第87話 ルティスの覚悟

「用事も済んだし、そろそろ私たちは帰るよ」


 セドリックがそう言いながら席を立つと、アンナベルも続く。


「もっとゆっくりして行っても良いのに」


「はは、私たちも明日からは色々予定があってね。まぁ、こんな機会でもないと、他の貴族と会う機会などないからね」


「そうですか。わかりました」


 セドリックは面倒事だと言わんばかりの苦い表情を見せる。

 領主としての仕事はこういう時でも付いて回るのかと思うと、アリシアは将来を憂うが、仕方のないことなのだろう。


「ではな。……あぁ、ルティス君、できれば昼までに来てくれ」


「はい、わかりました」


 ルティスが返事を返すと、セドリックは片手を上げて玄関へと向かう。

 アリシアを先頭に、見送りをしにその後を続く。

 そして、突然の朝の来訪者は帰っていった。


 静かになったあと、リアナがルティスのそれでクイクイと引き、尋ねた。


「ルティスさん、セドリック様となにか?」


「ああ、なんかふたりで話がしたいってさ」


「そうなんですね……」


 その場にいなかったリアナは、セドリックとの話を聞いていない。

 不安そうな顔をする彼女の髪を撫でながら、ルティスは「心配いらないよ」と答える。


「ふふ、それじゃ私は準備してカレッジに行くわ。あと2日行ったら休校になるから、ゆっくりしましょう」


「えっと、生誕記念式典の間は休みなんでしたよね?」


「ええ。多くの人が来るから。私たちに話があったみたいに、カレッジの人も警備で駆り出されるみたいなのよ」


 ルティスの質問にアリシアが答える。

 なぜ兵士だけで警備をしないのか、という疑問はまだ晴れぬままだが、警備を厳重にしたいという動きがあることは他からも聞こえてきていた。

 アリシア達も特に断る理由もないため、警備に参加することにしていた。とはいえ、ただの警備ではなく、アリシアは招待者としての立場で参加しつつ、だ。


「確かに、カレッジの人なら素性がはっきりしてますからね」


「そうね。ま、国王陛下のお顔を見る機会なんて私でも滅多にないし、良いんじゃない?」


 アリシアはそう言いながらカレッジに持っていく荷物を背負った。

 リアナとルティスも護衛のために彼女についていく。


「ライラさん、では行ってきます。すぐ戻りますから」


「はい。行ってらっしゃいませ」


 リアナが出発前にライラへと声をかけると、彼女は深く頭を下げた。


 ◆


「ルティスです。セドリック様に呼ばれて参りました」


 アリシアの護衛を終えて、一度洋館へと帰ったあと、ルティスはひとりでセドリックが泊まっている屋敷に出向いた。

 屋敷の前で警備している騎士団のひとりに声をかけると、確認のために主に聞きにいき、しばらくすると許可が取れて中に通された。


「や、わざわざすまないね」


「いえ、ご心配には及びません」


 応接室に通されると、セドリックと向かい合って座る。

 アンナベルは最初顔だけ出したが、今は席を外していた。


「……それで君を呼んだのは、他でもない。君は自分の出自について知っているかね?」


「出自……ですか」


 全く予想外のことを言われて、ルティスは困惑する。

 劇団を運営している父と母に育てられた、ということくらいしか自分が知っていることはないのだから。


「ああ。……アンナからは、君の魔力が特殊だということを前から知っていた、と聞いている。そして、君の両親のことも知っているが、どちらにもそんな特殊な魔力がない、ということもね」


「え……?」


 それはルティスにとって寝耳に水の話だった。

 自分の魔法が、古くはティーナから続いているものだとして、両親にその力がないということが何を表すのか。

 それは深く考えずとも、すぐにわかる。


「……実はアリシアの婚約者に決める前に、君の両親にも聞いたんだよ。分かるだろう? 万が一、問題がある家系だとマズいからね」


「はい。それは……」


 セドリックが言うように、確かに過去に問題のある家系――例えば政治犯罪を犯した者や奴隷など――が、アリシアの結婚相手に相応しいかどうか。

 調べるのは当然だろう。


「まぁ、もう予想はついているだろうが、君の両親は本当の両親ではない。ただ、君の本当の両親が誰かはわからない。……捨て子らしい。劇場に捨てられていたと」


「そうなんですね……」


「……ショックかね?」


 セドリックに聞かれて、ルティスはどう答えるか考えながら黙った。

 しかし、どちらだったとしても、これまでの人生が変わるわけでもないし、育ててくれた恩がなくなるわけでもない。そしてこれからも。


「いえ、驚きましたけれど、アリシアの婚約者に選ばれたことのほうが、俺には衝撃でしたからね」


「はは、そうかもな。ま、心配はしなくていい。君のことは信用しているし、だから娘を預けているんだ」


「ありがとうございます」


「あと、将来結婚するときには、君の両親の借金はなかったことにしよう。……つまり、わかるね?」


 セドリックはついでとばかりに、ルティスにニヤリと笑いかけた。

 もちろん、その意味はすぐにわかった。

 結婚しなければ、なかったことにはならないのだということだろう。


「は、はい。もちろん……」


「娘達を泣かせることのないようにね。まぁ、そのときは私がどうこうする前に、本人達が黙っていないだろうがね。ははは」


 そんなことになったことを想像して、ルティスはごくりと唾を飲み込む。

 もちろん、そんなつもりは毛頭ないけれども。

 

「……はい。心得ております」


 ルティスは震えながら、そう答えることしかできなかった。

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