第81話 父への報告

 アンナベルはリアナがそのまま歳を取ったような顔立ちで、姿勢もピンとしているからか、まだ若く見える。

 しかし、ティーナの顔を見た瞬間に眉間に皺を寄せると、多少の年齢は感じさせられた。


「先生、急ぎでないなら後ほど宿ででもどうでしょう? 騎士の方々も早く休ませたいのです」


「むー、つれないわねぇ……。ま、良いけど。特に用もないし」


「…………え、用がないんです……?」


 リアナがジトっと横から視線を向ける。

 わざわざ弁明までしたというのに、これならそのままにした方が良かったのではないかと思った。

 正面でも、アンナベルが頭を抱えて首を振るのが見えた。


「全くないわけじゃないわ。……一度だけで良いから、この子に手本を見せてあげて欲しくてね。そうすれば、多分もう身につくと思うから……」


 ティーナはリアナの背中をポンと叩きながらアンナベルに言った。


「はいはい。それもこのあとでね……」


 そんなことのために車列を止めたのかと言わんばかりに呆れつつ、アンナベルが馬車に戻ろうとした。

 しかし、逆に中からセドリックが顔を出す。


「おお、貴女はこの前の……! リアナも元気そうだな」


「セドリック様、ご無沙汰しております。お変わりないようで」


 リアナはセドリックに向けて深々と頭を下げた。

 アンナベルと共に実の両親に当たるが、リアナがセドリックの娘であることは伏せられているから、対外的には主従の関係として振る舞うのみだ。


「ああ。皆がいなくて寂しいがな」


「申し訳ありません」


「いや、元気そうなら良いんだ。もし良かったら、アリシアも呼んで皆で夕食でもどうだ?」


 セドリックの提案に、リアナは一瞬考えを巡らせて答える。

 アリシアの希望を聞く必要はあるが、とはいえ立場上はセドリックの方が上だ。よほどの理由がなければ断るわけにはいかない。

 そして、すぐに理由は思いつかなかった。


「はい、伝えておきます。それではこのあと宿までご一緒しましょう」


「助かる。……乗りたまえ」


 セドリックの手招きに、リアナは馬車に同乗する。

 騎士の面々に怪訝な顔をされつつも、ティーナもそれに続いた。


 馬車がゆっくり発進すると、アンナベルがため息をつきながら口を開く。


「相変わらず、先生は奔放ですね……」


「あっはは。暇だもんねぇ」


 けらけらと笑ったあと、ティーナは難しい顔をしているリアナの方をちらっと見た。


「……この子、いずれベルちゃんを超えるかもね。もしかしたら、一対一なら私よりも」


 全く予想外のことを耳にして、リアナはハッと顔を上げた。ただ――。


「まぁ、まだまだだけどにゃー。うひひ……」


 そう言いながらティーナは頬をつついてきた。


「…………」


 リアナは咄嗟に魔法を構成し、顔に当たる寸前で、彼女の指先を氷で固めてみせる。


「――おおぅっ?」


 ティーナは驚いた顔をしつつも、すぐにその氷が付いた指でリアナの額をコツンと叩いた。


「いたっ」


「あっはは。これよこれ。……これができるってどんな指導したのかしら? ねぇねぇ、ベルちゃん?」


「…………その呼び方、やめてもらえます?」


 アンナベルは心底嫌そうな顔でティーナを見るが、ティーナは全く意にも介さず、指先を振って氷をさっと溶かしていた。


「えー、ベルちゃんはベルちゃんだもん。別にアンちゃんでも良いけど……?」


「……それはもっと嫌です」


「じゃー、ベルちゃんで。……で?」


「はぁ……。リアナは残念ながら生まれつき魔力が少なかったものですから、ただひたすら効率だけを求めて練習させただけです」


「ふーん……」


 アンナベルの回答を聞いて、ティーナは首を傾げつつも、それ以上は聞き返さなかった。


 会話が途切れたと見たのか、セドリックが口を開いた。


「……ルティス君はどうだね? 元気にしているか?」


「はい。……とはいえ、魔法の練習でだいぶ疲れているようですが」


 リアナがすぐに答えると、セドリックは満足そうに頷く。


「そうか。……最初、アンナベルから推薦されたとき、アリシアに預けるのは躊躇したが、うまく馴染んでくれて良かったよ」


 リアナはその話を聞き、アンナベルに尋ねた。


「……お母様の推薦? 初耳です。もしかして、お母様はルティスさんのこと、最初から全部知っていたんですか……?」


 伏せてはいるが、もちろんルティスの時間魔法のことを聞いたのだ。

 しかし、アンナベルはしばらく無言で考えたあと、口を開く。


「……さ、さあ? なんのコトでしょうか……?」


「…………」


 アンナベルの様子を見て、これは間違いなく知っていたとわかる。

 なにしろ、自分と全く同じ態度だからだ。……何かを隠す時の。


 それを見ていたティーナが笑いを堪えながら代わりに言った。


「ベルちゃんが彼を見てわからないはずないでしょ? 私と同じってことくらい……」


「…………はあああぁ……」


 厄介ごとに巻き込まれたとばかりに、アンナベルは大きな大きなため息をついた。


「ま、本当の目的はわからないけど……。でも、この子とくっつけたかったのよね? ……目論見通りじゃないの」


「……そ、そーなんですか?」


 リアナが頬を染めつつ聞き返すと、アンナベルは今度は口をへの字にした。


「……セドリック様の前で、そんなの答えられるわけないでしょう?」


「いや、構わんぞ? どっちも私の可愛い娘だからな。アリシアも彼に惚れてるのはわかってるし、別に両手に花でいいじゃないか。喧嘩するよりよほど良い」


「ああああ……! もう、この方はぁぁ!!」


 笑いながらあっさり了承したセドリックに、アンナベルは髪を掻きむしりながら声を上げる。

 ティーナは相変わらずニヤニヤと笑っているだけだ。


 リアナはそれを聞いて頬を緩めた。

 ルティスとの関係はセドリックを含め、対外的には隠れていないといけなかったのが、こうもあっさりと父親に許されたのだから。


「……ま、それこそ詳しくは夕食のときに話そう。ルティス君も連れておいで」


「はい。ありがとうございます」


 セドリックの言葉に、リアナは深々と頭を下げた。

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