然、ミーナは胸を押さえてガクンと膝をついた。
視界が揺れて焦点が定まらない。いや、それだけではなく、感覚すらもが消えていくことに気づく。
必死で顔を上げようとするが、視野の端からだんだんと黒く覆われていく。
「お前、何をした……!」
「……あなたの心臓……魔力の源を貫きました」
「なんだと……!」
眼の前で自分を見下ろしている魔法士の話が正しいのかどうかわからないが、しかし自分の身体が異常な状態にあることは間違いない。
ただ、自分は仕える魔族の命令に従うことしかできないのだと思い直し、ミーナはふらつく頭を振って立ち上がった。
「オマエラも道連れだ……!」
まだ身体は動く。
残りの力を振り絞って、大剣を持つ手だけに意識を集中させる。全力を出せば、剣圧だけでこの場を破壊し尽くすことすらできるはずだ。
そして、眼の前の小賢しい防御壁に向けて、刃を振り下ろした――。
◆
ルティスは必死の形相で刃を振り下ろさんとするミーナの目が、はっきりと自分を目標に捉えているのを見ていた。
目を逸らすこともできず、剣先がスローモーションのように感じられた。
自分の張った防御壁が耐えられないのは、なんとなくわかっていた。
しかし、恐ろしいほど落ち着いてそれを見ている自分に気づく。
(……前にもあったな。この感覚……)
それは過去、本当に危険を感じたときに味わった感覚だった。
今は、そのときのいずれも
これまでは無意識だったが、今ならきっと自分の意思でコントロールできるという直感もあった。
世界がゆっくりと動くのを見ながら、その中で自分だけがいつも通りの早さで動くことをイメージする。
(……できる!)
成功イメージを頭に思い描く。
何度も何度も、ティーナから身体に覚え込まされたイメージが、今は手に取るようにはっきりとわかる。
それさえイメージできれば、自在に操れるようになると、ティーナは話していた。
そして、止まった時間のなか、ルティスはそっとミーナに手を伸ばし――時の流れを加速させるよう意識を集中した。
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