第10章 式典

第85話 家庭訪問

 翌朝――。


「おはようございます、ルティスさん」


 ルティスが自室のベッドで目を覚ます。

 アリシアが来ていたのか、部屋に置いてある椅子に座っていた彼女は、ルティスに声をかけた。


「おはようございます」


 体を起こしながら、ルティスも挨拶を返す。

 ぐっすりと寝られたこともあり、疲れはない。


「体調とか、大丈夫?」


「はい」


「そう、良かったわ。……ところで昨日のこと、覚えてる?」


 アリシアに聞かれて、ルティスはまだ眠くてぼんやりとした頭で思考を巡らせる。


「……なんか、アンナベルさんが酔っ払って荒ぶってたような」


「ふふっ、そうね。あれには私もびっくりしたわ」


「そのあとのことは覚えてませんけど……」


「ルティスさんが止めてくれたけど、私が眠らせる魔法使ったら、ふたりとも寝ちゃったのよね。ごめん」


 アリシアはバツの悪そうな顔で舌をちょっと出した。

 そういう顔を見ることは少ないが、リアナとはまた違う可愛さがあるように思えた。


「いえ、被害がなくて良かったです。そのあとは……?」


「そのまま続ける訳にもいかないし、お開き。料理は持って帰ってるから、早めに食べましょ。今、リアナが準備してくれてるわ」


「わかりました。起きますね」


 ルティスは足をベッドから出して立ち上がる。

 アリシアに眠らされたらしいが、特に体に違和感もなく、快調だ。


「人を眠らせたりする魔法とかあるんですね」


「ええ。聖魔法って、そういう魔法もあるのよね。他には毒を消したりとか」


「へぇ、それは重宝しそうですね」


「一応、お父様から教わったけど、使ったことほとんどないわ。リアナが使えるかはわかんないケド」


 肩をすくめながらアリシアは笑う。

 リアナはどちらかというと攻撃魔法を得意としているから、あまり補助魔法を使うイメージはなかった。

 とはいえ、アリシアほど得意ではないにしても、一応回復魔法も使えるわけだから、もしかしたらできるのかもしれない。


「はは、リアナに似合わないかもしれませんね」


「ふふっ、そうね。……それじゃ先に下降りてるわ。早く来てね」


「はい、着替えたらすぐ行きます」


 ◆


「あ、ルティスさん。おはよーございます」


 ルティスが食堂に降りると、パタパタと厨房からリアナが出てきて、目の前で嬉しそうな顔をする。

 その顔を見るとほっとして、わしゃっと頭を撫でた。


「おはようございます」


「はい。座っててくださいね」


 リアナは先にアリシアが座っているテーブルの方をチラッと見ると、そのままご機嫌にまた厨房に消えていった。


「そうだ、ティーナさんは?」


 ルティスが椅子に座りながらアリシアに聞くと、彼女は苦い顔をした。


「……謹慎中よ」


「謹慎?」


「ええ。昨日の元凶はティーナさんだもの。ご飯抜き」


「……そ、そうですか」


 昨晩のティーナの様子を思い返すと、確かに彼女がアンナベルにお酒を無理やり飲ませたことが発端だ。

 ティーナ自身も酔っていたのだろうが、だからといって、何をしても良いわけではない。


「……まさか、先生がお酒であんなになるなんて。お酒って怖いわね」


 しみじみと話すアリシア。


「アリシアとリアナも、お酒飲んだときは大変なことになりましたからね。……アレほどじゃないですけど」


「あはは……」


 アリシアは乾いた笑みを浮かべた。

 実際アレを見ると、どれほど危険なのかよくわかる。

 特にルティスの前で酔ってしまい、愛想を尽かされないように気をつけないといけないと思えた。


 リアナが温め直した昨晩の料理を持って、テーブルに並べ始める。


「はい、準備できました。いただきましょう」


「ありがとう、リアナ」


 すぐにライラも厨房から飲み物を持って出てくる。

 彼女が席に着くのを待ってから、いつもより豪勢な朝食を始めた。


 ◆


「……ん? お母様?」


 それは朝食を食べ終えて、新たに淹れたお茶を飲んでいる時だった。

 リアナが不意に顔を上げて、小さな声で呟く。


「……先生?」


「はい。家の近くに来てますね。たぶん、セドリック様もご一緒です」


 魔力で気付いたのだろうか。

 リアナが玄関のほうに視線を向けると、すぐにドアノッカーが鳴る音が洋館に響く。


「私が出ますね」


 すぐにライラが立ち上がり、玄関に小走りで駆けていく。


 そして、しばらくすると、セドリックとアンナベルを伴って戻ってくる。

 アンナベルは少し俯き加減で、セドリックの後ろに控えているような格好だ。


「や、昨日のお詫びにね」


 朝から陽気なセドリックが片手を上げる。

 これまでほとんど会わなかったこともあり、もっと厳格な父だとアリシアは思っていたのだが、意外とそうでもないような気がしてきていた。


 そもそも、厳格な父ならば、婚約者を決める相談にしても、留学の話にしても、二つ返事で許可がもらえるはずがない。


「お父様、気にしなくて構いませんわ。悪いのは全部ティーナさんですから」


「そういう訳にもいかんだろ。……ほら、アンナ」


 セドリックに促されて、アンナベルは一歩前に出ると、バツの悪そうな顔で、ルティスに向かって頭を下げた。


「……昨日は申し訳ありませんでした。ルティスさんに怪我までさせたとか……」


「あっ、いえ。自分も覚えてないんですよね……。なのでご心配なく」


 アンナベルが暴れていたのは覚えているが、それ以降のことは覚えていない。

 怪我をしたということは、きっとアリシアかリアナが治癒してくれたのだろう。


 アリシアが代わりに尋ねる。


「そういえば、お父様はここがよく分かりましたね? ――リアナ、伝えてたの?」


「いえ、私は細かくは……」


 リアナが首を振ると、アンナベルが答える。


「先生の魔力が漏れてましたから」


「なるほど……」


 アンナベルも感知できるのだろうと理解する。

 特にティーナの魔力は特徴もあるし、量も桁違いだから、格好の的なのだろう。


 アンナベルが上を見上げて聞く。


「……その先生は?」


「罰として朝ごはん抜きです」


「あっはっは」


 アリシアが答えると、セドリックが笑い声を上げた。

 そしてそのまま続けた。


「……ああ、ついでに、昨日ティーナさんに頼まれてたことをね」


「頼みですか?」


 アリシアが不思議そうな顔をすると、アンナベルが頷く。


「リアナに私の魔法を見せる約束ですので」


 アンナベルはそう言いながら、リアナを手招きした。

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