第84話 夕食会 後編

「……大丈夫か?」


 ティーナにお酒を飲まされたアンナベルに、セドリックは尋ねる。


「…………とりあえず水をください……」


 アンナベルは彼に水をもらうと、一気に飲み干した。

 とはいえ、お酒そのものを吐き出すわけにもいかず、難しい顔で口を閉じる。


「……にゃはは、なーにそんな顔してるのよぉ」


 そんなアンナベルを見て、ティーナは彼女の背中をバシバシと叩く。

 彼女もすでにだいぶ飲んでいるからか、普段真っ白な肌をしたティーナの肌が朱に染まっているのは、なんとなく色っぽく見えた。


「ねえねえ、どーしたのよ。黙っててさぁ」


「…………黙りなさい」


「んー? なんか言ったぁ?」


 ティーナは聞こえないという仕草で、アンナベルに耳を近づけた。

 そのとき――。


「黙れって言っとんじゃー!!」


 突然、ティーナの耳に向かって、アンナベルは部屋中に響き渡るほどの大声で、怒鳴り声を上げた。

 油断していたところに間近から声をかけられて、ビクッと身体を震わせたティーナは、慌ててアンナベルから離れる。


「び、びっくり……!」


 しかし、更に追い討ちをかけるように、アンナベルは素早く手を伸ばして、ティーナの首筋をガシッと掴んだ。


「おどりゃー、たいがいにせぇやぁ!」


 お酒と相まって真っ赤な顔をしたアンナベルは、怒鳴りながらそのままの勢いでティーナの襟首を掴んだまま、ガシガシと前後にゆする。


「先生はぁ! いつもいつも……っ!」


「ぐぇっ! や゛めっ……!」


 抗議の声を上げるティーナだが、アンナベルは変わらず掴んだ手を離さない。

 集中できないのか、魔法で抵抗することもできないようで、細い腕でアンナベルの手を振りほどこうとするが、それも叶わない。


「アンナ! やめなさい!」


「――われもちいと黙っとれ!」


 セドリックが声をかけても、ギロリと睨み返しつつ、低い声で言い返した。

 言葉を詰まらせたセドリックは、困ったような顔でアリシアに振り向くと、両手を広げて肩をすくめた。


「……お、お母様……?」


 リアナも顔面を蒼白にして、聞いたことのない母の怒声を、呆然と見ていることしかできなかった。

 しかし、ルティスはこのままではまずいと思って、テーブルを回り込んで背後からアンナベルに駆け寄ろうとした。


「落ち着いてください!」


 ルティスは後ろからアンナベルを羽交い締めにすると、ティーナの首を掴んでいた手がようやく離される。


「はううぅ……」


 開放されたティーナは頭を手で押さえて、唸りながら首をゆっくりと振った。

 目が回っているようで、目は開いているがぐるぐると視点は定まらない。


「ふー! ふー!!」


 興奮しっぱなしのアンナベルは、ルティスを振りほどこうと暴れるが、流石に力では敵わない。

 そのとき――。


 ――ガツンッ!


