第86話 真相

「リアナを少し借りても良いかしら?」


 アンナベルは、アリシアとルティスにひと言断る。

 ふたりは顔を見合わせたあと、小さく頷くと、ルティスが口を開いた。


「よろしくお願いします」


「はい。すぐ終わりますから。――リアナ、来なさい」


「は、はい。お母様……」


 他の人に見られたくはないのだろう。

 アンナベルはリアナを連れて部屋を出ていく。

 それを見送ってから、残された面々にライラが聞いた。


「お茶を淹れてまいりますね」


「ライラ、ありがとう。お父様も座ってください」


「すまないな」


 アリシアに促されて、セドリックは空いた椅子に腰をかける。

 そして、ルティスの顔をじっと見てから、話しかけた。


「……ルティス君。君とふたりで話がしたい。構わないなら、昼間にでもどうだ?」


「え、俺――あ、いえ。私と……ですか?」


 突然の提案に、ルティスは驚きつつ聞き返した。


「ああ。別に心配しなくていいよ。君はいずれ私の息子になる……はずだしね」


「わ、分かりました……」


 「心配しなくてもいい」と言われても、どんな話をされるのか心配で、ルティスは戸惑いながら頷く。

 そんなルティスを他所に、今度はアリシアに話しかける。


「ところで、アリシア。今日もカレッジには行くのか?」


「ええ。……そのつもりですけど。ただ、時間は決まっていませんから、慌てる必要はありませんわ」

 

「そうか。……楽しいか?」


「今まで知らなかったことなので、興味深くはありますわ」


 アリシアは研究室でのことを思い浮かべながら答えた。

 しかし、セドリックは口元を緩めて言った。


「そうではなくて、王都での生活は楽しいか? と思ってな」


「え? は、はい。皆良くしてくださるので……」


「そうか。……お前は知らないだろうが、私もカレッジに留学した経験があるんだよ」


「そうなのですね。……初耳です」


 アリシアは驚きつつも、確かに多くの貴族は魔法士なことを考えると、そのことは理解できた。

 過去、有力な魔法士が武勲を上げて、王家から認められたことが貴族の発祥でもあったことからきている。

 現に、同じ研究室のフェデリコも子爵の子息だ。


「私もね、婚約者だったお前の母と、護衛のアンナベルと一緒に王都に来ていたんだよ。……だから、お前やリアナの考えはよくわかるんだ。ははは」


「ええと……。まさか、3人だけで……ですか?」


 困惑しながらアリシアが聞くと、セドリックは頷く。


「もちろん。じゃないと自由にできんだろ?」


「…………」


 つまり、セドリックはアリシアやリアナの考えを完全に知っていた上で、許可を出したということだと理解した。

 どう答えるのがいいのか悩みながらアリシアが黙っていると、セドリックは苦笑いした。


「心配するな。別に戻ってこい、と言うつもりもない。楽しんでいるならそれでいい。ま、間違いがあってもルティス君は婚約者だからな、問題はないだろう。……私は間違いがあったから、王都から戻る羽目になったがな。ははは」


「…………」


 セドリックがひとり自嘲するのを、アリシアはルティスとふたりで黙って聞いていた。


 そのとき、ライラがお茶を持って厨房から戻ってくる。


「お茶が入りました。どうぞ」


「おお、すまないな」


 テーブルに出されたお茶を手で取りながら、セドリックはライラに礼を言う。

 アリシアはセドリックに尋ねる。


「……お父様。ひとつ教えてください。お母様は、先生のことを認めていらっしゃったのですか……?」


 アリシアとリアナは、半年ほどしか産まれが変わらない。

 当然、お互いのことを知っているはずだ。

 セドリックは昔を懐かしむように答えた。


「……あいつは元々身体が弱いのをわかっていたからな。あとはアンナに任せる、っていつも言ってたよ」


「……ありがとうございます」


 それを聞いてほっとする自分がいた。

 母がどう思っていたのか、正確なところはわからないが、少なくとも関係は悪くなかったのだろうと思えて。


「リアナもそうだが、ふたりとも母によく似ているよ。あいつは良く気配りできたし、先のことも考えていた。……逆にアンナは一度決めたら絶対に譲らないからな、困ったこともよくあるよ」


「ふふっ。それ聞くと、リアナにそっくりですわね。あの子も頑固だもの」


 今ここにいない妹のことを思い浮かべて、アリシアは笑う。

 それに、なんとなく胸のつっかえが取れたような気がしていた。

 王都に来たことを後悔してはいないが、後ろめたいという気持ちは多少あったからだ。


「だろうね。……ま、仲良くな」


「はい。ありがとうございます、お父様」


 ルティスは親娘の会話に口を挟まないようにしていたが、アリシアの嬉しそうな顔を見て、自然と口元が緩むのが分かった。


 ◆


「ただいま戻りました」


 リアナがアンナベルと共に戻ってきたのは、それからまもなくのことだった。

 すぐにライラが新しいお茶を淹れに行く。


「おかえり。どうだった?」


 アリシアが聞くと、リアナは鼻息荒くドヤ顔を見せた。


「んふふ、バッチリです。やっぱり本で勉強するのと、見るのとでは違いますね」


「へぇ……。といっても、私はどんな魔法なのか知らないけどね」


 感心はするものの、そもそも彼女の魔法の種類すら、詳しく知らないのだ。

 代わりにルティスが尋ねる。


「聞いて良いことなのかわからないのですけど……これまでアンナベルさんが教えてなかったのは何故でしょうか」


 アンナベルは少し考えてから答える。


「……それほど深い理由があるわけではないのですよ。この魔法に頼らずに、まずはしっかり基本を身につけて欲しかったのです」


「でも聖魔法は教えたんですよね?」


「それを教えたのは私なんだよ。ルティス君」


 ルティスの疑問に、セドリックが割り込む。


「アンナをアリシアの家から戻すときにね。もう2年くらいになるか……」


「そうだったのね……」


 アリシアはセドリックの話に小さく頷く。

 確かに、聖魔法の使えないアンナベルが教えるというのも変な話だと思っていたから、その内容には納得できた。


 リアナがそのときのことを思い出すように話す。


「……もともと、私の生まれはお母様から聞いていましたが、お嬢様の護衛をお母様から代わるとき、『もしもの為に』と、セドリック様が教えてくださったのです。すみません、お嬢様に秘密にしていて……」


「ううん、良いのよ。それはもう」


 ペコリと頭を下げたリアナに、アリシアはようやく謎が解けたと清々しい顔をして手を振った。

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