第89話 式典開幕
そして、セドリックたちが王都に来てから1週間経った今日が国王陛下の誕生日。
すなわち、生誕記念式典が開催される日となった。
「行きましょう」
アリシアは豪華な真っ白のドレスを身に纏い、同行するふたり――ルティスとリアナに声を掛けた。
王宮までは馬車で向かう。
事前にセドリックと相談しており、アリシアたちを載せた馬車が一度セドリックの宿に向かい、同乗していく手筈だった。
「はい。……ルティスさんお先にどうぞ」
アリシアが馬車の前席に乗り込んだあと、リアナは先にルティスに乗るように促す。
ルティスも黒いモーニングコートを身に着けている。
また、リアナは濃い青のドレスだ。
「ありがとうございます。はい、手を」
ルティスが馬車の中からリアナに手を差し出すと、嬉しそうにその手を取って、彼女も馬車に乗り込む。
「両手に花ね」
「あはは……」
アリシアがルティスの腕を取って、その耳元で囁く。
負けじとリアナもぎゅっと腕を掴んで離さない。
ドレス姿の美女ふたりに挟まれて悪い気がするはずもなく、照れながら笑った。
「このまま教会で結婚式ができそうな格好ね」
「確かに。……ルティスさん、目的地変えてもいいですよ?」
もちろん冗談だろうが、リアナが笑顔で話した。
しかし、ルティスは将来本当に結婚式を挙げるとき、どんな形態になるのだろうかと想像する。
通常ならば、正式に妻となるアリシアのみと式を挙げることになる。
いくらセドリックに認められたとはいえ、リアナとは公にはできない関係だ。
とはいえ、リアナのことを想うと複雑な気持ちになる。
「……ふふっ、ルティスさんが何を考えてるか、よく分かるわ」
ルティスの顔を覗き込んだアリシアが、にやりと笑う。
「そ、そうですか……?」
「ま、先のことを考えてもね。今を楽しまないと」
「それはそうですけど……」
程なく馬車が走り出す。
セドリックの泊まっている宿はそう離れていないため、すぐに到着した。
「おはようございます、セドリック様」
馬車の扉を開けて、リアナがペコリと頭を下げる。
セドリックはドレス姿のアンナベルと共に、すぐに馬車に乗り込んだ。
その馬車の前後を、警護の騎士団員が囲む形で王宮に移動するのだ。
「そう言えば、ふと思ったのですが、お父様は先生と再婚されないのですか?」
アリシアが後席の父に声を掛けた。
アンナベルはリアナの母であり、当然セドリックとはそういう関係にあるはずだ。
セドリックは表情を変えずに答えた。
「ああ、公にはしていないが、2年ほど前に結婚しているんだ。……そういう意味では、リアナは名実ともに私の娘ということになるな」
「え、そうだったんですね……。初耳ですわ」
アリシアはこれまで全く聞いていなかったことから、驚いた顔をした。
「気を遣わせると思ってな。……それに、ムーンバルトの伝統でもあって、あまり大っぴらにするわけにもいかんのでな」
苦笑いするセドリックに、アンナベルはジトッとした目を向けた。
「……もうそんな伝統、やめてしまえば良いのです。ティーナ先生が言うように、聖魔法はさほど強力なものではありません。ルティスさんが持つ魔法のほうがよほど。それに素質があっても教えなければ使えませんし、血筋を絞るのは意味がありません」
「確かにな。私の代で終わりにしようか」
「……かといって、更に新しい側室を迎えるのはおやめくださいね」
「ま、まさか……!」
セドリックが本気なのかどうかは定かではないが、アンナベルが目を光らせている限り心配ないだろうと、傍観していたアリシア達には思えた。
それはルティスに目を光らせているリアナと同じ構図で。
リアナは何も言葉を発しないが、ルティスの腕をぎゅっと掴んだ。
◆
王宮に着いたあとは、セドリックを中心に固まって行動する。
もちろん、アリシアたちの仕事としては、それ以外も含めて周りに警戒することも含まれている。
しかし、最も守らなければならないのはやはりこの家族であることに異論はない。
「これだけの人が集まるのは、私でも初めて見るよ」
セドリックが大広間を見回して感嘆する。
広大な広さを誇るこの広間が参加者で埋まっているのだ。
そのなかには自分たちのような貴族もいれば、力のある商人たちなど、その地域で有力な者たちもいるようだ。
リアナとルティスはセドリックの後ろを歩きながらも、周りの者たちの魔力に意識を払う。
ルティスはリアナほどの正確さで理解できるわけではないが、ちらほらと魔力の強い者が混じっているように感じられた。
(……ティーナさんか?)
ふと、背後――入口の方から飛び抜けて大きな魔力を感じてルティスは振り向く。
顔を向けないまでも、リアナも当然気づいているだろう。
そこには、フェリックと共にドレス姿で歩くライラ。
同時に、ティーナの姿もあった。
当初はティーナはアリシアたちと同行する予定にしていたが、フェリックがライラに声を掛けたことで、ティーナはそちらに付くことに変更したのだ。
セドリックの側にはアンナベルやリアナもいて、一箇所に固まるよりは警備としては効果があるとの判断でもある。
……無論、お酒を飲んではいけないと、ティーナに厳命していることは言うまでもない。
広間ではちょっとした食事も両脇に並べられていて、ワイングラスを片手に歓談が繰り広げられている。
ふいに、リアナが一点を見つめているのにルティスは気づく。
「どうしました?」
「ルティスさん、あれ……」
彼女の視線の先にあったものは、とある食事のテーブルだ。
その上には、これでもか、というほどハンバーグが並べられていて、ソースの匂いと絡まって良い匂いが漂ってきていた。
「あはは、ブレませんね。……少し取ってきましょうか?」
「でも……」
あまり勝手なことをするわけにもいかないと、リアナは口元から滲みかけた涎をじゅるりと飲み込んだ。
しかし、その様子を見ていたルティスは、笑いながらひとりテーブルに向かうと、ハンバーグを取り皿に3つ載せて帰ってくる。
「はい、どーぞ」
「あ、ありがとうございます……」
多少恥ずかしいところはあるが、周りのことは気にしないことにして、リアナは大好きなハンバーグを口いっぱいに頬張った。
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