「ぐッ!」


 アンナベルは後頭部をルティスの顔にぶつけてきて、ルティスは苦悶の表情を浮かべる。

 鼻を打ったのか、すぐに赤い血が流れ出て、ルティスとアンナベルの服を汚した。

 それでも羽交い締めにしている力は緩めない。

 この程度の苦痛で集中力を切らしたりしないよう、リアナに訓練されていたこともある。


「――ルティスさん!」


 その血を見て、それまで黙っていたアリシアが声を上げ、すぐに詠唱を始める。


「……聖なる息吹よ、暴れる心を静め、闇を払いたまえ。――眠れ」


 その瞬間、部屋を光が満たす。

 そして、光が消えたあとには、床に倒れているアンナベルとルティスのふたりがいた……。


 ◆


「……あ、ルティスさんにも効いちゃったわ。ごめん……」


 アリシアは苦笑いしつつ、しかしほっとした顔で呟いた。

 相手を眠らせる聖魔法をアンナベルに向けて使ったのだが、近距離にいたルティスにも効果が出てしまったようで、ふたりともぐっすりと床で寝てしまっていた。


「ルティスさん、大丈夫ですか……!?」


 リアナが介抱しようとルティスの肩を揺らすが、起きる気配はない。


「駄目よ、リアナ。これ効いたら、3時間は目が覚めないと思うわ」


「うみゅぅ……」


 攻撃系の魔法が得意なリアナとは違い、こういった補助魔法が得意なアリシアの魔法を、ルティスは完全に不意打ちで受けたのだ。

 リアナにもアリシアの言葉の通りだとすぐに理解する。


「……お父様、先生って……お酒……」


 アリシアがセドリックに聞くと、苦笑いしながら答えた。


「アンナは酒癖が悪くてね。飲ませると荒れるときもあるし、ひたすら泣いてるときもあるし、大変なんだ」


「そ、そうですか……」


 引き攣った顔でアリシアはリアナの方をちらっと見る。

 自分もそうだが、リアナもお酒は相当ヤバいということをルティスから聞いていた。

 もしかすると、リアナについては母のアンナベルから受け継いだのかもしれない。

 となると……?


「あの、お父様? お父様はお酒大丈夫なんですか……?」


 恐る恐る聞くと、セドリックはゆっくりと首を振った。


「私は大丈夫だよ。……ただ、お前の母は全く駄目だったから、お前は気をつけたほうがいいかもな」


「なるほど……」


 自分もリアナも、母親から受け継いだのだと納得した。

 アリシアは「ふぅ……」とため息をつき、惨状をもう一度眺めた。

 幸い、テーブルの食事は問題なさそうだが、このまま夕食会が続けられるような雰囲気ではない。


「……ティーナさん? どう責任、取っていただけるのでしょう?」


 アリシアは全ての元凶であるティーナに冷たい視線を向けた。


「あはは……。ごめんなさい……」


 ようやく落ち着いたのか、ティーナは床に座り込んだまま、乾いた笑いを浮かべた。


 ◆◆◆


【第9章 あとがき】


アリシア「ほんっと、どうしてくれるんでしょうか」

リアナ 「ですねー。ハンバーグ食べられなかったじゃないですか」


アリシア「って、食事会が中断して、もったいないからってみんなで分けることになったのに、ハンバーグだけは全部持って帰ってきたリアナのセリフじゃないわね、それ」

リアナ 「な、なんのことでしょう……?」


アリシア「はぁ……。まぁいいけどね(ため息)」

リアナ 「はい。ちゃんと私が無駄にしないようにします」


アリシア「どうぞどうぞお好きに……」

リアナ 「でも、なんでお母様、広島弁なんでしょうか」


アリシア「そんなの、私が知ってるわけないでしょ?」

リアナ 「それはそうですね……。まぁいいか。作者としては、話が長くなったのでここで章を分けることになったそうですね」


アリシア「最初は、国王陛下の生誕記念式典までがこの章の予定だったみたいね」

リアナ 「ええ。細かいプロットがない作者ですから、困りものです」


アリシア「でも、良いこともあるのよ?」

リアナ 「それはなんでしょう?」


アリシア「あとがきの回数が増える!」

リアナ 「そ、そうですか……」


アリシア「あ、そうだ。今晩はリアナを可愛がってあげるつもりだったのに、どうしようかなぁ……」

リアナ 「わ、私はルティスさんに可愛がってもらってますから……。ゴエンリョシマス」


アリシア「そうはいかないわ。私は忘れてないから、ちゃんと日を改めて、ね?」

リアナ 「…………」


アリシア「ふふっ。リアナが逃げられないように、ちゃんと縄とかも準備してるから……」

リアナ 「…………私をどうするつもりです? お嬢様……」


アリシア「それは、ヒ・ミ・ツ♡」

リアナ 「まぁ、良いですけど。……代わりにその次、お嬢様も味わっていただけるなら(にっこり)」


アリシア「…………(冷や汗ダラダラ)」

リアナ 「んふふ……」


アリシア「ま、まぁ……。そろそろ次いきましょうか!」

リアナ 「そ、そうですね……」

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