第83話 夕食会 中編

「はっはっは!」


 アンナベルとティーナのやり取りを見ていたセドリックが大きな笑い声を上げた。

 その横で、それまでキリッとしていたアンナベルがバツの悪そうな顔をしていた。

 アリシアとリアナのふたりですら、そんな彼女は初めて見るものだった。


 逆にしてやったりと言わんばかりに、ティーナは鼻息を荒くする。


「ふっふーん。私、ベルちゃんの子供の頃から知ってるんだからねー。休みだからって、一日ベッドから起きてこなかったのとか。他にも――わっ!」


 得意げに話すティーナの口を、アンナベルは慌てて塞いだ。


「…………やめてください先生、本当に……」


「モガモガ……!」


 必死になって抑え込もうとするアンナベルに皆の視線が集まる。

 ティーナはその気になればいつでも振り解けるのだろうが、それを含めて楽しんでいるように見えた。


 リアナはそっとルティスに顔を寄せて耳打ちした。


「……おふたり、仲が良いんでしょうか? 私にはまだ良くわからないんですけど」


「さぁ……」


 リアナにわからないものがルティスに分かるはずもない。

 静かに首を横に振るしかできなかった。


 アリシアは表情を緩めてしばらく眺めていただけだったが、頃合いをみてセドリックに話しかけた。


「……お父様、あれからムーンバルトでは事件などありませんでしたか?」


「ん? ああ、学園祭のあと用心していたが、今のところ何もないな」


「そうですか。心配していましたので……」


「なに、お前は自分の心配をしなさい」


「ありがとうございます。お父様」


 セドリックの話を聞いて、アリシアはほっと胸を撫で下ろした。

 自分たちが留学に出ることで、代わりに父が狙われる可能性を懸念していた。アンナベルが付いているとはいえ、万が一のことは起こり得るからだ。


 ふと、アリシアはこのメンバーならばと、ずっと気にしていたことを尋ねることにした。


「ティーナさん、聖魔法士を魔族が狙っている、なんて話は聞いたことありますか?」


「――モガ?」


 まだ口を押さえられていたティーナは、アンナベルと共に動きを止めた。

 そしてその隙にアンナベルの手を振り解く。


「んー、私は聞いたことないわね。ベルちゃんやリアナちゃんが狙われるってなら、わからなくもないけど」


「……私が、ですか?」


 急に名前を呼ばれてリアナは怪訝な顔をする。

 母と共に、ということは、考えられることはひとつしかないと思われた。


「ええ。聖魔法は確かに強力だけど、元々は高位の治癒魔法だもの。守護者ほどの魔族になると対抗できないわ。そりゃ、その魔法士のレベル次第だけど……」


「治癒……ですか?」


 アリシアが聞き返すと、ティーナは頷く。


「聖魔法も昔と今はだいぶ変わっちゃったというか。昔はそれこそ無くなった腕とかでも再生できたりしたから、それはそれで重宝する魔法だったんだけど……」


 アリシアにとっても、リアナにとっても、それは初耳だった。

 聖魔法でなくとも治癒魔法は存在するが、怪我を治すのにも限界がある。欠損した部位を再生させるなどということはできない。


「だから、もし魔族が警戒してるってなら、そのことを知らない若い魔族かしらねぇ……」


「『昔』って、どのくらいの話ですか?」


 ティーナの時間感覚からすれば、どのくらい前の話なのかがわからなくて、ルティスが口を挟む。


「聖魔法士に限らないけど、1000年前の魔王との戦いで、魔法士って殆ど死んじゃって。その頃に魔法ってだいぶ変わったのよね。戦いを重視するようになったというか……」


「1000年とは……かなり昔ですね。あ、でもティーナさんは生まれてたんですよね?」


 以前、ティーナが話していたことを思い出す。


「ええ。私はその生き残り、ってことねぇ」


 ティーナは軽く言うが、他の面々からすれば次元の違う話だ。

 そして、その話を聞いても、アリシアが狙われる理由は謎なままだった。


「ま、大方アホな魔族が勘違いしてるだけじゃないかなーって思うんだけどね、あはは」


「えっと、たとえばどんな勘違いを……?」


 今度はリアナが尋ねる。


「そりゃー、聖魔法が危険だって思ってる、ってことじゃないかなーって。まー、現代じゃ魔族に効果あるの、聖魔法くらいってのもあるけど……」


「うーん……」


 殆ど魔族が人前に現れなくなった今では、わざわざ人間が魔族を討伐しに行くことはない。

 魔族の立場からすると、襲ってこない人間に危険を感じるというのは、なんとなく腑に落ちなかった。とはいえ、相手からすれば、可能性があるというだけで気持ちの悪いものなのだろうか。


「ところで、私やお母様がっていうのは、やっぱりあの魔法のことでしょうか?」


 リアナはこの場の全員が知っているわけではないことを考えて、多少ボカしながら尋ねた。


「そうね。――ま、この話はこのくらいで良いかしら? あんまりみんなに話すことでもないから……」


 真面目な顔になったティーナがそう言ったこともあって、それ以上深く聞くのはできなかった。


 セドリックが場を和ますように、口を開く。


「アンナは飲まないのか?」


 ここまでで酒に口を付けていたのはセドリックとティーナだけだ。

 年齢的に飲めないアリシアたちはともかくとして、アンナベルにも酒を勧めた。

 しかしアンナベルは苦い顔でセドリックを見た。


「……私がここで飲むとどうなるか、わかっていて言っておられますよね?」


 セドリックが答える前に、ティーナが口を挟む。


「どーなるのか、私知りたいなぁ〜」


「だぁー! だから・せぇー・んー・せぇー・いぃー・はぁー……」


 アンナベルが文句を言いかけたとき――。

 突然、彼女の動きがスローモーションのようにゆっくりになった。


 ティーナの魔法を知っているリアナ達はすぐに理解した。時間魔法を使って、アンナベルだけ時の流れを遅くしたのだと。

 アリシアとセドリックは初めて見た現象に目を見張る。


 ニヤッと笑ったティーナは、すぐにワインの瓶を手にして、そのままゆっくり文句を言っているアンナベルの口に強引に流し込んだ。


「にっひっひっ……」


 老魔女のような口ぶりで笑ったティーナは、アンナベルがしっかりと飲み干したのを確認してから魔法を解いた。


「――ゲホッ! ゲホッ! あああ……。な、何をするんですか……っ! どーなっても知りませんよっ!!」


 酔いはすぐには回らない。

 しかしアンナベルは自覚しているのか、両肘をテーブルに付いて頭を抱えた。


 そんなアンナベルを、ティーナは隣でわくわくした面持ちで楽しみに眺めている。


(……嫌な予感しかしない……)


 過去、お酒で大変な目に遭ったルティスは、不安に思いながら対照的なふたりを見ていた。


 ◆


【お礼】


 本作品は、カクヨムコン9のラブコメ部門にて中間先行を突破しました。

 読んでいただいた読者の皆様のおかげです。

 ありがとうございますm(_ _)m


※ 良い子の皆さんは、お酒をラッパ飲みしてはいけません。

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